第8話 聖女と友達


 彼女は少女で、男子。そんな存在が果たして、友達付き合いを上手く出来るのだろうか。


 ツンデレっていうのはね。

 え、グミって一個下だったの?


 犯人は、おっぱい。


 グミは可愛い、女の子だよー。



 まるで不可思議だ。また、補足をしなくてはいけないだろうか。




「わ……パール。またあんた人をたぶらかしたの?」

「そんな、人聞きの悪いことを言わないでよ、ユニちゃん。ただ昨日、友達が増えただけだよ」

「パール~」

「小さな女の子をそのでっかい胸で抱きしめながらそんな寝言、あたしによく言えるわね……その子、どこの子よ……」


 癖で茶色いショートの髪先を左手で遊ばせながら、ユニはその生まれつき鋭い目つきを呆れによって歪ませる。その際、大手洋服問屋オオマユに卸す麻糸を紡ぐ仕事に普段から就いているために疲れさせてしまっている指が少し痛みを訴えたが、気取れられることなく、むしろそれに逆らうかのように、反対の指をピンと伸ばしてパールに甘える子供を指した。


「ん? ……わっ」


 指差された子供、グミはやっと部屋に人が増えたことに気付いたのか、パールのふかふかの胸元から顔を話して、ユニを見上げる。そして、ひょろっとしていて人相の大分悪い少女の様子に驚く。

 そんな姿は、あまりに幼稚なものに映った。


「随分と乳臭い子ね……」

「そういうお姉さんは、酷く悪魔的な人だね」

「なん、ですって!」


 そんな子供が何を喋るかと思いきや、その小さな口から突いて出たのは罵言である。むしろ、憤るユニには、怖ーい、とパールに再び抱きつき出すグミの方が小悪魔に見えた。


「あはは。大丈夫だよ。グミ。ユニちゃんは内面天使だし……外見だってよく見たらツンデレっぽくて可愛い感じだよ?」

「ツンデレ?」

「ツンデレっていうのはね、人の前だとツンツンしてるけど、二人に……」

「ああ、もう! またあたしに変なことを言って、それを広げようとして。そんなにあたしをからかうのが楽しいの?」


 再び、可愛いという言葉に照れるユニ。幾らパールに似たようなことを言われようとも普段が普段なために中々免疫が作られないのは、彼女の不幸か。


「可愛い子は、イジメたくなっちゃうからねー」

「もうっ!」

「何となく、ツンデレっていうのが分かったような気がする……」


 ぼそっと、グミは呟く。確かに、トゲと照れの出し入れを繰り返しながら顔を真っ赤にしているユニは愛らしい。両手で至上の柔らかみをモミモミしながら、パールに抱かれる少女はこういうメリハリがあるのもいいな、とこっそりと趣味を広げていた。


「モノが帰って来ないと思ったら、何て話をしてるんだよ、お前ら……」


 そこに、ようやくの昼休みとなったバジルが木製トレイに乗っかった昼食と共に事務所兼食堂なこの部屋へとやって来る。持ってきたその品目は、二つずつ。少食の彼には多いだろうその量を見て、パールは呟く。


「あ、バジル偉い。ユニちゃんのお昼も持ってきたんだ」

「そりゃあ、無償で手伝ってくれる貴重な戦力を労わないのは、ダメだろ……」

「ありがとうバジル! 大好きー」

「こ、こら止めろ。まだ飯置いていないから危ない!」

「……バジルもツンデレって感じだね。あむ」


 平素は少しはにかみ屋であるバジルは、少しへそ曲がりなことを言うが、そっぽを向くそんな態度ごと、彼はユニに抱きつかれる。こっそりと、彼の分のジャガトマト(ジャガイモの実から派生したプチトマトのようなもの)を一つ頂きながら、グミはくっつき合う少年少女は似た者同士であると評した。




「……なるほど、パールの様子を見に来たら、グミが居たから、驚いて誰か訊いたらからかわれた、と」

「ちょっと、あたしも言い方に難があったのかもしれないけど、酷いよねー」

「ユニちゃん反応が良いから……」

「面白かったー」


 お昼御飯を終え、事態を話し合って。様子を見に来たパイラーが口にした、患者が来るまで皆さんゆっくり休んで下さい、という言葉に甘えて彼らはのんびり休憩時間を満喫する。彼らは、方や小さいグミが大きいパールの膝に居座り、方や大きめのユニが小さめのバジルに纏わりついて、中々対照的な絵面を見せていた。


「それにしても、この辺りでは見ない顔だし……きっとその指、珍しいだろうから近くの生まれだったらあたしが知っていても不思議はないだろうし。グミって何処の子なの?」

「そうだよね。最近自信失くしちゃったけど、ボクみたいな二色持ちってすっごく珍しい天才の筈なんだよね。ボクは、ここの隣のコブル生まれ。最近まで魔法学園に居たんだけどパール達の話を聞いて、気になって遥々やって来たんだ」

「え、魔法学園……ってことは最低でも準貴族なの? フルネームは?」

「グミ・ドールランド。ドールランド姓は屋号から取ったんだ」

「へー……」


 ユニは、こんなに飾らない爵位持ちは中々見ないな、と内心思う。そもそも、色付きの人間ですら、余り見ないというのに混色とも言われる二色持ちなど、彼女は初めて見たくらいである。パールに対するあまりの懐きぶりも鑑みて、この子は珍獣ね、と判じた。


「って、よく考えたら学園通えているってことは、同世代ってこと? グミ、貴女って幾つなのよ!」

「十と四っつ」

「まさかの同い年!」

「え、グミって一個下だったの?」

「……マジかよ」


 そして、グミの年齢を聞いて、小さくない衝撃が辺りに走る。ケラケラと皆の表情の変化を笑って楽しんでいる小粒な少女が自分たちと大差ない時間を生きてきていたというのは、驚きだった。

 その幼さに、故がないことはない。人形だった時間を抜かせば、少女は確かにあまり生きていなかったのだろう。だが、そんなことを知らないパール達は、ただびっくりしてグミを囲むのだった。


「……なんかコイツ、未だ何か隠していそうだな」

「グミったら驚くことばかりだね。まるでびっくり箱!」

「わっ」

「パール……アンタが驚かしてどうするのよ」


 急に手を挙げ身じろぎした座椅子に、グミもまた驚く。パールの無邪気さもまた、特異といえばそうだった。


「そういえば、どうしてグミはパールに懐いているの?」

「あ、バカ……」

「それはねー。恋しているから! ぎゅー」

「あわわ。またおっきくなっちゃった」

「せっかく落ち着いてたのに、刺激するなよな……」

「えー……」


 ユニが少し尋ねた、それだけで再度びっくり箱は炸裂する。ぽん、と二色がグミを覆ったと思えば、彼女は変態し、また少女は女になった。

 これには、非常識に幼馴染達のせいで慣れていると自認しているユニも目が点である。


「はぁ……きっと魔法、なんだよね。どっちの姿が本当なの?」

「ちっちゃなボクだよ!」

「そう……」


 取り敢えず、恋云々は放っておいて、ユニはそれだけ聞いて、納得した。こんな発達しきったエロ女が子供な性格をしていたら、犯罪的であるから、まあその方が正しくていいのだろうな、と。


「それにしても、グミ。まだお前は諦めてなかったのか……」

「負けちゃったから、パールをボクのものにするのは諦めたよ。……でもボクが、パールのものになるのはいいでしょ?」

「詭弁だな……まあ、相手がその気だったら別にいいが。しかし、その相手は今にも気を失っちまいそうだぞ?」

「ううー……犯人は、おっぱい……ガク」

「あー、またボク、やっちゃった!」


 彼らを相手に、シリアスはあまりに長持ちしない。自分の大きさを忘れ、甘えるグミの胸により再び窒息させられたパールは、とても幸せそうな顔をしていた。




 やがて時は過ぎ。パイラーの呼びかけにて、寝込んだパールの代わりにバジルは治療に勤しみ始め、休み時間を終えたユニも仕事場に戻って。聖女のもとに残ったのは、グミ一人きり。


「うへへ……」

「ふふ、だらしない顔。普段はとっても、綺麗なのにね」


 隣に残った友達の存在を感じて安心しきっているのか、仮眠用のベッドに転がったまま、にへりとパールは笑む。その愛らしい歪みを、まるで大人のような表情をして、小さく戻っている筈のグミは認めた。そして、彼女は自嘲する。


「バジルに停められて、良かった。そもそも、ボクなんかが、こんなに尊いものを手にすることなんて、出来るはずがなかったんだよ。ボクは……私は……創られた人形に過ぎないのだから」


 勿論、グミは組成から何まで、人間である。だが、彼女がそう扱われていた時間はあまりに少ない。それこそ、自分が自由意志を持った人であると感じられるようになるまでは、まだまだ足りず。

 捨てられず、名前に入れたその呪い。少女の四肢は、未だに糸で繋がれていた。

 そうして自分の言葉で暗く眼差しを落としたグミは、しかし聖女の言葉によって再び顔を上げることとなる。


「うーん……グミは可愛い、女の子だよー……」

「ふふ。寝言まで、優しいんだね」


 寝耳に入れた声の暗さを嫌ったのか、パールは寝言で知らず知らずの内に、少女を慰めていた。寝ても覚めても他人を思う。そんな、どこまでも綺麗な彼女の有り様に、グミは喜んだ。


「好きだよ……やっぱりボクはパールが大好きだ」


 人の形を自由にする少女は、しかし心のかたちを変えられずに。ただ、ずっとパールのことを愛おしく思う。


 彼女の内の男の子を、真っ直ぐに見つめて。


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