第13話 聖女と苦労人


 彼を湛えた彼女は、新たに彼女の友を迎える。魔法使いなのに、あまり使えない彼を前にして、特に何を考え喋るのか。


 私、グミがお金使ってるところ、一回も見たことないや。

 ミディアムさーん!


 ヤンデレっぽいね。

 ば、爆発しちゃった!


 奇怪な発言しかない。これで補足が絶えれば、散漫の集まりになってしまうだろう。それは、あまりに認めがたい。




「なるほど。ウィークデイさんは、中々学園に帰ってこないグミが気になってやって来たのですね。……それにしても、どうして便りでなく自らの足で確かめに来たのか、聞いてもいいですか?」

「はは。何だか付いたばかりの苗字で呼ばれるのはどうにも慣れないな。ミディアム、でいいよ。それで、どうして、かい? まあ、簡単に言えば、妹分が気になってどうせ確かめるなら小旅行も兼ねて直に、っていうことかな」

「アンタ、アイツの兄貴分やってるのか……大変だな」

「はは。そうだね、バジル君、で良かったかな。うん。そうなんだ。グミは、昔はドードー鳥のように大人しかったのだけれど、何時しか元気になってからは、わたしを振り回してばかりでね……学園に同期入学をしてからは、尚更だったよ」


 パールとバジルの隣にて、金のショートヘアの柔和な顔立ちの男性、ミディアム・ウィークデイはそう語る。互いが間近の友の友。それを知った彼らの距離は初対面にしては近い。それは、彼が言の通りに、魔法学園に在籍している魔法使いであることも大きだろう。

 右手中指に一本の水色しか持っていない彼が、恐れを感じていないのは、本当は変なことではある。だが、持ち前の性格もあるが、更には両手に六本もの染指を持つ魔人ブレンドを知っていたミディアムに、五本指のバジルに対する驚きに禁忌感は、それほどなかったのだ。

 

「あれ、ということはグミと同じ階なのですか? 失礼かもしれませんけど、ミディアムさんは彼女と十は離れていそうなお兄さんに見えたので」

「はは。よく言われるよ……家の事情でね。パールさんにバジル君は、オオマユって知ってるかな?」

「知ってます! ここいらで一番大手の洋服屋さんですよね。絹糸が王国で一番安いって評判です。その下請けさんに、友達が麻糸紡いで出していたりしますよ」

「まさか……」

「わたしは本来そこの跡取りでね。続く家のゴタゴタで、中々学園行きを認めてもらえなかったんだ。はは、それこそ二十四にもなってからだよ。因みにグミの家……シトラス人形店とはわたしが幼い頃から家ぐるみで懇意にさせて貰っていたね」

「へー。苦労なさったのですね」

「ってことは、アンタ、下手な貴族よりも金持ちなんだな……」

「いや、もうすっぱり家を出る時に、お金とも離れたからね。赤貧とまではいかなくても羽振りはグミと大して変わらないよ」

「そういや、アイツも本当は小金持ちの筈だったな……」

「私、グミがお金使ってるところ、一回も見たことないや。物をねだっているのは見たけど」

「はは。あの娘らしい」


 滞りのない、会話。近しくない相手には愛想を見せることがないバジルにしては珍しいくらいに、口を挟んだその話は続いていく。どうにも、聖女にすら世の中にこんな綺麗な女性もいるのだろうと認めてしまう、そんなミディアムの価値観も察して、少年は何だか親近感を覚えたようだ。そのため、彼に険は何もなく、むしろ楽しそうですらあった。

 それが珍しい事態であることを知らず、学んで染み付いてしまった笑顔を絶やさぬミディアムは、歩むその先に、小さな影を発見する。霧雨の中、佇むグミ。それを見つけた彼は大きな声で、彼女を呼んだ。


