第26話 サーカスと挑戦者
彼を秘めつつ、彼女はサーカスに何を期待するのか。決して、それは悲劇ではないだろう。
ごめんね、バジル。
むしろ喜んでる?
サーカスに、挑戦する彼ら。果たして、刃は道化師にまで届くのだろうか。その軌跡を補足していこう。
サーカスには、数多の動物が存在している。魔に従わされた多種の獣の群れは異様であり、それが一様に目的を共有しているのが恐ろしい。魔という、基本カラー。全てを還すために、彼らは人間の破壊を続ける。
山裾の、森林の奥。そこにサーカスは集中していた。そして、それは目的のために動いている。
クラウン・ワイズにより束ねられた彼らは、ヤギも子猫も魔従として一丸となってライスの地に食いつこうとしていた。
「来るよ!」
「ぶー」
「任せろ」
だが、それに抗うものの代表、その最高戦力が先鋒としてサーカスに対する。人間。それを感じた魔従は一重に魔法を使い出す。それは、否定を否定するため。
礫、炎、疾風、氷塊。あまりに多種の攻撃。それらは、総じて威力に優れていた。力があれば、そもそも壊すに工夫は要らないのだ。一つで人を殺傷するに足り、人々に向けてそれらが放たれたとしたら、虐殺という結果になるだろう。
四色が混濁して、周囲は正しく色々に染まる。大小合わせた力の数々は、最早美的なほどに鮮烈だった。こんなもの、ただの魔法使いに受け止めきれるものではない。
「ま、これくらいなら、な……全部差っ引ける」
だが、バジルはただ者ではない。魔人以外の人間に許された、最高の位階、五本指。そして、その中でも深度に理解は異常な程高められている。
そう、バジルの深みに獣程度が届くものではない。マナの引っ張り合いに負けた全ては温度を奪われ、墜ちていく。生命すら凍らさせられ、次々と地獄の底へと。
炎の猿猴は威嚇の鳴き声を断末魔のものとさせ。深みの水色猫は変じる前に凍らさせられ。突貫した混色のキツツキはバジルの領域に穴を開けることは出来なかった。
マイナスにマイナスをかけた結果、虐殺は反転する。この場では正しく、彼らは人に狩られる害獣だった。
今のところは十把一絡げ。ならば、気にするべきは隣かと、バジルは泣きそうなくらいに表情を暗くしているパールを見つめ、言う。
「大丈夫か、パール?」
「ぶう」
「やっぱり苦しいよ。悲しみがどんどん、響いてくる。……でも、私には彼ら全部は助けられない。だからごめんね、バジル。貴方にこんなことをさせて」
「……気にするな」
幾ら気負っていても、気が進まない。パールの言うとおりにこんなことは嫌だとバジルも思わなくはなかった。
パールは同じく思うくらいに動物を愛してしまっているが、バジルだって動物好きな方だ。出来るなら、仲良くしたいと思う。だが、そんな子供の望みは魔によって引き裂かれる。爪を向けられれば、対さずにはいられないのだ。
「コイツらは、敵なんだ」
向けられるその全ての目に瞋恚を覚え、バジルは思わず目を瞑りたくなる。本当に、パールの言うとおりに彼らの内に、悲しみは隠されているのだろうか。それほどまでに紡ぎ出される殺意はリアルだった。
そして、害するために必死になり始めた、そんな獣達は工夫を始める。正面からで届かないのであれば、後ろから。飛べるものは空にて攻撃を加えるのもいいだろう。だめなら地を掘ってでも倒すのだ。
何しろ、目的の聖女は直ぐ目の前にあるのだから。
「休むに似たり、っていう奴か」
だが全ては無駄だ。空も地も領域内の全てをバジルは探知し、凍らせ尽くす。指先を振るうことすら稀に、彼はサーカスを圧倒した。
そして、停まる魔従達。幾ら魔にせっつかれようとも頭があるならば、考える。こんなバケモノ相手にどうすれば良いのかと。
だが、魔従らに考える時間などない。奇しくも敵に回ったイヌブタの魔物が、血に手を当てて石礫を投じてくるのだから。低い殺傷力。しかし、避けずには居られないそれに、掻き回されて統制など取れなくなっていた。
「ぶう」
「トール、助かる……そういや、パールが助けたモアの魔物はアスクが勝手に乗って一緒に逃げてしまったそうだな」
「ロー、上手くアスクちゃんを逃してあげられたら良いんだけれど」
