第二章 サーカス
第23話 聖女と魔従
男の子を知る彼女は、それも助けようとする。魔従とは果たして、いかなるものか。
真鉄は魔法効かないっていうのは凄いけど、鉄より重いのがなぁ。
皆、無事なのですね!
頑張った方がいいでしょう?
良かった。
だがこれはさきがけ。切っ先は鋭くなくても、刃は恐ろしい。その一部でも、補足してみよう。
鐘塔の足元にて騒ぎが起きて、その結果、街に鐘が鳴り響く。回数とその意味は、決まって周知されている。一度ならば、人による事件事故、二度になると火事で、三度になるとその他災害の知らせ。そして今回、四度も鳴ったということは。
真昼のおり、神官館にて黙って知らせに聞き入っていたパイラー等は、意味を察して話し出す。
「この回数は……魔物のようですね」
「何だか、四回なのはおんなじだけど、自分の家の方のリズムとも王都のリズムとも違うね」
「旅人や新参者は、このライス地区独特のリズムが何を意味するのか勘違いしたりして困るみたいだな。どうして、統一させないんだろうな……」
「それは、私にも不明なことですね」
しかし、魔法使いでもそれなり以上な三人が、人に見つかってそれを逃してしまう程度の魔物に怯えるようなことはない。むしろ、グミ以外は自警団に参加しているために、この連絡が来た際に見回りを行う義務すらあった。
とりあえずは、教会周辺を見て回ろうと、三人は特に焦らずしかし早足に裏口から入りそのまま聖堂へと向う。まず、一番に大事なものの無事を確認しようとした三人だったが、しかしそれは空振った。
「見回りですか、お疲れ様です」
「カーボさん、だけか……パールの姿がないな」
「パールは何処へ?」
「あの子は、私が止める間もなく急いで外に出ちゃいました。物騒にも、飾ってあったアレを持って」
「おいおい。非常用に置いてある、真鉄の剣がないな……」
「え、パール、魔物退治に行っちゃたってこと? 大丈夫かな」
剣を帯びて、不明になる。それは明らかに抜け出して戦わんとしているということだろう。その強さを知っているが、けれども不明な相手に怪我でも負わされたらことだとグミは考える。
そんな呑気の横で、バジルとパイラーは険しい表情になった。
「もしかしたらこれは……相手が魔従なのかもしれませんね」
「前も、こんなことがあって、アイツ、知らない間に魔従やっつけてたけれど……なんでか、助けられなかったって、泣いてたな」
「ホント? 危ないし……それに、泣いちゃうほど嫌な思いをすることになるなら、止めないと」
「探しに、出ましょうか……カーボさん、後は頼みました」
「はい、神官様」
従順な、そんなカーボの笑顔を寂しそうに見つめてから首を振り、パイラーはバジルとグミを急いで追う。しかし、杖をつかなければいけない自らの足の進みの遅さに、彼は自嘲し、年下の彼らに向けて頭を下げた。
「私は足がこれで追いつけないでしょうから、頼みますよ」
「分かった。だが家三つ分は探知出来るとはいえ、オレだけじゃあ、先に見つけるのは少し厳しいな。グミ、お前に何か手はあるか?」
「ふっふー。天才のボクに任せるんだね。とあっ」
偉そうにしてから、グミは舗装路の横、雑草溢れる地に手を当てる。すると、そこからぼこぼこと地が持ち上がり、形になる。そこに充填されるは、水。見目がどうにも愛らしい、人型の泥はそうして出来上がる。
やがて、地から生えた数多の人形は、グミの指揮に従って各々動き出していく。あっという間に、彼らは四方に散っていった。
「ボクはこの程度の大きさなら、魔法人形を百は操れるからね。闇雲に探すパールと違って、直ぐに見つけられると思うよ。行くぞー。人海戦術だー」
「凄いですね……」
「……ふうん。ならオレも、少し広く観てみるか」
そして、対するようにバジルは空に右手を向ける。気持ちを空へと伸ばし、それだけで彼の探知範囲は軽く倍になった。気軽にこんなデタラメが出来る辺り、流石は五本指といったところだろうか。
ついバジルは、思惑を口にする。
「これなら流石に、パールがオレ等より先に魔従とかち合うようなことは、まず無いだろうと思うが……」
それは、当然だろう。パールが何となくで動いても、魔物に当たることは殆どない。方法を確り持っている彼らが、聖女か魔従のどちらかを見つけられる可能性は、高い。
「しかし何か、忘れているような、そんな気がしますね……」
パイラーは呟く。彼らにも誤算は、あったのだ。探すのなら、存外人より獣のほうが優れているもの。そう、すっかり彼らはトールの存在を忘れていた。
「真鉄は魔法効かないっていうのは凄いけど、鉄より重いのがなぁ」
「ぶぅ?」
「大丈夫だよー。ほら」
それ使えるのか、とでも言いたげなトールの視線に応じるように、そう口にしながら、パールはびゅんびゅんと身の丈ほどある大剣を振る。鼻先を動かしながら、中々パワーのある子どもだと、イヌブタは少しおののいた。
今回、誰よりも先に魔従に気づいたパールは口笛でトールを呼んだ。それに応じて地面からもこもこと現れたブタさんを汚れも気にせず彼女は抱きしめ、そして魔従の探索を頼んだのだ。
鼻を地にこすらす。それだけで広い範囲を嗅いで判ずることが出来るのが、ブタの鼻の良さであるが、そこに更にトールはアレンジを加えていた。土色に染まった蹄は地に落ちるニオイ物質を先取りして集めていく。そうして多くを彼は知るのだった。
「ぶ!」
「見つけたんだ、よっし。行くぞお!」
そして、顔を上げたトールは走り出し、それにパールは並行する。明らかに相当な重量であるだろう剣を背負いながら、すばしっこいブタと共に走っている少女の姿は人の目を惹く。だが、それを全く気にすることなく、彼女は現場へと到着した。
トールが見つけた魔従のいる場所。それは家々の合間の袋小路。よしよしをしてから、暗がりへ向かおうとするパールの前に、奥からふらりと女性が現れた。鮮烈な赤色の髪が目立つ、彼女はアンナだった。
「アンナさん!」
「ぶ?」
「パールも追ってきたのね……配下の者がここまで魔従を追いやったのだけれど……仕留めるまでは行かなかったわ。因みに、貴女が聞きたいでしょう、人的被害は今の所ないわよ」
「そうですか。良かった。皆、無事なのですね! ありがとうございます!」
そう言って、微笑む聖女に、アンナは実は私の部下が自警団に入っているから仕様もなしにね、とうそぶく。ついと後ろを向いてから、やがて彼女は顔を真面目なものにする。
「この先だけれど……ただ、少し危険ね。厄介な風色。暗器なんて簡単に散らされてしまう。とても私が手伝えるような相手ではないわ」
「そうですか。分かりました」
風色、それは珍しいとパールも思う。だが、それで怖じることはない。助けてという悲鳴は、未だに止まないのだから。
先へ進むその背に、声がかかる。
「ねえ」
「どうしました?」
「私は止めないけれど。パール、貴女が一人で危険を犯してまで戦う必要はあるの? もし負けてしまったら、多くの人が悲しむとういうのに」
「それは分かっている、つもりです。でも、今回は、今回こそは助けてあげたいんです! きっとこの子を掬えるのは私一人だけでしょうから」
結局、自分勝手なのはどうしようもないですよね、と言いながらも、パールは迷わず歩みだし、そうして一度振り向いてから、とても上等な笑みを作った。
「それに、私は特別なんだから、頑張った方がいいでしょう?」
奇跡が、当たり前に起きれば良いのですけれど、と言いながら聖女はお付きのブタを連れて行く。先が死地であるかなんて、パールは気になるものではないのだろう。ただ、彼女はやるべきことを成す。
「……これはこれで、王らしいのかしらね」
人払いは済んでいるかしら、と配下の監督に向かうかたがたアンナは聖女の言葉を呑み込んでパールを認めた。ふんぞり返るばかりが、王ではないからね、と独りごちながら。
「……やっぱり、苦しんでいる子だった」
「ぶ」
そこにあったのは、大きな影。袋小路に居たのは小モアだった。多分に茶色く丸い身体が愛らしくも思える。しかし、普通ならば大人しい筈の動物の目は歪み、そしてその全体は左足から染まりに染まっていた。
「魔従、かあ……嫌だよね。壊すの」
指の一本の風色が侵食し、モアを変態させている。魔従。魔に従わされた、哀れなもの。彼に、自我など何処にもない。あるのは、命令を叶えるための五体ばかり。
そう、ここまで染まってしまえば、全てを壊して魔に還せ、という魔からの命令に魔従は背くことが出来ないのだ。生きていたいのが動物であるのならば、破壊衝動に染まって強制されるのはきっと嬉しいことではないだろう。
そして、それをどうしてだかパールは解してしまう。助けて助けて、という泣き声を聞いて、パールはここまでやってきた。
「……今、貴方を開放してあげるから」
そして、剣を縦に構えて、パールは魔従と対する。彼女の大粒の青い目が、きゅっと、真面目に前を向いた。
「グアッ」
敵対。壊せ。その上からの命令。それに動かされて、魔従モアは、近づき助けようとしているパールに対して、魔法を使う。そして彼は風を操った。
風色。それは大気やその流れを自由に出来る、魔の色。今回、足先から触れた空気を不可視の弾としてモアは発した。
魔従モアは、ただの一本の魔物ではない。侵食され力を拡張してしまった、そんなバケモノ。常なら人を害せる程度にならない筈の彼は、今や大きな脅威と化していた。
その速度、そして不明さ。攻撃が来たと思えばもう遅く、防ぐに遅れるのは自然なこと。ましてや、パールは風色と出会ったことすら初めてだった。故に、彼女は剣を盾にすることを遅らせて。
「ぶう」
「トール!」
「ぶ、ぶぅう……」
以前、風色カラスの魔物と縄張り争いをしていた愛ブタが創ってくれた土壁に助けられた。パールの歓声を他所にして、敵に一撃で防御に罅を入れられた事実に、トールは少し驚きを覚える。そして、続けざまに飛来してくる空気のツブテ。保たないと思った彼が、全力を用いて新たに厚い土壁を創ろうとした、その時。
「ありがとう。でも、もう一回見て分かったから、大丈夫!」
「ぶ!」
なんと、パールは剣を構えながら前に出た。驚き遅れたトールを他所に、続いて飛んできた、見えない筈の魔弾は四つ。幾つかは防げたが、一発は壁を貫き少女の元へ飛んでいく。一つ当たれば、きっと命はない。イヌブタが我が子を思って魔法を行使しようとした、その時。
「えーい」
崩れ、多く土が散る中で、煌めきが起こった。それによって、魔弾は断たれ、威力を失う。トールは謎の事態に驚いたが、しかし下手人たるパールは笑んでその結果を受け止めた。
「よしっ。斬れるね。これなら奇跡の力に頼らなくてもよさそう」
「グア」
「わ、一杯。えいえーい!」
「ぶぶう!」
そして、パールは大剣にて通常ならば見えないはずの魔弾の群れと相対する。気の抜けるような掛け声に、しかしその剣閃に隙はない。ひと度少女が踊れば、無数すらゼロと消えた。
その事実に、先程数の暴力に追われつつもその魔法にて多数の人間を追い返したモアは魔従と化した部分で驚きを覚える。どうして、人に見えるはずのないものを、こうも容易く少女は防ぐのか。染まった部分で彼は恐れながら考える。自分の染まりきらない大多数が、剣舞を行う聖女に助けを求めて喜んでいることを無視しながら。
魔従に分かることではないが、パールは、優れている。人としてでも聖女としてでもなく、肉として飛び抜けて。特別に生まれたモノではなく、後天的にパールは肉体を加速度的に向上していった。それは、その身に隠れた奇跡の力が影響している。
保つために、身体には常に力がかかっているもの。それに全てに超回復が行われるとしたら。全身の筋肉はきっと、とんでもないことになってしまうだろう。
「えーい」
「グワ!」
そして聖女の姿が魔従の間近にまで迫っても無駄は、続けられる。
凝らした目で探る。眼筋優れすぎた彼女の目は、空気の揺らぎすら解す。そして、剣を動かすその身は、あまりの速度で動くのだ。纏う四色を揺らがせながら。
結果、曲がった一線にて斬れていく数は五つ。それがほぼ同時に行われるために、魔弾が幾ら十を超えようとも、無意味だった。
「グ……」
「疲れてきたのかな?」
そして、あり得ないスピードで身体を動かし続けたパールよりも先に、モアの方が音を上げ始めた。魔法、それは指を更に伸ばして行う無理。それを続ければ、あっという間に疲れていくのは道理だろう。ある程度の疲れならば勝手に癒やされていく聖女のタフさには及ばない。
ふらりふらりとしてきた、モア。だが、魔は勝手にも限界な全身を動かそうとする。魔法でだめなら、ならばこの大きな身体でぶつかれば。
「グアー……」
そうしようと動こうとした足は、何時の間にか土で固められていた。そして、土が色を覆っていく。魔従の視線の先で、ブタが顎をしゃくった。
「ぶぅ」
「いいね、トール! これで無力化出来た。後は……私が治してあげる!」
そして、モアにパールは抱きつき。暴れる彼の首に腕を回し、そして両手を組み合わせ、彼女は願った。自分の力で叶えるために。
「もう、辛くなくなるように……貴方をいじめる魔なんか、やっつけてあげるから」
「グ、ア……」
その後、奇跡は起き、モアは命令から開放されて、魔従からただの魔物になった。
「良かった……」
彼の安心を感じたパールは頭を預けられながら、そう言って微笑んだ。
「おかしいな。あっちに居たはずの仲間が居なくなっちゃった」
殺された訳ではなさそうだけれど、と首を捻る少年が一人。だがしかし、それはただの年若い者ではない。彼が踏みしめ平気にしている、数多から流れた血液からも、それが判る。そう、彼は人でなしだった。
「なんだろ、否定された? そんな感じだ……嫌だねえ」
「グルル……」
人のものであるだろう、真白い腕を噛み砕きながら見上げる混色した魔従の狼を撫でながら、何時ものように一人、道化の彼は呟く。
壊れた家の梁に座し、そうして右手を彼は口元に持っていった。その手には火色、水色、土色の三色が。そして、大蜘蛛の魔従の手を戯れに握る左手は、風と風と水と土の四色が混じり合い、上だけ裸の身体にまで伸びている。
「……そうだね。遠いけれど、気になる。我々の手で壊しに行こう」
そんな彼の独り言に応じて、歓声のような、数多の魔従の鳴き声が轟いた。
それを当たり前のように受け容れて、半身マーブル模様の彼は笑む。
百を超える魔従は彼に向かって頭を下げる。魔に従わせられたものであれば、それこそヒトガタの魔と言っても良いだろう魔人にとっては隣人と同じなのかもしれない。ましてや、彼が同じ魔従であれば。
災厄の『融和』の魔人、クラウン・ワイズは一歩踏み出し。数多の魔従はそれを追う。
人の死の海を越えて、サーカスは動き出した。
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