第2話 聖女と魔物


 彼だった聖女のある日の思考。


 


 朝だー。いい天気。お勤め頑張ろう!


 疲れたー。あれ、外にイヌブタちゃんが居る。


 後ついてくるね、可愛いー。飼えるか、神官様に訊いてみよう!


 


 え、この子って魔物なの?


 


 彼女の今日は、少し特別な日になったようだ。だがしかし、やはり補足は必要だろう。


 


 


 


 大分が異なろうとも、晴れ渡る空はこの世界でも青い。火色、水色、風色、土色の四色を尊い色とする四塔教が説かなかろうが、その色は尊いものであると、パールには映る。


 


「今日はいい日だね」


「そうだな」


 


 若くして極まった薄い水色の魔法使い、バジルであってもそれは同じ感想であるようで、頷く彼に無理に合わしているような色はない。


 


「だが、少し暑くなりそうだ」


 


 しかし、バジルはその全ての指が水色に染まった右手で朝の日差しを遮りながら、ぬるい風を感じて今日の一日が気温高いものになることを予想した。それは、彼にとって望ましいことではない。


 


「バジルは暑いの苦手なんだよね。そういえば、水色の人だとそういうの珍しいって聞いたよ?」


「だな。火色の魔法使い程ではないが、水色の魔法使いは熱に強い。ただ、オレは少し薄いから……」


「氷魔法が得意なせい?」


「そうかもな」


 


 異色の水色魔法使いであるバジルは、その故を確かに知りながら、そう言って誤魔化す。パールの何の色も付いていない両手を見つめてから、白すぎる水色の指先をその手に握り込んで。


 


 両者が所属している教会に通う道すがら。対象的な金銀の大小二つが並んで歩むのは、様々な毛髪の色と身長の差異が幅広く存在するこの世界であっても中々に目立つものだった。自然、周囲の視線は集中する。そして、最終的に吸い込まれていくのは銀糸の髪を長く下ろした美人の姿。羨望嫉妬、それらすら向かえない高みの美貌に言葉は出ずに、ただ人々は感じ入る。


 そんな寄せられる感情を知らないパールは、何も考えずよそ見をしてあっちこっちに行こうとしてしまう。特に今日その癖が酷く出ているのは、空の青につられてバジルに請い普段と違う道を通ってみたのが原因だろう。変わった人に、珍しい物品、そして家の形に至るまで。どれも異世界の風景が根底にある少女には楽しげに映る。


 


「ほら、行くぞ」


「はーい」


 


 しかし、噂に聞く美人の接近によって商店の人等がたじろぐことにならなかった。その手を引くバジルのためにパールのふら付きは正されて、目が合った相手に反対の手を振ることを欠かさぬ彼女はここでも人気者に。


 


「……はぁ。どうにも損な立場だ」


 


 逆に、相手の男とみなされるバジルは、当然のように睨まれてしまうのだが。パールの盾たる彼は、日々の防波堤としての活躍まですることに気疲れして、ため息をつく。


 


 


「それじゃ、お勤めしてくるね」


「ああ。無理するなよ」


「分かってるー」


 


 やがて、教会に着いた二人は途中で別れ別れに。どこもこのくらいなのかな、と勘違いしているがテイブル王国の中でも比較的に大きな方である教会堂。その中心たる聖堂の前の方、所定の位置に座ったパールは、奥へと向うバジルを見送った。


 そうしてしばらくパールがぼうっとしていると、入り口から女の人がやって来る。少し恰幅のいい、しかし元から綺麗な方である彼女は、パールと同じく四色が目立つ法衣を着ていた。微笑み、灰色髪の女性は同僚に向かって手を振る。


 


「おはようございます、カーボさん!」


「おはよう、パール。今日も頼むわ。神官様は遅れてくるみたい」


「え? お昼に間に合いますかね?」


「食べてくるって」


「そうですかー。残念」


 


 どこか似通った部分のある、しかし血縁関係のない二人は喋りながら、これからの準備を始めた。椅子に机を整え、バロメッツ綿で出来た白衣を羽織って、身なりを確認してようやく万端。後は、患者を待つばかり。


 


「今日も頑張るぞー」


「普通の魔法使いのものよりパールの魔法は疲れやすいのだから、程々にね」


「はい!」


 


 


 


 そしてパールは多くの人の回復を望み、奇跡の力にてそれを叶えた。


 


 


 


「疲れたー」


 


 街が動き出せば人の怪我に病も起きるもの。ライス地区に散らばり拠点を持つ水色の魔法使いが細々した傷病の回復役を担っているとはいえども、パールほど癒しに特化した者はこの世界に存在しないために治療困難者の多くはここに運ばれる。そのためにお昼休憩というものは中々定刻どおりに行かなかった。


 だが、パールの手を組み合わせて望むだけで人を癒す、この世にも奇妙な魔法は存外体力消費が激しいもので。カーボが無理に疲れを見せた彼女を休ませて、バジルが足りずとも代わりを行うのは割と何時もの流れだった。


 因みに、バジルの腕は確かなものであるが、特に男共には小さな坊主が美人の代わりを行うということをこと嫌われてしまう。女性患者にはむしろ喜ばれたりもするが。


 意外と女性人気があるバジル。現在、パールの不在の隙を狙って彼に懸想しているカーボの娘、ユニが手伝い兼誘惑を続けていたりする。アピールが通じず、判りやすくあたしはあの子に勝てないのか、と歯噛みをする彼女とその行動に頭を痛める少年の様子は愉快であるが、そんなこんなは窓辺で寛いでいる少女には届かない。


