第20話 ユニとパイラー


 今回の大体は過去。だから、彼だとも思える彼女は、多くを知らない。


 とっても可愛いのに。

 大事にするんだよ、バジル。

 仲いいなあ。


 蚊帳の外にも、情が通っている。過去には聖女の手も届かない。そんな二つを補足してみよう。




 ユニは、バジルのことが大好きである。ある時からずっと続いているそれの始まりは、しかし出会いのその日ではなかった。

 ユニとバジルは、七つの頃にカーボの手引きで出会っている。両親を殺された不信、一年経って、それから少しは彼も周りを見ることが出来るようになった今が、頃合いだろうと。だが、細身と髪の長さから薄暗い少女のようにも見えた険のある子供を見て、普通の子供であった彼女は不気味に思い母の影に隠れてしまった。

 初対面で視線も会話も交わることがなかった二人。彼彼女らが関わりを持ち始めたのは、パイラーが杖を突き始め、パールがひと月近くも寝込んだその時からである。

 雨の中、何時もの水色法衣のまま家にまで来訪をした、しかしよく見ると坊主頭に変わっていたバジルに呆気にとられたユニは、彼が開いた口から出た言葉にもまた驚かされる。


「……頼む。オレが誰よりも強くなれる方法を、教えてくれ」


 それは、周囲の誰もがバジルにそうなることを望まなかったこと。しかし、自分のせいで大好きな姉が倒れてしまったのだと思い込んだ彼には、守るために誰より強くなることが必要なのだと勘違いした。

 バジルは聞いて回って、しかしそれでも誰も方法を答えてくれない。それは、可哀想な彼を思うが故のこと。子供の無茶に、耳を貸してくれる大人なんて、居なかったのだ。

 だがもし、相手が同じ子供であれば。そう思ったバジルはこうして一度行ったことのある近くのグミの家まで、足を運んで頼み込んだのだった。


「そんなこと言っても、分かんないよ……」

「お前しか、頼りになる人が居ないんだ。頼むよ……」


 しかし、そんな男の子の内心を解せるほど少女の中身は熟れていなくて、だから下がった頭に正直なところ面倒だと思う。適当な言葉で呆れて帰って貰おうと、ユニは考えた。


「誰よりも、っていうことは皆とおんなじことをやってたらきっと無理だよね。他の人と違うことをすればいいんじゃない?」

「なるほど……やってみる!」

「あ……」


 だがその言は、バジルの琴線に触れてしまう。男の子は走り出して雨中に消え、ユニは自分の言葉の軽さを少しだけ後悔した。


 それから、バジルの噂が少しずつ増えるようになっていく。曰く、やんちゃ坊主共と喧嘩をして魔法も使わずに平らげた、曰く、ポート川の水で出し物をし始め神官にげんこつを落とされた、等など。そして次第に馬鹿げた内容の中に、自警団に最年少で入ったことや、血だらけになって魔物を倒した、等の危険なものまで混じり始める。これには、きっかけを作ったのだろうユニも後悔を覚えた。

 聞くに、もう子守は半分お役御免になっているようだが、親代わりは続けている自分の母カーボもバジルの無軌道ぶりに手を焼いているそうだ。流石に注意はしておかないと、と焦ったユニはバジルの元へ赴く。現在パールと神官らが住んでいる神官館へと教会を通らず一人、彼女は向かった。

 そして、玄関を開けたパールはユニを出迎える。


「あの、バ、バジル君、居ます?」

「うん? 貴女、誰かな?」

「あれ……パールさん。あたしのこと、分かりません? ユニです」

「ごめんね、ちょっとある日から、記憶がごちゃごちゃになってて……わ、怒らないで!」

「怒ってませんよ。ブサイクなこれが地です」


 ユニはそれこそ少し、むっとした。可愛がってくれたパールに忘れられてしまったことに少し悲しみ覚え、眉を歪めただけで、この反応である。幾ら自分が悪い顔をしているとはいえ、本心を別に取られてしまうのは、残念だった。


「ん? ひょっとして悲しんでくれたの? ありがとう。それとごめんね勘違いしちゃって」

「いえ……」

「ユニちゃん、だっけ。自分をブサイクなんて言わないで。貴女、ちょっとキリッとしているだけで、とっても可愛いのに」

「っ!」


 だから、下げて唐突に上げられたユニは顔を真っ赤にする。彼女は多くの照れと共に、ああ、そういえばパールさんはこんな人だった、記憶がぼんやりしても変わらいのだ、と実感をした。


「そんなことはない……ですよ……あ、あの。バジル君は何処ですか?」

「ふふ。その年で敬語を使えるのはおりこうだと思うけど、私とそんなに変わらなそうだし、窮屈そうでもあるから結構だよ。それで、バジルだね。あの子は、少し前に出ていったけれど、直ぐに戻るって言ってたよ。ちょっと、一緒に待とうか」

