第15話 聖女と異端
彼と彼女な聖女は、異常である。だが、それは果たして世界の異端とすらなってしまうものなのか。
ちょっと、疲れましたー。
またかあ。
ミディアムさんも私のこと、馬鹿にしてる。
良く分からないー。
あはは。
こんなのが、そんな大層なものか。それは、補足するまでもなく、判るのかもしれない。
手を組み合わせる。それは、何に願うポーズなのか。普通ならば、神祖か四柱か、或いは魔にだろうか。だが最低でも、今それを行っているパールは誰の助力を頼ったことはない。
願いは叶える。奇跡は顕すのだ。他の人にそれが無理なら、私がこの無力の手で、掴んであげよう。だって、それらが現実にならないっていうのは悲しいことだから。
そう、聖女は思うのだ。
「ふぅ……多分、治ったと思います」
「い、痛くない。ありがとう、ありがとう聖女様!」
奇跡は、この世にあると示され、そして先程まで折れた腕に涙を零していた駆け出しの漁師、キャスケットはパールを仰ぐ。少し、額に汗をしながら、自分に笑顔を見せる美しい聖女を前にして、彼は感謝と敬意を限界まで膨らませる。
ここで治してもらえるまで、不意に船体に当たって弾き返ってきた櫂が当たり、見事に二つに曲がった腕が痛くて辛くて仕方がなかった。神祖様はどうして自分にこんな不幸を見舞わせたのだろうか。あまりの痛苦に、キャスケットはそんな不敬な考えまでしてしまったくらいだ。
キャスケットのぶらりと垂れ下がった腕を見て、居合わせた同業の殆ど皆がこれは容易く治せるものではないと、そう悟った。万能に近い魔法であっても、人を治すというのは非常に難易度が高いもの。治療のために水の魔法使いの診療所に通ったところで、かかる時間は数ヶ月。きっと痛みはマシになるだろうが、完治までは自然治癒と大して変わらない期間が必要になるだろうことは、明らかだった。それに、必要となる金銭は膨大。とても、漁師なりたてが払えるものではない。
だが、その場で一人取り乱さなかった、急な腹痛にて教会まで足を運んだ際に聖女に遭ったと触れ回ったことがある男、ベレーは彼女ならばもしかしたらと、キャスケットの前に蜘蛛の糸を垂らす。それに、困窮していた彼がとびつくのは当然の成り行きと言えた。
もとより、名無しの教会に人を癒す聖女が居るということは、同じライス地区内でも少し離れたポート川周辺にまでだって周知はされていた。だがしかし、多少の怪我病気は、近くの診療所でお金を払えば治して貰えるもの。更には医師たる水色持ち達は口々に色すらない者が起こす奇跡など眉唾ものだと語るのだ。更に、そこから、無名の教会への批判へと続いていくのが常の流れだった。故に、遠く実態を知らないキャスケットは、身近の医者を信じて聖女をまるで信じていなかった。
だが、それは、なんて愚かなことだったのだろうと、キャスケットは今思う。
治療の全てが施しで、そしてその献身の真剣さ。片手で治療を終わらせる者たちと違って専心して、パールは行っている。その、なんと眩いことか。
自分のために必死になっていたキャスケットは、生まれて初めて、ここまで他人のために自分を削らせる人間を見たのだ。それが、異常でなく神聖なものに映るのは、パールの持つ独特の雰囲気のためか。儚さに柔らかさ。相反するそれらを全て含めた彼女はどこまでも彼方の者だったのだ。気持ち悪いとはとても、思えない。
パールを天の使い、或いは天そのものとすら感じ入ったキャスケットの隣で、どこまでも平坦な心のまま、カーボは優しく問う。
「ちょっと、確認のために触っていい?」
「はい、看護師様」
「よし、ちゃんと骨はくっついているね。筋の腫れもすっかりひいてるわ。これなら、大丈夫」
「やった……やった! 骨折を治す間に稼ぎがなくなってしまうのが怖かったのですが……いや、それ以上に痛いのがとても大変でした。それを本当にこんなに簡単に治してくれるなんて……これで直ぐに仕事に復帰出来ます!」
「良かったですー」
「簡単、ではないのだろうけれど……まあ、いいかな。キャスケット君。無理は、禁物だからね」
「分かりました! 本当に、本当に、ありがとうございます。この御礼は、必ず!」
要りませんよー、と手をふりふり口にするパールに大きく頭を下げて、キャスケットは聖堂から出ていく。彼を見送ってから、奇跡を起こした少女は、大きく息を吸い込んでから、言う。
「うう。ちょっと、疲れましたー」
「休む?」
「多分、あと軽い人一人くらいなら大丈夫かな、と思います」
「ふうん。……顔色見る限りだと、確かにそれくらいで終わりにしないといけなさそうね。自己診断も出来るようになったみたいで、結構結構」
