第5話 聖女と魔女


 今回、彼でもある彼女はしてやられる。そんな時、彼女は大体どう考えていたのか。


 可愛い!

 よしよし。両思いだね。

 あわわ。


 これくらいで、彼女のやらかしの説明になったら楽なものだ。これはまた、補足が必要に違いない。




 グミ・ドールランドは左手に水土水の三本の染指を持つ稀有な魔法使いである。更に平民出で名字を公言出来ている事実から判ぜられるように、彼女は魔法学園に入学することでワイズマンの地位を得た秀才でもあった。

 彼女はテイブル王国の北部をほぼ占めているミード地域のタアル伯領コブル郡のお人形屋さんの生まれである。コブル郡は名峰タケノコが名物のラーブル郡のお隣と言えば、判りやすいだろうか。そう、パール達の住むライス地区ともそう離れていない地に、少女は生まれていたのだった。


「でも、結構近くに住んでたのにずっと、聖女なんて、知らなかったなー。それに『マイナス』なんてのも居るなんて」


 紺色のショートボブを分厚い黒の外套の上で揺らしながら、グミはライス地区特有の入り組んだ町並みを、つい先程、一人でそんな遠くから来たなんてえらいねー、という言葉と共に貰った女性手製の地図を頼りに進む。


「ふふ。皆、ボクを見ているな。こんな田舎だと、ボクみたいな三本指の染指持ちなんて、とっても珍しいだろうからね!」


 低身長のバジルより尚、ミニサイズのグミは、明らかに目立っていた。その見せびらかすように胸元に寄せて顕にさせている二色の染指を持つ特異な左手より、主にその何となく危なっかしそうな幼すぎる容姿から。しかし、本人にその自覚は欠片もない。

 少し雲が多い空の元に、しかし彼女の元気は太陽のごとくに輝く。旅の疲れを若さと陽気で吹き飛ばしながら、宿を取ることも忘れて朝からグミは真っ直ぐに教会へと向う。

 四塔教の目標である空に届かんとすること、それを分かり易く示すかのように丈の高いことが教会の常ではあるが、それどころか着いて目に入れたその建物は横に広くもあった。


「おっきいなー」


 これは王都で見た建築らにも匹敵するな、とグミは思う。聖女、というのは眉唾だと彼女は思っていたが、なるほど入れ物は確かに立派なものだと感じた。

 ここの特別な施しとして行っている治療を受けるために、基本的にこの教会には並ぶほど人が集まる。しかし、早朝の今は未だ傷病を負った者がまだいないためか何なのか、中に居るのは法衣を着た健康そうな女性ばかりだった。彼女は、入り口に佇むグミを見つけて、声を掛ける。


「お客様……あら、見ない顔だけれどボク、何処から来たの? 魔法使いさん、みたいだけれど……」

「ボク、グミ・ドールランド。王立魔法学園から遥々ここまでやって来たんだ。出来るなら聖女と『マイナス』と会ってみたい。ボク、そいつらがここに居るの知ってるんだ!」

「……ちょっと、待ってね」


 小旅行の末に目標に手が届くまでに来たのだと実感しているグミは、機嫌が良い。だからか、彼女がニコニコ笑顔で言い放った言葉で灰色髪の女性、カーボが一時、考え込むような態度をとったことに気づかなかった。


 グミは長椅子に座り、四色が空へと上っていく様子を表しているような図柄の分厚いカリガラスのステンドグラスを眺めながら、パンツルックのその先を持ち上げ、両足をぶらぶらとさせる。

 そうして、来るべき対面の相手について色々と想像を巡らしていると、奥から右足を引きずり、杖をつきながら笑みを湛え、男性がやって来た。

 まさか彼が聖女ではあるまいし、自分と同年代というマイナスとも違うだろうとグミは考える。どうにも格好良い法衣を纏っていることから、神官さんかな、と彼女は思い、ついでに指先二本の土色を確認してから、彼の声に遅く反応した。