「そ、そう……」


 そして、ユニは神官館の入り口近くの客間に通される。その端に横たわるベッドを発見して、彼女は少し目を大きく開く。


「あ、ゴメンね、片付けてなくて。これ、バジルのベッド。子供三人おっきくなって来たから少し神官館も手狭になってきているし、もうちょっと私が年を重ねたら、神官様が持っている、少し離れたお屋敷に住むことになるみたいだけれど……今はちょっと不格好に利用させて貰ってるの」

「はぁ……」


 ユニは、パールの説明に上手く応答出来ないまま、感嘆の声のようなものを漏らして、柔らかなソファに座る。久しぶりの上等なそれの感触を懐かしく思いながら、ああこの綺麗な女の人もちゃんとここで生きて暮らしているのだな、とぼうと思った。


「……パール、ユニが来てるんだな」

「あ、モノ」

「こ、こんにちは、モノさん」

「ん。さんは要らないぞ。敬語もなしで頼む」

「うん。それでいいなら……」

「ん。それじゃ、俺は稽古に行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 そして、もう一人、物語的な存在が奥から現れ、挨拶をしてから去っていく。三本指の魔法使いが居る一団をその剣のみで撃退し、神官を守ったというモノの話は、周知されている。パールの美しさもそうだが、以前よりがっしりとして威圧感を増している彼に、ユニはタジタジになった。


「今帰ったぞー」

「あ、バジルだ」

「も、もう、もっと早く帰ってきなさいよ!」

「な、なんだお前」


 だから、ちょっと追い詰められていた彼女は助けを求めるようにバジルに詰め寄る。ユニは、その隣でツンデレだと目をキラキラとさせているパールを知らない。

 彼らが落ち着くまで、少し掛かった。


「で、ユニ。どうしてお前、ここに来たんだ?」

「それは……」


 改まって訊かれて、ユニは口ごもる。貴方を心配して来たのだと正直に言うのは、中々に恥ずかしい。語れないままに、先にバジルがしびれを切らした。


「ったく。急に黙って、お前、何なんだよ……ホント、何しに来たんだ?」

「むっ。何しに来たって、アンタのためよ!」

「そうなのか?」

「そうなのよ」

「で、オレのために、お前は何をしに来たんだ?」

「えっと……それは……」

「まただんまりか……」

「さ、察しなさいよ!」

「分かるか!」


 大声を上げながら、ぴたりと合った息。お互いツンツンしているが、バジルとユニの相性が悪いというようなことはなさそうだ。その有り様を見て、パールは隣で頬を緩めながら言う。


「二人はお友達、なんだねー」

「いや、オレらこれで会ったのが三回目くらいなんだが……」

「なら、よっぽど相性がいいんだねえ」

「そ、そんなことないわよ!」

「ふふ。それに、皆バジルの手を見て気を引かせてしまうから、ユニちゃんみたいな人って、珍しい」

「え、そうなの? だって、バジルはバジルでしょ? そう、子供なんだから無理、しちゃ駄目だよ」

「……ふふ、大事にするんだよ、バジル」


 バジルが頬を掻きながら発したああなのかうんなのかよく分からない唸り声のような承諾の声を聞き、ユニは首を傾げる。彼女には、パールの優しい瞳の故も判らなかった。何せ、人がなんであろうが人だと彼女は知っているのだから。

 その、他に対する平等性は母親由来のものであり、本来ならば異常とされても不思議ではないもの。だが、顔で怖がられてしまうユニは同年代と深く関わることが少なく、その内を知られることはなかったのだ。

 擦れていない、白。パールにだって、それは綺麗に思えた。

 これ以降、想い人に彼女を大事にしようと言われたのもあり、バジルはユニに構うようになる。


「ユニ」

「何よ!」

「どうしてお前は最初から喧嘩腰なんだよ……」

「……私をからかおうとしていたんじゃないの?」

「ちげえよ」


 最初は、互いにつんつんと探り探り。


「バジル!」

「どうしたんだよ、ユニ」

「あのね、割の良い糸紡ぎの仕事、見つかったんだ!」

「あー……時間が取れるようなのが良いって探してたな、そういや。でも、幾ら良いと言っても稼ぎ、それほどではないんじゃないか?」

「いいの。バジル達と一緒にいれるもの!」

「そうか……」


 そして、この人なら大丈夫だと判じた一方が大いに近寄り盛り上がって。


「……すまない」

「謝らないでよ。あたしも、悪かったんだ。バジルがパールのこと好きだって知ってたのに、困らせちゃって」

「……そんなことは、ない」


 やがて触れ合うほどに寄り過ぎたことで、互いに傷つき。


「バジル!」

「だから、なにか持っている時にくっつくなって!」

「仲いいなあ」


 それでも仲良くバジルとユニは、共にある。そのことを喜ぶパールの目の前で、親愛の表現は存分に咲く。彼女は、彼が大好きだから。

 汚泥は大事に何も知られることなく、純白を育てた。無垢ならば、低刺激を存分に楽しめるだろう。なら、彼女が幸せになるのは当然なのだろうか。今日もユニは、思い叶わないことを知りながらも恋に親しんで、笑っている。




