第24話 マイナスと火色


 彼と一緒な彼女である少女は、その始まりに何を思うか。果たして、日常はどうなってしまうのだろう。


 バジルは山登り、大好きだからねえ。

 人、なんだよね。


 どうもありがとう!


 サーカスの指先が届く。血に汚れたそれで触れられて、聖なるものでいられるか。それは、補足なしで伝えられないだろう。




 サーカス。それは、テイブル王国、カーペット連邦及び周辺諸国において、恐れられている現在進行的なおとぎ話である。まるで全てが反転したサーカスのようにクラウン・ワイズと、数多の魔従は縦横無尽に壊して遊ぶ。それらが大陸で暴れ始めて、百年は下らない時が経っていた。最早サーカスと言えばこの恐ろしい魔の者たちのことを指すと、意味がすり替わる程、意識され続けたものだった。

 道化兼座長が開催するは、惨劇。七本もの染指を持った魔従の魔人の指揮によって、百以上の魔従は文明を人間毎破壊していく。大人子供も、男女も魔法使いであろうがなかろうが、同じ魔従以外の全てを平等に殺し尽くすのが、彼らだった。天に昇った神祖と入れ替わるようにして現れたのだとされるサーカスの一団は、年月で衰える事なくずっと惨劇を作り続けている。それは、指揮しているクラウン・ワイズが沈着(最深まで染まり不老にまで届いた状態)にまで至ってしまっているということが大きい。膨大な年を経て入れ替わりがあろうとも、核が変わらなければ不滅と同じ。

 テイブル王国ではこれまでずっとサーカスは、災厄の代名詞、だった。


「……サーカス、怖いねー」

「でも、ここ数十年は王国ではサーカスの被害がないって聞くけど」

「山の向こう、ヒーターや北方を彷徨っているっていう話はあるな。だとすると、こっちにまで来ないってことはきっと山が邪魔になってるんだろうな。キツい勾配に助けられたか」

「クラウン・ワイズって、山が嫌いなのかな?」

「いや、面倒は避ける、それが野生の当たり前ってだけなんだろう。多分山登りを面倒臭がってるんじゃないか? オレとは随分異なる価値観だ」

「バジルは山登り、大好きだからねえ」

「山登りっていうのは人間サマでも用意が要る、高等な楽しみだからな。魔従といっても殆どは登りきれないだろうから避けてるんじゃないか?」


 暮れきる少し前、暗さを帯びた周囲に逆らうでもなく、パール等は自宅に帰って一室にて暇を潰していた。方やペットを可愛がり、方や色味でなにやら訓練し、方や古い本を読み。

 グミが皮紙で出来た本を読み解いてから、溢したサーカスという言葉。しかし、それによって直ちに緊張が走るようなことはなかった。それもその筈。バジル等は、サーカスの被害に遭い極度にそれを恐れていた世代の孫に当たる程に離れた存在である。そして、王国から離れ久しいとされているおとぎ話に胸踊らせるくらい、彼らは子供でもなく。

 だから、せいぜいサーカスを原始的存在と捉えて面白がるばかり。恐怖を、半端に強い彼らは知らなかった。

 むしろスリルをきゃっきゃと楽しみながら、グミは顎に指を当て、言う。


「バジルの考察、面白いねー。それならここに来ることはないのかな。ハイグロ山脈って王国の西部から北部、そして東部の殆どを囲ってて随分と長いし」

「山向うは他国だからなあ。それこそ、理由がなければサーカスなんてきっと王国には来ないだろ」


 多くの識者が同じように解していた、バジルの考えは正しい。クラウン・ワイズは苦労を望まない。仲間思いの道化師は、他が損なわれるのを許そうとも、懐く動物達が疲れてしまうのは許せなかったのだ。

 故に彼らは破壊という義務に従うばかりで低みを道すがらただうろうろとしていた。だが、此度サーカスには目的が出来てしまう。そう、我々を否定するものの否定を、と。


「なんだか災害みたいだけれど……でも、人、なんだよね……」

「魔人が人間ならな。ましてやクラウンは魔従だから、ヒトとは言い難いな」

「ボク、一人だけ魔人知ってるよ!」

「マジか。どんなのだった?」

「染指六本の太ったおじさんだったよ。頭なでてくれた!」

「それだけ聞くと、人間っぽいな……」


 人の限界まで来しまっていると自覚しているバジルは、自分以上はもうヒトとして括れないことに気づいている。だが、そんなことを知らないグミは、水色の塔にて出会った魔人、ブレンドを思い出して微笑む。人でなしと排斥されるべき魔人にしては、随分と安定しているその様にどこか親近感を覚えて。その内の怒涛を知らず。