「おはようございます。王都からやってきたそうで、お疲れ様ですね。私は、この教会の神官をやっています、パイラー・ブラスと申します」

「……おはようございます! ボク、グミ・ドールランドと言います。モアに曳かれてのんびりと、ここまでやって来ました」

「そうですか……ところで、早速質問で申し訳ありませんが……誰から、私と、パール……聖女のことを知ったのですか? それなりに苦労しているので、噂の範囲はある程度操作出来ていると思っていたのですがね」


 言葉の終わりに、パイラーが浮かべたのは、ただの、困ったような表情。しかし、その眼光からグミは驚くほどの威圧を感じた。どうして、こうも自分が沈黙に圧されるのかは不明だ。だがしかし、彼女とて魔法学園の変わり者共と普段から付き合っているからには、耐えられないほどではなかった。

 きっと、聖女のことはパイラーが知られたくない情報だったのだ、と遅まきながら気づいたグミは、垂れ込み主の愉快げな表情の意味に気づく。しかし彼女は、その際に行った約束を破ることはしなかった。涙目で、キッと見つめ返す。


「それは……秘密にしろ、と」

「ふむ」


 いかにも子供のような存在が、自分の詰問に耐えたことを、パイラーは少し面白いと思う。そして、苦笑のままに、この子を送ってきた下手人について考えを巡らせた。


「なるほど。学長がいち学生に漏らす筈もないですし……そも、グミさんはどうにも最小限にしか情報を教わっていない様子。愉快犯よるものとしたら……見たところ混色のようですが、とはいえ普通は多い方を就学するもの。ならグミさんは水色の塔に所属なされているのでしょうね。或いはかの塔に棲む魔人辺りに吹き込まれたという可能性が、もしかすると、あり得ますか」

「どうして、そう思うのですか? いや、そもそも、あの魔人を知っているのは……」

「何も不思議なことはありません。私も、学園に通っていましたからね」

「そうなのですか。それでブレンドと、貴方は知己だと」

「丁度、私が在籍していた頃に、水色の塔で魔人騒ぎがありましたね。その前から彼……いや彼女なのですかね。まあ、アレとは顔見知りです。アイツ、引き篭もりの癖に噂を聞くのも流すのも好きですから。変わっていないのであれば、もしかしたら、と」


 元五大貴族の一つポート家の恥部、魔人ブレンド。その、容積の大きな身体を、パイラーは思い出す。水色の塔の五十階を占拠している彼なのか彼女なのか不明な不定形は、魔に最も近い存在のくせして、情報で人間を乱すことが大好きだった。不老の魔人は中身も変わらないのであれば或いは、と思ったところ、それは正解だったようだ。

 言外に、知らず情報筋を暴露したグミは、少し申し訳なさそうにして、しかし続けた。


「それで、秘密だったかもしれないことを知らずに暴きに来てしまって申し訳ないですけど……ボクは二人に会えませんか?」

「別段下心の無い方に知られようと一向に構いませんよ。いいでしょう。今『マイナス』……バジルは仕事で席を外していますが、聖女、パールは奥に控えています。パール、来てください!」

「はーい」


 そして、ようやく場に現れたパールとグミは、碧と朱の目を合わせ、そうしてからお互いの全体を認める。第一印象として、互いは互いを好みの容姿であると思った。

 美しさに、長く豊かな身体。自分の持っていないものの全てを見せつけるような姿に、しかしグミは嫌味を感じられなかった。それが内面の良さによるものであるとしたら、なるほど聖女であるのだろうと彼女も思う。

 そして、パールが好んだ理由はまた違った。大きな頭に起伏のない平らな身体。見ようによっては、グミは青いこけしに見える。そして、聖女さんは前の生からこけしが大好きだった。お土産屋さんで彼女のためにと買って、後で罵倒された前世でも経験を、懐かしく思い出す。


「私に魔法学園からお客様って……貴方? 可愛い! 私はパール」

「でしょでしょ! あ、ボクはグミ・ドールランド! ボクとは違ってキミは……うん。とっても美人な感じだね!」

「ありがとう。それにしても可愛いなあ……ねえ、初対面で失礼になるかもしれないけれど……少し、撫でていい?」

「うん!」

「よしよし」

「わーい」


 互いの性格の軽さからか、気安い接触があまりに早く起きる。隣で頭を抑える父親代わりを無視して、二人は笑顔を綻ばせた。


「ふふ。可愛いボクだねー。よく、こんなにも小さな身体で魔法学園なんて倍率の高いとこ、入れたと思うよ。きっと、すごい実力なんだね!」

「倍率? よく分かんないけど、ボクはとっても凄いんだ! だって、混色な上に、深度は同学年で一番。二、三年上の人にだって負けてないよ。それより先輩の人には分かんないけど……えへへ。凄いでしょ」

「凄いわー。よしよし」

「あ、顎撫でないでよ。ふわー」

「ふふ」


 彼女らの性格のあんまりの一致振りは、最早奇跡。猫可愛がる娘に、パイラーは最早絶句。その後も、二人の触れ合いは続いた。だがパールなりに、愛らしくとも異性と思う相手であるからには、気を遣って過度に触れてはいない。もし、恥ずかしい部分に触れてしまったら、きっと空気が変わってしまうと思って。もっともそんなことは、気の所為だったのだが。


 その全身の平坦さと見事なボーイッシュ振りからまずグミは女の子ではないだろうと思い、更には半端に異世界の知識で飛び級などを知っていたパールは似た制度が魔法学園にあるものと誤解し、彼女が七、八才の男児であると勘違いした。

 しかし、もしグミが彼女であることには気付くことが出来ようとも、まさか自分の一つ年下であるというのは、のんきなパールでなくとも中々思わないだろうが。それほど、グミはその身から幼稚さを醸し出しているのだ。おまけに、中身も異常なほど擦れておらず。

 将来の夢が学校の先生だったこともあるくらいには子供好きなパールは、だからついついリップ・サービスまでしてしまうのだった。それが墓穴を掘ることになると知らずに。


「パール、大好き!」

「私もグミ、好きだよー。ふふ。両思いだね」

「りょ、両思いって……それでもしボクとパールが付き合ったりするなんてなったら、いいの? そういうのっていけないんじゃないの?」

「まあ、今じゃあ子供と大人だから、それは拙いね。大きくなったら、別にいいんじゃないかなあ?」

「ホント!」


 馬が合いすぎたのか、短時間で懐きに懐いたグミは、好意を肥大化させすぎた。無邪気にも、こんなに素敵な女の子と付き合えるというのなら本当にそうありたいとまで思う。

 聖女は人を癒す。そして、壊れた部分を知らない間に癒やされてしまった人形の少女は、本気で眼の前のチグハグな女の子に惚れ込んでしまったのだ。

 磁器より透明な頭を撫でるその手の奥に男の子の角ばった腕まで幻視して、グミは言質を取ったと微笑んだ。


「パール……グミさんは……」


 パールの勘違いを察しているパイラーは、真実を語ろうとした。だが、それはグミが遮るように口にした次の発言によって潰れる。


「よしっ。それじゃあ今、大っきくなるね! ……んっ」

「えっ」


 それは、誰の言の葉か。驚きは、波紋のごとく聖堂一杯に広がった。

 自然なことであろう。何せ、グミの指先の土色に水色が混じったかと思いきや、その二色が彼女の内から広がって、少女の姿を膨らましたのだから。

 撫でつけていたパールのその手は驚愕によって離れた。だがしかし、そこまで彼女の頭は追いついてくる。何を因にしているかは明らかであるが、その魔がどう働いているのか誰にも分からないままに、彼女は女になった。

 身体をすっぽりと覆っていた黒い外套は、今やマントのようになっていて、女性性が顕になりすぎてはちきれんばかりの衣服は最早扇情を越えて完全に破廉恥だ。その細い瞳は、もう可愛らしいとはいえず、むしろ色気すら感じるほどの意を湛えている。

 パールは女性に物語の魔女を想起し、それが先程まで話していた子供と同じである事実に、めまいすら覚えてしまう。


「どうかな?」

「あわわ……グミって女の子、だったんだ」

「モチロン、ボクは女だよ。パール」


 これなら付き合えるって本当かな、と言って、グミは小悪魔のごとくにくすくす笑った。


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