「あ……そういや、アイツ腐っても風色の魔物だから他より早いだろうし、モノへの連絡に使えなくもなかった……いや、無理か。それこそアスクくらいのちびっ子じゃなけりゃ、小モアには乗れないな」
会話し思案する様子のバジル。しかし、その何処にも隙などない。彼の周りは減算死地。ならば、ここは避けねばなるまい。クラウン・ワイズの命を無視して目の前の獲物を見逃し、本能に任せて逃げんとする魔従も現れ始める。
「逃がすか」
それを、バジルが『マイナス』の範囲を広げて引き殺そうとした、その時。
「危ない!」
「なっ」
凄まじい威力の風の刃が真一文字に辺りを裂いた。多くの魔従まで斬ったそれは、死地すら二つに分ける。突然のことに起きた混乱に乗じて、サーカスは別れていく。
バジルと自分の盾にした真鉄の剣越しの衝撃にびりびりと手のしびれを感じながら、パールは呟いた。
「この子……悲しんでない……むしろ喜んでる?」
「グルル……」
「同格のお出ましか……」
銀色が、ゆったりと現れる。豊かな毛並みを流しながら、狼はただその青い視線を向ける。それに、トールは身体を強張らせてしまった。あまりの格の違い。それは、彼の持つ指先の鋭さとその風色の多さに顕れていた。
「あおん」
たったそれだけの鳴き声で、事態は動き出す。残る魔従は彼に全てを託してその場から消えて行き、バジルは真っ直ぐ見つめてそれらを追うことはなかった。
この世界のイヌ科、特に狼は孤独で、人に懐かない。だが、果たして魔人にはどうなのだろう。五爪の風狼。それは、芯からクラウン・ワイズに仕えていた。
「コイツも『マイナス』を斬りやがんのか……」
頬に流れた一筋の傷。そこから滴り落ちた血を舐めてから、バジルは言う。だが、衝撃はそれほどない。絶対でないことは、モノとしろくまによって、思い知らされているのだから。
だから、この震えは敵となるものが現れたという歓喜から。そう思いたいバジルは、パールの手をぎゅっと握った。
一概に自警団、とはいっても、そこにはモノのような剣士もバジルのような魔法使いも、あるいは口ばかり働かせる者やただの力自慢すら在籍していた。まさしく、玉石混合。だがそれなりの規模のあるライス地区には教会の孤児たちのような至玉ほどではなくとも、中々に戦える者だって存在していた。
同じく、騎士というのもピンからキリまで優劣が存在し、魔法が使える者が多数である中、剣槍以外に使えないような者だって居た。
「ジャワ。頼んだぞ」
「おう」
だから、自警団のナンバースリーと、こんな辺境に回された下っ端騎士には、実力に大きな差がある。それでも、二人は共に魔従の群れに挑んでいくのだ。その信念から。
「オラオラ!」
「熱いな……」
「たりめえだろ。俺は熱い!」
ジャワは、左手に火色三本を持った、単色の魔法使い。バジルという目標が出来てから工夫を凝らし、パールから意見を取り入れたりして向上させた炎弾の威力は、自警団随一である。
特性の火打手袋から火焔を出して、三指に集中させてから打ち出すそれ。小粒ではあるが炎弾は連射性に篭められたマナの密度に、更には温度。それらが優れていた。
だが、命中性はジャワ本人の才能の無さからイマイチである。しかし、それならば数で補うと、向かい来る魔従達に向けて彼はやたらめったら撃ち続ける。的の多さから、大体当たるが熱すぎるそれに、横で構える騎士様が、思わず苦言を呈してしまうのも、仕方のないことだろう。
「来たな」
「任せた」
「おう」
だが、そんな高機能な砲台も、撃つのに邪魔にならないためにと遮蔽物を置くことも無ければ狙われるのは当たり前。飛んでくる魔法。しかし、それは騎士、ノッツ・ベーカリーの手によって払われる。その手には、鈍色に光る盾があった。
「高かったんだろうなあ、それ」
「まあな」
金より価値があるとも言われる、真鉄の盾。自分の守りのために有り金と残りを年賦で支払いを続けているそれを、今回ノッツは持ち出していた。騎士として鍛えた身体は、薄手の盾くらいなら、自由に動かせるのである。
ジャワに迫る魔の全ては、ノッツがシャットアウトするのだった。
「これくらいないと、安心できないからな」