「魔人、かあ」


 そんな、曖昧な区別を眺めて、パールは悩む。害するのならば認めず、退けてしまって良いものか。魔人にもいい人はいるのではないかと、彼女は夢想する。


「っ……」


 だがそこに悪夢が混じる。急速に感じ取れたのは、あんまりなまでの悲痛の意。業に悲しむ、心。それがパールの内に唐突に感ぜられて。


「また……魔従?」

「ん? 何か感じたのか……っ」

「ぶぅっ!」

「え、魔法人形が……」


 思わず起き上がった、パール。追従した彼らも、ほぼ時を同じくして異常を覚えた。魔の匂いに、感じる辺りに急速に広がる高熱。そして、グミが周囲の警戒のために常置している一体の魔法人形の反応が途切れ。


「火だ!」


 その言葉を、果たして誰が口にしたのか。気付けば紅蓮が窓から扉からなだれ込んでいた。融解焼失、あまりの高温は生半可な遮蔽物すら意に介さない。


「キッキッキッキ」


 その時、大鷹の高い鳴き声が周囲に響いた。蕩けるほどの火炎が、天から降り注ぐ。




 それは、サーカスの一。先んじて破壊を始める先鋒。クラウン・ワイズが率いる決して数が多いわけではない、空飛ぶものの中でも特別な存在がこの大鷹だった。


「キッキッ!」


 赤い目を光らし、彼は警戒を続ける。その最中でも、足元に取り付けられた火打から起こした火から端を発し、それを増幅させた火焔を大鷹は止ますことはなかった。

 何しろその鋭い目で遠くから見て取れた中に、五本もの染指を持つ存在もあったのだ。火色の四本指という特別な魔従である彼であっても、それは危険と感じるもの。だから、家屋を倒壊させその息の根を止めるまで、大鷹は攻撃を止めることはない。

 あまりに賢く、強い。そんな魔従の大鷲は、右の爪を火色に大きく肥大化させていた。とんでもなく巨大なそれは、最早飛ぶのに邪魔なものでありそうだが、それを意に介することもなく火を降らしながら一棟の家屋の周囲を飛び続ける。夜空に、火色が浮かび、それを遠くから判じたのか、鐘塔から鐘が二回ほど鳴り響いた。


「キッ」


 人々のざわめきを聞きながら、しかしそちらに大鷹は向くことすらない。自立出来ない不幸と自分の行いから沸き起こる悲しみを押し込めながら、魔に従うその身体は座長の言を守り、目標を確実に破損させんと動き続ける。執拗く、補足されないよう周りながら。


「キッキッキ」


 再び上がったその鳴き声はまるで笑みのようだ。あそこだねと、クラウン・ワイズが指さしたその方その場所丁度にあった建物。それはもう、間断なく浴びせられた熱によって半壊しはじめている。中の方は熱が通り難かろうとも、空気を上手く得られない中は生物にとってより悲惨であるに違いない。

 これは、仕留められたか。そう、魔従が考えるのも無理はないだろう。



「――――死ね」

「ピ」


 だが、そんなことはあり得ない。通りよく罵言が辺りに流れたかと思いきや、大鷹が沢山与え続けた筈の火どころか周囲の熱すら瞬時に消えて。そして、彼の熱も奪われていた。

 断末魔の声を上げられたことすら、奇跡。魔従はその生命すらあっという間に差っ引かれて、地に墜ちた。



 それからしばし。一転、冷え切った壊れかけの家屋から三人と一匹の姿が現れる。当然のことながら、それはパールにバジル、グミとトールである。彼らはおっかなびっくり入り口だった洞から出、崩れた全景を目の当たりにした。それに、一番がくりとしたのは、先程見事な『マイナス』を披露した彼である。