朝から昼を過ぎた今。休みも挟んで診たのはもう十人を超えている。キャスケットの怪我はその中でも一番の大きめなもので、パールがその痛みを否定し切るのは非常に苦労なものだったのだ。
他に誰も居なくなったからと、パールが白衣を開けたその胸元に汗がぽとり。つうと、肌の奥に流れていった。どうにも、今の彼女の様子は、だらしなくもどこか艶っぽい。確かに、自分の様子も省みられなくなって来ているようだからそろそろ限界だなと、カーボは思う。
「カーボさんは患者さんの前でも私が疲れていると情け容赦なく止めに入ってくれますからね……面倒かけてしまうくらいなら、自分から申告した方がいいかな、と思うようになりました」
「それは助かるわ。じゃあ、次で終わり……あれ」
「パール。ミー兄がまた怪我しちゃった!」
「またかあ……」
「申し訳ないね……ただ、今度は少し酷いんだ。転んで、肩をはずして……ぶ」
「またミー兄が爆発した!」
「あ、胸元開けたままだった」
そうして、次にやって来たのは、グミとミディアムの二人。どうやら、彼らは遊びや見学をしにやって来たという訳ではないようで、痛そうに肩を押さえる兄貴分の為に、妹分が扉を開けて助けている様子が見て取れた。
そして、ミディアムが自身の負った怪我の詳細を語ろうと、治療してくれるのだろうパールの様子を見た後直ぐに、彼は鼻血を噴出させる。流石に、女体が苦手な彼に、豊満過ぎるそれを一部分でも見せてしまうのは良くなかった。いけないいけない、と服のボタンを掛け始める聖女の横で、カーボは少し困った顔をする。
「聞きしに勝る、苦手ぶりね……我が娘のお気に入りの洋服を台無しにしてくれたのは、これか……」
「その節は、申し訳ありません……後で、妹経由で上等なお洋服をお送りします……いてて」
「そこまでして頂く必要はないのだけれど……まあ、問答をしている暇はないわね。最後の患者はどうやら貴方になりそう」
「よろしくお願いします。パールさんにカーボさん」
「直ぐ治しちゃいますねー」
ミディアムはこれ以上鼻血をこぼさないように上を向いたまま、治療は開始される。まず、治すことが出来るはずのパールは飛び散った血液を拭うために、バジルから水を貰いに駆け出していく。その代りに、カーボが彼へと寄ってくる。
それを、上方から不思議に思ったミディアムは、カーボの次の行動に驚かされた。それこそ、痛いくらいに。
「それじゃあまず、嵌めましょうか」
「へ? ぎゃ!」
「わ、いたそー」
「虚を付ききれなかったわね。ごめんなさい」
ちっとも、申し訳無さを見せずに、カーボは言う。そう、彼女はその太めの力強い腕を使って、一気にミディアムが外した腕を嵌め直したのだ。脱臼、そのために傷ついた靭帯が無理でないとはいえ戻されることで痛み発信し、彼は悲鳴を上げた。
これは虚とか、そういうレベルでない激痛だと、ミディアムは思う。
「はい。我慢して我慢して。人間でしょ?」
「そ、そこは、男の子だから、とかじゃないんですか? ……いたた」
「男の子だけ我慢させるのは、不平等じゃない。それに、人間ならどんな痛みも耐えきれるはずよ」
「無茶苦茶な理屈ですよそれ……うう……」
だがしかし、こんな無慈悲な行動であっても、全てはパールの補助のため。聖女たる彼女であれば、痛み無く骨を動かし治すことも可能であるが、そこまでさせるのは彼女に大きな負担になる。ならば、痛みぐらい患者に負担してもらおうというのが、カーボの考えである。
そこには、これくらいの痛みは大したことないという人生経験豊富過ぎるカーボの価値観も原因であるが。そこに、ミディアムは突っ込みを入れる。
「痛み、かあ……」
だが、カーボの口にした、痛みという言葉が妙に魔女には気になった。たとえば絶対不信に至る程の、痛み。そんなものもあるのだろうかと、グミは思った。
そして、再び手を組み合わせて、パールは奇跡を叶える。額から一筋の汗を垂らしながら、しかしごく短い時間で、彼女はミディアムを痛みから救った。
確かめるように、肩をぐるりと回し、何の問題もないことを知ってから、ミディアムは独り言のように語る。
「グミに引っ張られて治療して貰うんだ、ってパールさんの元に連れて行かれた時は祈って貰うばかり、つまり気休めにしかならないと正直思っていたんだ……これはあり得ないことだね」
「そうですか?」
「と、いうよりはあり得てはいけないこと、か」
助けられておいてこう言うのは駄目なんだろうけど、と言いながらもミディアムは驚きと複雑な思いを隠しきれない。そう。四塔教を信じ、魔法を絶対唯一と学んでいる彼に、パールの奇跡は理外にあった。
それは、即ち異端。なるほどこの教会に名前がない所以の一因は彼女にあるのかと、ミディアムは考える。