「神官様」

「ああ、ユニですか。こんにちは」

「こんにちは」


 そして現在、お昼に多めに取っている仕事休みを用いて、ユニは何時もの通りに教会へとやって来た。今日は、偶にある多くが不幸に遭っていない喜ばしい日なのだろう。聖堂に人影はちらほらあるが、それはまばらで。診療台には道具が乗っているばかりで、パールにカーボの姿もない。彼らの代わりに傷病人の手当てを行っている大好きなバジルも見当たらなかった。

 きっと、今は皆で昼食中なのだろう。そして、一番偉いパイラーがお留守番。中々に面白い教会だなと、ユニは思う。


「神官様、きっとお昼ご飯をまだ食べていらっしゃらないですよね。恐らくは舌に合わないのでしょうけれど、空腹を紛らわすためにも何か軽いパンでも持ってくれば良かったです」

「ふふ。今日はもう、貴方のお母さんが作った御飯を頂いています。それにユニ、私は貴方が料理上手であることは知っていますよ。バジルがよく語っていますからね」

「あ、そうだっだのですか。うーん、恥ずかしい。バジルも口が軽くって!」


 杖をついたパイラーの隣に立ち、ふと彼を思って話しかけてみたが、しかし実は既に満腹と聞き少しユニは恥を覚えていやいやをした。バジルが自分を褒めていたという事実も含めてそれは中々続く。神官は、俗にもそれを面白がった。


「あ、そういえば、一度も訊いていませんでしたね。神官様はお母さんと、何処で出会ったのですか?」

「……カーボとは……貴方のお父さんとの関係で、少し縁があったのです」

「へぇ。そうなのですか。知らなかったです。お母さん、お父さんのことなんて、全然言わないからなぁ」


 どこの誰だったかも知りませんよ、と言うユニに、僅かにパイラーは胸を押さえる。そうしてから直ぐに、彼はそれが身じろぎだったのだというように動揺も含めて笑顔で隠した。


「お父さん、どんな人だったのでしょう……気軽に言えないような、人だったのかなあ……神官様、もしご存知でしたら……いや、言い難いことでしたら結構ですけれど」


 片親しか知らないユニが、もう一方を知ろうと思うのは、当然のことだろう。だが、それを知るものも語るものも今まで現れたことなく。一番に繋がっていた筈の母が彼のことを黙っていては、分かるはずもなかった。

 その一部でも教えて貰えるならと、こわごわユニはパイラーに尋ねる。


「……カーボが黙っているであれば、詳細は語れません。何時か、彼女が機会を伺っているのかもしれませんからね。ですが語れるところを喋りますと……彼は今もご存命で、立派な方です。安心、して下さい」

「そうなのですか! それが知れただけでも良かっです! お父さん、元気なんだー」


 ユニの極端なつり眼が優しく歪む。パイラーの言葉を本気で受け取って、大喜び。何時か会えるかな、と少女は夢膨らます。

 向かい合えずに、そのまま横で見つめる嘘つきなパイラーは、こっそりとため息を吐く。



 それは、不幸。纏わり付いた全てが最悪。心なかった時のパイラーですら彼女に手を差し伸べざるを得なかった程に、カーボは酷い悪意の中で浮かんでいた。そんな、どうしようもない物事の中から生まれたのがユニであったのは、唯一の彼女の幸運だったのかもしれない。

 立派なはずがない。アレは悪鬼ですら逃げ出す悪徳だった。生きてなんて居ない。自分が現し世に生かしておかなかったから。

 自分に一時この世の全てを見捨てさせた、そんなものがユニの父親であっていい筈がない。パイラーは一時、真剣にカーボと少女を思い、過去を消すように自分が父親になろうかと告白したことだってあった。


「……本気、だったのですがね」


 玉砕し、もう何年経つだろう。未だ多くの未練を持ちながら、パイラーは想い人の子の笑顔の横で、届かぬ声量にてそう溢した。


「あーあ」

「……どう、しました?」

「いえ、どうせなら、神官様がお父さんだったら良かったのに、って思ってしまいまして……あ、でもこんなの不敬ですよね」


 何も知らないユニは、だからこそパイラーを綺麗に思い、彼を望んだ。本当なら仇と言われても仕方ない、そんな関係であるというのに、それでも今恐る恐る少女は一番に望ましい男の人として自分を見上げている。その、何と嬉しいことか。

 一度、目頭を拭い、そうして真っ直ぐユニの前に立ち。


「いいえ。そんなことはありませんよ」


 何隠すことなく本心から、パイラーは笑んだ。


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