 


「今日のスープは美味しかったー。リーキがとろっとろで。ただキャロブを入れてたらしいけど、それはよく分かんなかったな」


 


 バジルが精製した水を摂りながら、パールは近くの恋愛沙汰を他所に今日のお昼の味を反芻するように思い出す。ヒーター産だという古いキャロブ(いなご豆)パウダーを隠し味に入れたのだと言うカーボ手製の甘めの野菜スープは、彼女の舌にことよく合った。


 パンに乗っかったリーキ(ニラネギ)の蕩けるような柔らかさを思い出しながらパールは雑踏から離れた田畑に向いた窓を覗く。すると、その四角の中に、イヌブタが現れた。


 


「あれ。どこで飼っているワン……ブーちゃんだろう。首輪、ないなー。おお、やっぱりちっちゃいね」


「ぶー」


 


 窓からその大きめな身体を伸ばして、パールは寄ってきた小さなブタをひょいと拾う。知識の中では片手で持てる大きさのそれで成獣であると彼女も知っているが、あまりの見目に合わないその軽さは庇護欲を誘う。野生であろう割には柔らかい真っ黒な毛並みを撫でる彼女の手の動きは中々止まらない。


 この子豚に犬の間の子のような謎の平行進化を遂げている生物はイヌブタといった。この世界には犬に相当する動物はいない。代わりとして、人に馴れるこのブタの一種であるイヌブタが好んで飼われている。


 彼(確認済み)の人懐こさに感けてその愛らしさを堪能しきったパールは、次に床へと置いた。戯れに彼から離れてみると、よちよちと彼女の元へと歩んでいく。


 


「ぶ、ぶー」


「後ついてくる。可愛いー。飼えないかな?」


 


 孤児であるパールは、現在教会に貸し与えられた家屋にて同じ境遇であるバジルとともに住んでいるが、想像するに別段愛玩動物を飼うのは難しいことではなさそうだった。


 隣近所は離れている上に、部屋も余っていて。更に家の本来の持ち主である神官パイラー・ブラスはパールを溺愛している。前世飼っていたチワワを思い出し、彼女はふやけた笑みを見せた。


 このまま一緒に暮らしたいねー、とイヌブタの脇に手を入れ持ち上げながら、パールは独りごちて。そうしてまた撫でんと手を入れ替えようとしたその時に、足音が。


 パールが今いる場所は、バジル等のためにもと開かれているが元々は神官館の一部。ここに来る人物は限られていて、その中でも杖の音まで響かせる者は、一人しか居なかった。


 


「ただいま戻りました。パール、お疲れ様です」


「神官様!」


 


 パールは壮年の男性に、抱きつく。彼女の父親代わりを自認しているパイラーは杖を離し、それを喜んで受け容れた。どうにもこの子は、男性を嫌わない娘だな、と思いながら。


 


「今日は何をしていたのですか? お昼ご飯はどこで?」


「少し、偉い人とお話する機会がありまして。ついでに、お昼も一緒に食べてきてしまいました。本当は、一緒したかったのですがね」


「そうですかー」


 


 パイラーは、美しい愛娘を両手で包み込みながら、微笑む。彼はパールが天使だと、心から思っている。ニセモノの自分を本物にしてくれた、神たるマウスの遣いだと、本気で。


 だから、自分からそっと離れたパールが、自分になにかを求める際の癖、その豊満な胸を組んだ両手で抑えるポーズをしたことを歓迎する。


 


「あの……ところで神官様。さっき、可愛いイヌブタを見つけまして。この子なんですけど、飼っていいですか?」


「ふふ。少しためらっていたと思えば、そんなことですか。全く問題ありません……」


 


 我が子が動物を飼う程度のことを嫌うことなどない。もっとも求めたのがバジルであったなら難色を示していただろうが、結局認めることは変わりない。だから、野良でない印などの有無をまずパイラーが静かに確認していると、それが見つけられた。


 咄嗟に大声を上げて、パイラーはパールの手の中のイヌブタを弾く。


 


「離れて!」


「えっと?」


「このイヌブタの左腕の色が見えなかったのですか? 判りにくいですが、土色です。コレは……魔物、ですね」


「え?」


 


 弾かれ宙を舞ったイヌブタは、その土色を発揮し手近な地面を盛り上げさせて、掴まる棒とした。咄嗟であったために出来損ないの崩れ行くそれの流れに乗り、彼は問題なく地面に到達する。そして魔物は、穴の空き、土が散乱した地面を眺め、杖と二本指が土色に染まった右手を向ける老魔法使いを見つめ。


 


「ぶー」


 


 と言う。


 


 


「格好いい! やっぱりこの子が良いです!」


 


 影に隠れながらも、そんなブタの曲芸を見たパールは、感動して口からそんな言葉を発した。


 


 


「ぶ?」


「……貴方は……」


 


 そのために無用にも起きた緊張感は、台無しに。相容れない筈の魔物と魔法使いは、共に茶色い色をした先端を、顔に向ける。方や疑問のため顎に、方や残念感から頭を押さえるために。


 

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