「マジかよ……範囲広げるの遅すぎたか……鷹か何かの魔従だったか。アレ、随分と高く飛んで動いてやがったから捕捉が遅れて……クソっ」

「まあまあ、バジル。仕方ないよ、こればっかりは運がなかったんじゃないかな……私もあの子も、運がなかったんだよ、きっと」


 早さが足りなかったことに気を落とす、バジルの肩に手を置くパールもその悲しみの色を隠せていない。出来れば、殺さずに助けたかった。だが、文字通り自分の手では届くものではなく。彼に頼む他になかったのだ。

 だが、いたずらに悲しみに暮れる訳にはいかない。隣にまだ無力を嘆く者が居るのだから。


「パール……こんな時にボク、何も役に立たなくてゴメンね」

「ぶぅ……」


 半焼けの匙を持ちながら、グミは言う。足元のトールもどこか申し訳なさそうだ。向かう火焔の中にて彼らも頑張ったが、それでも全てを炎から守ることなど出来なかった。


「そんなことないよ、グミ。バジルが全力で『マイナス』するまで私達と壊れていく家屋を水と土で守ってくれたのは貴女なんだから。トールも大事そうなものに土をかけて守ってくれたんでしょ? 本当に、有り難いよ」

「わぷ」

「ぶっ」


 私こそ何も出来ていない、という言葉を呑み込んで、パールはグミを強く抱きしめる。それには、大丈夫と直に伝えて胸の音で安らいで、という意も篭められていた。

 もっとも、胸に包み込まれたグミは息を苦しくさせてばかりだったが。その足元で、トールは少し笑んだ。

 そんな愉快を横目で見て、少し気を取り戻したバジルは、今回と前回の事態を思う。


「ったく。何なんだろうな……この、魔従の連続は。本当にただ運が悪いのか、それとも……」

「バジル?」

「ぷはっ はあはあ……もしかしたらサーカスが来てる、とか?」

「流石にそれは勘ぐりすぎと思うが……おわっ」

「バジル! 良かった、無事だったんだ!」

「ユニちゃん……」

「あらあら。これは、直すまで住めないわね」

「カーボさんも」

「わわ。他にも野次馬っぽい人が一杯来たよ!」

「ぶぶ」


 そして、火事の知らせと立ち昇った火焔を見て、少し離れたお隣さん達が水等を持ってやって来ていた。無事に火が消えていて家の者も見て取れたことで上がる安堵の声や、火の見当たらないことを不思議に思う唸り声等などで、周囲は騒々しく。そして、遠慮して一向に縮まらない輪に、飛び込む者も出てきた。恐れつつも嫌いではないバジル等を心配してやって来た大柄のその男性は、ボーラーである。


「大丈夫か! おお、皆揃ってて大丈夫そうだな……しっかし、先程の火はどうなっちまったんだ?」

「ボーラーか……オレが消したんだ。だからもう平気だって、皆に言っておいてくれ」

「……バジル坊の言葉だろうが、簡単にそうか、とは言えねえな。どう見てもお前さん家、ボロボロじゃねえか。おいらの家なら、狭っ苦しいが一夜くらいなら三人と一匹、泊められなくはないぜ?」

「有り難い申し出だが……」

「おいおい、子供が遠慮するもんじゃないぜ」


 そして、バジルとボーラーは、話し合う。遠慮に、敬愛。互いを思って譲らない二人。中々纏まらないその話の途中に、感極まったような声が急に轟いた。


「皆、心配してくれて来てくれて、どうもありがとう!」

「わ」

「ぶう」


 彼らが持って来た灯火以外に何もない、そんな暗い中に明るい聖女の感謝が響いていく。そして、それは多くの心を和まして、笑顔にさせた。



「助かりましたね。誰も怪我はない様子で……しかしこれは」

「……嫌な予感がするわね。少し手を使って辺りを探ってみるわ」

「アンナ様……頼みました」


 杖をつきながら、遅れてやって来た、パイラー。遠くから大勢を見つめる彼のその足元には四本もの太い染指を持った魔従の亡骸が転がっていた。その直ぐ側にて、死体をずっと検分していたのだろうアンナは顔を上げずに、呟く。


「蛇の道は蛇。任せなさい」


 その言に救いを覚えて、パイラーはきっと狙われたのだろう聖女のためにも頭を下げた。


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