「グミ!」

「あ……嘘。ミー兄?」

「そうだよ。わたしはここまで遥々、君を……」

「そうか。ボクを連れ戻そうとやって来たんだね……返り討ちだよ!」

「え、ちょっと、待っ……」

「問答無用! 新技、泥水弾!」

「はは……なんて大きさだ。ああ、コレは……後で総洗濯だな……ぶっ」

「ミディアムさーん!」


 そして、グミはミディアムを、学園に連れ戻そうとする魔の手先と勘違い。そうして、地面から吸い上げた泥水を玉として彼にぶつける。

 モアの高さにすら匹敵する程の大きさのそれに呑まれ、ミディアムは一瞬で埋まる。パールの悲鳴が、辺りに響いた。


「なるほど妙な親近感、覚えた訳だ……」


 そんな無様が何処かで見たように身近であって。アイツも俺と同じ貧乏くじを引くタイプだな、とバジルは独りごちた。




 それは、朝の始まりから小雨滴る一日。流石に、一々雨粒を魔法で固定したりするのはバジルが疲れるばかりであるし、山近くで天気が変わりやすいとはいえ、大量生産されていない傘を用意するほどの雨でもない。ヤギの毛織物、赤い頭巾に四色ショールでパールはあいにくの天気に対応し、ヤギ革製の帽子にコートを着用しているバジルと共に身体を動かせない重体の患者の治療に向かった。

 無事、老人の回復を見届け、そしてしきりに彼らが持たせようとするお礼を何とか突き返すことに成功して、帰る矢先にパール等はミディアムを見つける。そのひょろ長い身体が、人通り少ない道中、雨中にて大変目立っていたから。

 少しうろうろとしていたミディアムに、パールの親切心は刺激され、そうして話を聞いたところ奇遇と知ったのである。そう、彼が求めてそのために動いていたとはいえ、広いライス地区の中でグミを見知った者と早々に出会えたのは、幸運だった。


 とはいえ、その後もそれが続くものではなかったが。探していた妹分の手により泥に埋まったミディアムは、発掘されて教会で安堵中。哀れにも、全身の泥を落とすためにバジルに冷水を被せられたことで、着ぶくれした今もぷるぷると震えて。

 そんな不憫な兄貴分の前で、お尻を押さえながら、グミは謝罪した。


「ごめんなさい……ミー兄……」

「いや、この通り大丈夫だから、もう気にしていないよ。むしろ、叩かれたお尻は大丈夫かい?」

「ひりひりする……」


 パイラーに寄る説教に、パールのお尻ペンペン。それを頂いたグミに、普段の勢いはない。少し暗い様子のまま、少女はミディアムにおねだりをする。


「ねえ、ミー兄。ボク、もう少しここに居たい……」

「いや、休学すればいいと思うよ?」

「それ、いいの?」

「まあ、普通は難しいけれど、グミの成績なら許されるみたいだ。ウーロン先生に聞いておいたから、間違いないよ」

「そう、なんだ……やった」


 本来の休暇を越えて、戻ってこないグミ。それを心配したミディアムは、遥か東の海からやって来たのだというどこか不思議な魅力のある先生に、退学の処置等について訊いていた。何だかウーロンの自分を見る目が少し怖かったが、それでも覚えていた情報で少女が喜びを見せてくれたのだから、逃げずに我慢した甲斐があったと、思う。


「それで、どうしてそんなにこの場に留まりたいと思ったんだい? グミに春が来たっていうならわたしも嬉しいんだけれど……」

「ふっふ。よく聞いてくれました! その、通りだよっ」

「お、ということはバジル君辺りと……」

「違うよ、ボクが愛しているのは、パール!」

「……なんてこったい」


 ミディアムは同い年らしい、小さなバジルとグミの淡い恋物語を期待していたのだが、返ってきたのはとんでもない現実。恋慕を思い出したのかくねくねする妹分に、彼はドン引きする。


「お召し物、洗って来ました……あれ、何があったんですか?」

「いや、悲しい事実が……」

「パール!」

「わっ」

「だから、一々パールにくっつくなって。お前は虫か何かか」

「本当、なんだね……」


 ああシトラス人形店、跡継ぎどうなってしまうのだろうね、とミディアムは呟く。別段、彼は同性同士の恋愛を拒絶はしない。ただ、これが、はしかのようなものでなければ大変だな、とは考える。

 そうして、少しミディアムがどれほどの情があるのか観察していると、喜色にとろとろになったグミと目が合い、彼女はおもむろに、尋ねてきた。


「そう言えば、ミー兄。レーちゃん、元気だった?」

「レアは……そうだね。道々寄ってみたのだけれど、元気すぎた。危うく、監禁されかけてしまって……」

「よく判らないが、アンタ、苦労してるんだな……」

「分かってくれるかい?」


 異常な単語に、バジルはミディアムが遭ったのだろう大変を察する。その、気遣いの言葉を受けて、微かであるが、二人は互いに友情が生まれたことを感じた。

 だが、よく分からなかったパールは、更に訊く。


「レア、さんってどういう方なんです? 恋人さん?」

「いいや。妹なんだけれど……あの娘は少し、情が深すぎて」

「レーちゃん、普段はツンツンしているのに何かあったら異常に過保護になるんだよね……それこそ、俺から離れるなって。管理されちゃうの。こういうの、ツンデレじゃなくて、なんていうんだろう」

「程度が分からないけれど、何だかヤンデレっぽいね……」


 ミームに疎いはずであった素直は、何故かどこから知ったのだろうヤンデレツンデレを好んでいた。そのため繋がっているパールが想起出来た、ハイライトの消えた瞳で愛を語る少女の姿。それが、レアの実体にとても即しているものであるとは、彼女が彼女に合うまで、分からなかった。


 会話に湧く中。そこに、ギイ、という音を立てながら入り口の大扉を開けて、聖堂に入って来た者の姿があった。茶髪に、度を越えて悪い目つきの蒼眼。彼女は、ユニだった。


「休み時間になったから来たんだけれど……今日は人居ないね……あれ、そこのすっごく包まれちゃってる人、誰?」

「ユニちゃん。この人は、ミディアム・ウィークデイさんっていうの。ユニちゃんなら知ってるかな、元オオマユの人なんだって」

「ミディアム……ってあの? わっ、有名人だ!」


 ミディアム・ウィークデイは魔法学園に在籍しているワイズマンではあるが、それ以上に洋服問屋オオマユの跡取りとして大いに活躍したことから、地元と同業の者に多分に知られている。それこそ、大店の業態を改善し、大衆のために方向性を変えたその原因が彼であるということは、本人が思っていた以上に有名であったのだ。

 パイラーの冬物服で膨らんだミディアムの前で、こういう顔なんだ、と三白眼を細めてユニは笑顔になった。


「出会えたって言ったら、ミディアム……ウィークデイさんのこと語ってた卸しの偉い人、驚くと思います。会えて良かったです!」

「はは……こんなわたしを喜んでくれるのは、どうも嬉しいね。後、わたしはミディアムでいいよ」

「はい……わっ」


 その時。ズボンを重ねすぎて垂れた裾。それを踏んで足を滑らしたユニの身体は倒れ込む。間近で起こった危険。それに薄い水色の染指しか持っていない魔法あまり使えないなミディアムは身体を張る他に選択肢を持たずに。


「危ない!」


 だから、ユニを庇うために、身体を下にするように同じくミディアムは倒れ込む。覚悟していた分、痛みは僅か。むしろ、どうしてだか顔に確かな柔らかさを感じ。

 そして、目を開けたミディアムは意外な豊満を見た。


「あ、ありがとうございま……きゃ」

「あ……」

「す、すみません。胸、押し付けちゃって……ミディアムさん?」

「ぶ」


 思わぬトラブルに一気に顔を真紅に染めたミディアムの顔から、血の花が咲く。大変な惨劇が、起きた。


「え」

「ば、爆発しちゃった!」

「落ち着け、鼻血吹き出しただけだ!」


 血が飛散し、慌てる周囲。間近で散華させられた、ユニはこと悲惨である。誰も、気絶したようである、そんなミディアムの容態すら、慮ることは出来なかった。

 ただ、この場で一番に馴染みの彼女は補足する。


「ミー兄、女の子に免疫がないっていうか……あれだけモテたのに全然作られていないっていう、変わった人、なんだよね……気にしないようにしているみたいだけど、触れられたらもう、ダメ」

「ああ、コイツも変なヤツ、だったか……」

「ぶぅ」

「居たのかトール……いや、お前も変なヤツの一だからな?」

「ぶぅ……」


 悲しむ、トール。この日、ミディアムがダメにした衣服は七組を数えた。


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