「お陰で俺は安心だ。ボーラーが掘ってくれた穴の効果はイマイチだが、それでも進みが遅くなっているから、楽に魔従を倒せるな。これなら、ひょっとしたらバジルの魔物殺しのスコアを超えられるか?」
「ふん……」
もし、ジャワの火の魔法が強力な砲になるのであれば。それを守り続けさえ出来れば、際限なく周囲を焦土に出来るだろう。だから、既に穴だらけで台無しになっている森を彼らが自分の戦場にするようになったのは、当然だったのかもしれない。
「さて、しかしどこまでいけますかねえ……」
「これも仕事だ。旗色が悪くなるまでは、戦うさ」
冷静に、ノッツは呟く。既に、生きた森すらジャワは焼き始めている。本来なら騎士たる彼は、仰ぐ領主の地での蛮行を止めなければならないのだろう。逃げた森番を捕らえることすら必要であるのかもしれない。
だが、ノッツは自分のやりたい仕事ばかりを取った。そう、人々を守ることこそ、本分であることを信じて。
バジルの痛撃に、ジャワの砲撃。それによって大きく数を減らしたサーカスの一団であるが、しかしそれでも人の住む街に辿り着かんとする全てが失くなったわけではない。
再び集ったその数は、十を越えた。一でも、街を壊すに足る。魔従はライスの地に悲劇を生み出そうとしていた。
「させない……」
だが、その前に暗い、小さな影法師が現れた。小さく溢した彼女は、魔に染まった二本の指を動かし、無謀にも同等が多数集った魔従の群れに敵対する。
「……ここは、モノが帰ってくるところ」
愛する者の帰る場所を守る。勝手にそれを使命としている、ちょっとメルヘンチックな彼女はミルク。その生来の身体の弱さから、自警団に入ることすら出来なかった薄幸の少女である。
そこに、牙持つ者共が走り寄っていく。そのうち射程に入る、そんな時に。長髪に埋もれるようになっているミルクは、言った。
「人間を、なめるな」
味方の数を越えていようが、関係ない。魔法で欺瞞し、数で勝れ。これが、自分よりも高位の相手ではそうはいかないだろうが、見るかぎり、そんな敵の姿はない。安心して、彼女は魔法を指揮する。
「えい」
愛らしい掛け声に応じて、地面から持ち上がるは、数え切れない程多くの土の手。大小様々な人の先端の模型。それらは、自ずと動いて周囲を掴もうとする。それが木であろうが、人であろうが、魔従であろうとも。
勿論、大半が野生の獣であり機敏な魔従は、それを上手く躱していく。だが、種族柄遅いものや反応に遅れたもの等はその部分を掴まれて。強く強く、握りつぶされる。それは、分厚い人食いムカデの甲殻すら割った。
「えい」
そして、ミルクの攻撃は続く。魔の刺激を受けて賢くなっているとはいえ、彼らが悪さをするには人間ほどに工夫が足りない。悪意の長たる人は、時に恐ろしいものを考えつくのだ。
「くらすたー」
そして、フルフリ衣服の女性は地に手を当てて、魔従等の周りの土を飛散させる。その全てが散弾。多くの魔従はその身体に傷を作る。再起不能になったものも、居るようだ。
「あ、あれ?」
だがしかし、全滅させるに、ミルクの魔法はえげつなくとも少し威力が足りなかったようである。残る五匹は、真っ直ぐに彼女へと向かう。次の魔法は。再び手を動かそうとした、その時。
「う、動かない……」
彼女の左手は、蜘蛛の糸にてきつく捕らえられていた。ミルクは、その存在を想像すら出来ていない。だから、ただでさえ白い顔を蒼白にして、硬直する。
「しゃ」
そう、まさか水土二色四本も染まった足を持つ、巨大な土蜘蛛が地面から来たるなんて、普通は思わないだろう。
「あ……」
そして、ミルクの活躍は、終わる。地から這い出た大きな形が彼女を覆い。
「バトンタッチ!」
そして、横面から、グミに弾き飛ばされた。汚汁を噴出し、距離を取る土蜘蛛。それを頼りにするように集った五匹の魔従。
グミは、そんな奴らを無視して哀れにも小水漏らして泡を吹いて気絶したミルクのために上着をかけてあげてから。
「これからは、ボクの番だ!」
そう言い、周囲に魔をたぎらせた。少女のあまりに魔に親しいその様子を訝しむ単眼を他所にして。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます