第21話 ミディアムとレア


 男性として彼女と付き合う予定であった彼は、彼女となって生きている。そのことは、悲劇か喜劇か。


 今までにないくらいの大爆発だよ!

 私なんてちっちゃいものだね。

 変心?


 あわわ。


 消去法が正しいとは限らないのかもしれないが、彼は心に決めたようだ。それに至る愉快な事態を、補足してみよう。




「ミー兄!」

「どうしたグミ……ぶ」

「あわわ。今までにないくらいの大爆発だよ!」

「だからその姿で行くなって言ったってのに……」

「ぶー」


 それはあいにくの雲天の一日。分厚い雲のために暗ったくも涼しくて過ごしやすい中で、あり得ない程の露出をした大きめなグミが唐突に出現し、ミディアムに鼻血を噴出させた。

 ミディアムは水の塔の魔人が変態の魔法を行使出来るということは知っている。だが、それを妹分が真似てエロティックに昇華していたことまで分かるはずもなく。だから彼女に振り向いた筈が、バジルと聖堂の奥の部屋から現れた彼の苦手な大人の女が肌を大いに露出させている様を見てしまって、過去にも類を見ないほどの出血をしたのだった。


「あー……グミ、なのかな?」

「分かっても鼻血だらだらさせちゃうんだね。これ以上は可哀想だから、戻ろ」


 しかし、落ち着いてよく見てみれば、女性のその様はグミの女性性を異常拡大させたものと思えば納得出来るくらいに面影があって。だが、それでも彼の正直な身体は動悸を治めてはくれない。ぽん、とグミが元の体に戻ったことで、嘘のようにそれは止んでくれたが。


「お掃除、お掃除ー」

「水は用意できたぞ」

「ぶー」


 そして、最近何時ものことになってしまったその飛散を、あっという間に片付けていく、パール等。布巾で拭ったり、魔法で流したりし、そして最後の片付けはトールがする。鼻に綿の一部を入れて止血しているミディアムは、自分の不出来に改めて申し訳なさを覚えた。


「すまない……」

「大丈夫、もう慣れちゃいました」


 そう、実際大したことではないのだ。血を流して暴れる人の治療だって、パールにとっては日常。ちょっと血気盛んな男の人の出血くらいでは、多少驚きを覚えるだけだった。


「大っきくなったボクなら大丈夫かな、って思ったんだけど……ダメだったねー」

「お前の場合、露出があまりに多いからな……変わりぶりが酷くてむしろ刺激が強過ぎたんだろ」

「おっぱいを隠せば良かったんだね、残念!」

「ぽよんぽよんだったからねえ。あれと比べたら、私なんてちっちゃいものだね」

「パール、だからお前も自分の胸を揉んで確かめるな。ミディアムが上を向いて堪えてるぞ」

「あ、ごめんなさい」

「いや、大丈夫。こちらこそいやらしい目で見て申し訳ない」


 パールの豊かな胸が持ち上げられて、弾む。それによって、ミディアムの胸も嫌に弾んでしまう。彼はそれに、嘘の弁解をした。

 そんな上を向いている彼の虚言を知らず、パールはふと、何かを考えついたようで口に手を当てる。


「そうだ、思いついたから、やってみようかな……」

「何だ?」

「よし、グミがチェンジしてみたのなら、私もチェンジしてみますね。よーし。変身……じゃないね。変心?」

「お前、まさか……スナオに……」

「ふぅ……うん、僕だよ」

「スナオだ!」

「わっ」


 変心、と言っても外目には特に何も変わらずに。だがしかし、その実パールは確かに代わっていた。それを敏にグミは感じ取って、飛び付く。ちびっ子の抱擁に微笑み撫でる素直を見て、ミディアムは言う。


「え? 何も変化しては……うん? でも何だかパールさん、雰囲気が少し変わった感じがするね?」

「まあ、ちょっと気持ちを切り替えた、そんな感じに思ってくれればありがたいです。それで、実験してみようかと」

「実験っていうのは、もしかすると……」

「大したことはしませんよ。手を繋ぐだけです。それくらいなら、鼻血は出ませんよね? ちょっとやってみていいですか?」

「ま、まあ、その程度ならば」


 先端での接触程度では大したことは起きないと分かりつつも、最近の不幸癖から少し及び腰になりつつミディアムは差し出された手の平にゆっくりと自分の一本の水色が目立つ手を伸ばしていく。そして、それは細く柔らかな指に絡め取られた。


「はい、ぎゅっ」

「ん? ええと……あれ、なんともない。……おかしいなあ」

「あはは。平気なんですね」

「何でだろうな。スナオって何か特別なのか?」

「……やっぱりねー」


 その事態に訝しがるのは、男性陣ばかり。女性に触れられたのに何ともない。痛む程の胸の動きミディアムには感じ取れなかった。実に落ち着いている。だから、そのまま離れずに彼はスナオを見つめられた。

 今までになく近くで、その彼岸の美しさに、ミディアムは感じ入る。


「……この状態のパールさんは、スナオさんと呼べばいいのかな?」

「まあ、あまりならないですけど、見かけたらそう呼んでいただければ、と」

「それは困る」

「はい?」


 スナオは首を傾げるが、ミディアムは真っ直ぐ見つめたまま。割と整ってはいても、中身とは同性である相手の熱視線を嫌がり、そんな内心を隠すようにほにゃりと彼は笑む。

 そうして、そんな愛らしさが、ミディアムの口を勝手に動かせた。


「わたしがこうも胸動かされない女性は、スナオさんしかいないのだから。出来るなら、わたしと結婚して欲しいくらいだ」

「あははー……冗談ですよね」

「いや、冗談では……っ」


 ミディアムの告白のような言葉は、最後まで続かない。それは、扉を勢いよく閉められた、その大音によってかき消されたから。その下手人、肌が少し浅黒く、しかしどこかの誰かさんに似た柔らかさを持ちながらも、鋭く視線を尖らせる少女。その名前を、彼は呆けたようにしながら紡ぐ。


「レ、レア……」

「兄ちゃんが、告白……それもグミじゃなくて見ず知らずの、女に……」

「わー、最悪のタイミングでレーちゃんの登場だ……」


 そう、彼女こそミディアムの妹、レアであった。大好きな兄に会いに来た彼女は、偶然的にも告白のような場面に遭遇して、心を乱させる。そうして、乱れた心は最終的に昂り怒りとなった。

 強く、情の強いレアは素直を睨み付ける。


「こんなの、なかったことにしねえと……そうだ、コイツをやっちまえば……」

「ミディアム。お前、物騒な妹を持ったな」

「いや、バジルはどうしてそんなに落ち着いているんだ……レア、鋏とはいえ、刃物を人に向けるんじゃない!」

「うっせえ! 檻に入ってもくれねえ上に、勝手に人生の墓場に入ろうとしちまう兄ちゃんの言うことなんて聞くもんか!」


 中々に珍妙な兄妹喧嘩を見つめるバジルの目は白い。それもそうだろう。一般人がどれだけ暴れようとも、聖女を守る自信が彼にはある。ただ、こんな残念な妹も居るのだな、とは思う。

 ミディアムに否定され、興奮していく、レア。それが頂点に達しようとした時に、二人の間に割って入る、小さな姿があった。勿論それは共通の妹分、グミだった。


「レーちゃん」

「どくんだ、グミ! そいつ殺せねえ!」

「ダメだよ。スナオはボクの愛する人でもあるんだから」


 そして、愛する妹もまた、レアに爆弾を落とす。あまりに真剣な声色に事実と知った彼女は、ふらりふらりと、よろけだす。


「な、なんてこったい……」

「レ、レアさん?」

「テメエ、グミまでたぶらかすとはなあ……両刀とは恐れ入る……だが、負けねえぞ!」

「わあ。僕、何だがとんでもない勘違いされているぞお……」

「オレなんてなあ、兄ちゃんのこと、十年よりも前からずっと好きだったんだからな! ……わっ」


 対抗心から飛び出した、そんなトンデモな言。それを放ったレアは、湿った糸でぐるぐる巻きにされる。やったのは明らかだ。自分の兄を恐る恐る見上げると、無表情に自分を見下げているのが分かった。


「……レア」

「な、何だよ兄ちゃん」

「少し、頭を冷やしなさい」

「耳打ちされた通り、水たっぷり創ったが……本当にぶっかけていいのか? まさか濡れた妹相手に鼻血出さないよな?」

「実の妹に興奮するような兄なんて、あり得ないよ。そして、実の兄に好意を持つ妹なんて、駄目駄目だ。遠慮なく、やっちゃってくれ」

「分かった。それじゃあ行くぞ」

「えっと、何なんだよその冷たそうな大量の水……え、お前、指五本も……ひぇ……ぶわっ!」


 そして、バジルの右手の色に驚きを覚えた、その途端にレアはとんでもない量の水を頭からジャバリと被るようになる。怒涛は、しかし床に落ちずにそのまま宙に消えるように分解されていく。器用な少年の魔法の腕を見、感心しながらグミは素直に抱きついたまま、言った。


「レーちゃん、これで落ち着いてくれたら、少しは話が出来るかな? スナオはどう思う?」

「はぁ。何とも。ただ、少し表に出ただけなのに、どっと疲れたよ……」


 そして、ため息を吐いた素直は、パールの顔に少し憂いを帯びさせていて。故に、遠く見ていたバジルの胸をギャップで撃ち抜いたりもしていた。




「あははー……オレ、勘違いしちゃってたわー。アレ、兄ちゃんの冗談だったなんてなあ」

「レア」

「ごめんなさい」


 嘘でごまかされた後に、促されてレアは艶のある長い白髪を頭ごと下げる。それを笑顔で受け止め、聖女は応じた。


「あはは。まあ、実害何もなかったし、いいよ」

「そっか……オレ、刃物向けたってのに……お前、良いやつだな!」

「私は、パールっていうんだ。謝罪よりも、レアちゃんが仲良くしてくれると嬉しいな」

「おうっ。パールな。オレはお前が気に入ったぞ!」


 手を差し出すパールに、それを掴んで上下に降るレア。シェイクハンドは非常に大げさで、長く続いた。

 やがて二人は離れ、レアがバジルに向かった後に、ミディアムがパールに語りかける。


「これは……スナオさんからパールさんに、戻ったのかな?」

「そうですよー。素直、面倒になるからって隠れちゃいました」

「ちょっと残念だね……」


 明らかに、ミディアムのその思いが深いものであることに、パールは気付かず、彼女はレアを目で追った。

 レアはバジルに近づき、その手をまじまじと見ていた。


「それにしても、五本指か……すげえなあ」

「……そんな目で見られるのは、珍しいな」

「いや、だってテイブル王国でも五本は殆ど居ないっていうじゃんか。神祖ですら四本だって聞くぜ。客や兄ちゃんで魔法使いには慣れているるけど、特別なのにはやっぱり驚くもんだよな!」


 愛するものも、世界で数少ないもの。それこそ、希少を大事に思う心がレアにはあった。だからこそ、五本の次元違いの危険を彼女はただ凄いものと認めた。


「面白いやつだな……」

「名前教えてくれよ。兄ちゃんの友達みたいだけど、出来るならオレも懇意にしたい」

「バジルだ」

「オレは、レアだからな。ちゃんと覚えておけよ!」


 笑顔を交わす、彼彼女。そこに、口をとがらせいじけた表情をしながらやって来たグミが口出しをした。


「レーちゃんは、直ぐに人と仲良くなるなー」

「そりゃあ、オレは基本的に人間好きだからな。それよりグミ。こんな近くに居たってのに、コブルの実家に顔も出さないで……どうせ、学園に飽きたからって遊び呆けてたんだろ?」

「ううん。ただ、パールから離れたくなかっただけ」

「こっちはマジかよ……」


 悩むように頭に手を当ててから、次にレアは口に手を持って行き、まあ、全部オレのものにしたら何の問題もないか、と今度は怪しげに呟き出す。彼女の好きなものを逃さずに居られない独占欲はどうにかならないものかと、グミも思う。


「ま、いいや。それで兄ちゃん。母さん達が呼んでたぞ。そろそろ便りだけじゃなくって顔も見せなさい、って」

「そうか……まあ、頃合いだよな。学園にも報告してあるけど、そろそろ戻らないとわたしが退学になってしまうかもしれないし。後数日後、王都へ戻る前に、そっちに行くよ」

「それと、そろそろ恋人の顔も見せなさいって」

「これは……まあ、少しは明るい話題を持っていけるかな」

「そこでパールを見るんじゃねえよ、スケベ野郎」

「いや、わたしはスナオさんを見ていたんだが」

「一緒だろ」


 何を考えているんだとでも言わんばかりのバジルの顔を見て、少し何か考えてから、ミディアムはパールに再び向かい合う。その時胸に感じるものを覚え、やはりと思った。


「違う、とは思うが、まあ良いか……」

「ミディアムさん?」

「わたしは後数日でさようならをしなければならないけれど……後で、スナオさんには上等なドレスを送るよ」


 わたしを忘れられないくらいに素晴らしいものをね、と繋げるミディアムは、どうにもキザな様子である。それに、パールは少し引く。


「多分、着ないと思いますけど……」

「何、ならその日まで取っておいてくれればいいから」

「あわわ」


 意味を察知し、パールも流石に真っ赤に。だが疲れて眠っている素直に確認取れずに、勝手にそれを拒否することも出来ず。お陰で、後々、厄介な方に事態は進んでいてしまう。


「あれ、実は兄ちゃんマジっぽい? いや、初めて見るレベルの美人だけどさ、兄ちゃんにグミに、どれだけパール、モテるんだよ。でもこりゃパールを使ったら全員オレの側に纏めるのも夢じゃないな……」

「そんなの、泡沫の夢にしとけ」

「あいた」


 ぽかりと、バカなことを言うレアを右手で叩いて、バジルはせっかく仲良く出来そうだったのにミディアムも最終的には敵になるのかと、内心残念に思った。




「兄ちゃん……パールには何ともなく触れられた、っていうのはマジか?」

「ああ」


 その後、レアを中心に皆と仲を深めてから、夜になって宿屋で兄妹二人きり。ミディアムは妹に今日に起きた事実を語る。それが奇跡的であることを知っている少女は、思わず口にした。


「それ、変だろ。だって兄ちゃんって……」

「まあ、変でも良いさ。これが最後のチャンス、とでも思っておくよ」


 あの日から、壊れてしまった胸元。それを染指で押さえ、ミディアムは続けた。


「少しのきっかけで歪んでしまったわたしが、異性を愛せる最後の機会だってね」


 女性性に過度に危険を覚える。結果鼻血となるために下心と間違われていているそれが、起きない女性は、ミディアムには家族以外で初めてだった。

 もしかしたらこれが遅めの初恋。二十四にもなってからそれを今更始めてみようかと、彼は思う。酷く、理性的に。

 椅子にだらしなく座り、そんな兄を横目で見ながら、レアは溢す。


「……正直、兄ちゃんってオレ以外だと男と結婚するしかないって思ってたよ」

「それは心外だな……」


 男色もアリだけれどな、と言うレアに、流石にミディアムは危機感を覚える。こんなに変な妹を貰ってくれる人は果たしているのか。見た目と能力以外は、酷すぎるこんな女の子を。


「……最悪、バジルに押し付けるか」


 目下、バジルを最大の候補として考えて、お兄ちゃんは妹の前でため息を吐いた。


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