「魔法以外の方法があってはいけない……その筈なんだ。勿論、人の営みから生まれる便利は、神祖マウスも否定していない。だが、これは……」
「教えにないもの、でしょうか?」
「パイラー神官!」
ミディアムが一時悩み始めた、そこに当然のように現れたのは、パイラーだった。彼はゆっくりと杖をついて、やって来る。天の助けと、彼は来訪を歓迎した。それが、さらなる苦悩の始まりと知らず。
「パイラー神官。不勉強なわたしは、不安に思います。便利とはいえ、邪道を許してしまっていいものなのかと。勿論、貴方がパールさんにこの力を振るうのを許しているのには、何らかの故があるのだとは思いますが」
「……パールの力については、神祖が教えを残し忘れたのだ、と私は解釈しています」
「……へ?」
聞きようによっては不敬であるような言葉が聞こえ、ミディアムは驚く。それが、神官の低い声によるものであるのには尚更に。万能である筈の神祖に、傷を認める人間など、彼は初めて見たのだった。
「いかにも有り得そうだと思いませんか? だって、あの人、相当なバカじゃないですか」
「……神官?」
「然るべき時になってから、人を掬う……って具体的には何時なのですか。後に残すなら、ちゃんと教えておけばいいでしょうに。後、自分が天まで登った方法を、言葉にして伝えられなかった辺りかなりの感覚派であるのだと、私は睨んでいます。多分、あの人実際に居たらパールに似ていますよ」
「え、え! そんなこと、神官が思って良いのですか? パールさんに似てるとか……それ、相当馬鹿にしていません?」
「ミディアムさんも私のこと、馬鹿にしてる……」
パールの言葉は、最早聞こえない。奇跡どこかこれこそ、あり得ないとミディアムは思う。神官というのに、敬うべき神祖を自分と同等に下ろしているなんて馬鹿にしすぎではないかと、年月に少し頭が固くなっている彼は思った。
だが、驚きすぎて愉快な表情をしているミディアムの前で、パイラーはいたずらっぽい表情をしてから更に語る。
「そんなこんなをパール云々を除いて幼い頃に所属していた教会にて正直に語ったところ、袋叩きに遭いました。どうしてでしょうね?」
「いや……申し訳ありませんが、当然かと」
「そうでしょうか? 私は、確かに、一時地に居た筈の神祖を一人と考えられない彼らを哀れと思いますけれどね」
尊敬とは、全て認めてから生まれるものと、私は解しています、とパイラーは繋げる。
明らかに、異端の考え。だがしかし、それがミディアムには分からなくもなかった。原理主義者には、それこそ殺されそうな異見だけれど、とも思いながら、得心持った彼は笑って喋り出す。
「はは。なるほど、この教会に名前がない筈です。貴方にとっては、名前を奪われようとも、一つなのですね」
「そうですね。認められない彼らに認められないのは、それこそ当然でしょう。何一つ、気にすることはありません」
「そして、パールさんも一時地にいる同じ一人であると、貴方はそう考えていますね?」
「どうでしょう、ね」
そこまでは、流石に言えないのか、と出来れば全てを知りたかったためにミディアムは少し残念に思う。歩み、パールを近くにして神官は、微笑む。
魔法によって天に昇り、王から神となった神祖マウス。何時か信仰する地の全てを天へと導いてくれるという彼を一人とするのであれば。今ここにいる魔法でない何かを使うパールも当然のようにまた一人なのだろう。それこそ、神官にとって彼女と神祖は近いものと、考えているのではないか。そう、ミディアムには思えてならなかった。
神を人とするのならば、ならばパイラーは何に仕えているのだろうか。それが、商売よりも学びを選んだミディアムには気になって仕方がない。
「うーん? 良く分からないー」
「大丈夫、パール。ボクにも意味不明だったよ!」
「なら、私も分からなかったということにしておきましょうか」
真意を探りパイラーを見つめるミディアムの横で、そんな会話が聞こえて来る。思わず、脱力した彼は、笑んだ。まあ、判らないことの一つがあってもいいかと。
それが、友達のためになるのならば、尚更のこと。
「結局、わたしも、分からなかったです」
「私も、同じく。自分のことなど本当には分かっていませんよ」
人を思って、不明を許す。それこそ、優しさなのかもしれない。綻びは、次第に繋がっていく。
「あはは」
そうして出来上がったは、笑顔で不明を喜ぶ謎の一団。それを、不幸にも彼は見てしまう。
「ええ……分かんないって喜んでるって何だよ。ついにパールが感染るようになっちまったのか、アレ……」
「ぶー……」
そして、分からない、とトールは彼の言葉でバジルの言に答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます