2-6 試作品0997・3672

 俺はそんな話を聞いてどうすればいい?


 大事な人を殺した奴にそんな悲しい過去があったから、見逃せというのか?


 冗談じゃない。


 エリスに姉妹が居たというなら、殺してやる。


「で、俺に具体的に何をして欲しいんだ?」


 俺はエリスに聞いた。


「ウィンダー様を亡き者にしてほしいのです」


「お前はウィンダーに危害が及ぶことは出来ないんじゃなかったのか?」


「今はシステムのルーチン外で発言しています。私がウィンダー様を暗殺出来ればいいのですが、私の身体の制御系は完全にシステムに支配されています。私が許されるのは発言、情報の提示のみ。」


「ウィンダー様が生きている限り、ホムンクルスの生産を止めないでしょう。私が破壊されても新たな機械人形を作るだけ」


「……エリスの父親を殺すということか」


 俺は迷っていた。エリスを殺すことには躊躇はないが、彼女の親類まで問答無用に殺すのなら、やってることはエリスと同類じゃないか。ウィンダーはホムンクルスを廃棄という名で大量に殺しているが、それは人を殺していることと同じなのだろうか。俺は即答できない。


「ウィンダーが満足の行くホムンクルスを作ることができれば、生産は終わるんじゃないか?」


「それは、有り得ません。彼は完全にいます。」


 イヴはそう言うと、別室に行った。そして誰かを連れてきた。


「試作品2610番です。」


 ピンクの髪の色をした少女がイヴに手を引かれ入ってきた。

 黒いドレスを着ていて、目鼻立ちはエリスのように整っている。表情は少し怯えていた。


「お兄ちゃん。誰?」


「帝国人のお兄さんよ」


 イヴはそう答えた。


「じゃあ。ごめんなさい。お兄ちゃん。私のお姉ちゃんがお兄ちゃんの仲間を大勢ころしちゃったでしょう?」


 2610と呼ばれた少女は泣きそうな顔でそう言った。


 俺はなんとなんと言えばいいか分からなかった。


「試作品1560番エリス様は感情に起伏がございません。しかし、この子は完璧に人に近い心を持っています。試作品2000番台の唯一の生き残りです。」


「この子をウィンダー様に見せても、彼は満足が行かなかった。彼は今や殺人マシンとしか呼べないホムンクルスを作り続けています。それが本物のアリス様だと信じて」


 「俺はウィンダーにエリスの場所を聞くために来た。ウィンダーには用がある。ウィンダーを殺すかどうかはその時に決める」


「そうですか……。では、この情報を伝えておきます。完成体ホムンクルスは4体います。そしてエリス様以外の3体がこの工房にいます。2610この子は戦闘力が無いので無害ですが、2体のホムンクルスと同時に戦闘することになるでしょう。気をつけて。」


「忠告どうも。で、ウィンダーは何処だ?」


「この工房の最上階に立て籠もっている筈です。最上階の部屋の鍵はそこの机の上にあります」


「私が案内する」


 2610は俺を招いた。2610と一緒に廊下を渡り、階段を登る。


 執務室のような立派な部屋の扉の前まで来た。


「俺はお前を殺さないとは言ってない。だが、殺すにしても最後にしてやる。お前はここで待っていろ」


 俺は2610にそう言った。


「はい。お兄ちゃん」


 2610は扉の横で佇んでいた。


 俺は扉に鍵を差し込むと、勢いよく扉を蹴破った。


「ウィンダー!!エリスの居場所はどこだ!!」


 俺は剣を抜き、部屋に侵入するや否や怒号を上げた。


 執務室には机と椅子があり、椅子には初老と思われる男性が座っていた。そして両脇には2人の麗人が立っていた。黒のタキシードに身を包んだ、黒の長髪で、氷のように無表情な少女と、白いセーラー服にオレンジ色のツインテールをした、ニヤニヤとこちらを見て笑みを浮かべる少女。


 「黒髪の方が試作品0997番か。それで、オレンジの方が何番だ……?まぁ、なんでもいいか」


 俺はそう言った。


「試作品3672番だ!てめぇ、人様の名前を何でもいいとか言ってんじゃねぇぞ!?コロス!!」


 オレンジ色の髪の少女が吠えた。


「2610番は何処だ。全員集合の信号を発したのに。国外にいるエリスはともかくだ」


 初老の男性はそう言った。


「お前がウィンダーだな。死にたくなければエリスの場所を答えろ」


「人を恫喝できる立場かな、ヨウイチ君。私はね。君に会いたかったんだよ。ヨウイチ君。エリスが言ってたんだよね。面白いサンプルになりそうな奴がいるって」


「君さ。不死なんだって?しかも出来損ないの」


 ウィンダーは白い髭を蓄えた口元を歪ませて、愉快で仕方がない、というような表情だった。


「いや、素晴らしいね。君の体を研究すれば、次のホムンクルスは不死になるだろう。死なないなんて、まさにアリスに相応しい能力だよ!!」


「0997、3672。こいつを生け捕りにしろ」


 ウィンダーはそう言った。


「……」


「……嫌だね。私は人を殺す為に生まれてきたんだ。殺す以外の命令は聞けない。そうインプットしたのはあんただろうが」


 3672と呼ばれたオレンジ色の髪のホムンクルスがそう言った。0997は黙って剣を抜いた。


「そうだった。忘れてた。こいつは不死だから殺していい。たぶん殺すつもりでやって生け捕りになるだろう」


「そっちがその気ならこちらも容赦しない」


 俺は剣を構えた。


 戦いが始まった。2人のホムンクルスが斬り掛かってる。


 俺は応戦し、まず様子を見ることにした。


 0997と呼ばれたホムンクルスの方は大したことはない。剣筋は綺麗だったが、一般人の範疇を超えていない。十分いなせるレベルだった。

しかし3672と呼ばれたホムンクルスの剣は苛烈だった。力も人間とは思えず、まともに打ち合えば剣が飛ばされる。どこにそんな筋力があるのか。そして速い。俺は防戦一方だった。彼女の剣は苛烈ながら、0997を巻き添えで傷つけまいとする、コントロールも見事だった。


 クソっ。頬に赤い筋ができた。


 俺は一度、2人から距離を取った。


「早く死ねや……!!」


 3672は笑いながら言った。


 時間がゆっくりと流れるように感じた。俺は、一瞬迷ったが、決断した。


 俺は0997の前に一瞬で移動すると、0997の胸を剣で串刺しにした。


 「……」

 

 0997の口から血が流れた。彼女は最後まで無表情だ。


 0997は斃れた。


 こうしてみると、本当に0997は、エリスに似ている。髪が黒いことを除けばエリスそのものだった。


 ーーエリスに似ているから、殺したのか?


 いや、違う。彼女を殺さなけば俺は3672に殺されていた。


 0997は最低限の心を持ったホムンクルスだとイヴは言っていた。彼女が人を殺したことがあるのか分からない。ただ命令に従って俺と交戦しただけだ。


 俺は、人を殺した。


「俺より先に殺してんじゃねーよ。ま、これで邪魔者は居なくなったな」


 3672はそう言った。


 何かをやり遂げるには、犠牲は付きものだ。

 だが、俺はあわよくばエリス以外を殺さないで、エリスだけを殺そうと思っていた。

 だが、無理だった。

 

「0997。やはり戦闘力が高くないと駄目だ。すぐに殺されてしまう。しかもよりによってまた帝国人に殺されるとはね。我ながら不甲斐ない」


 ウィンダーがそう言うのが聞こえた。しかし俺にはどうでも良かった。


 復讐はやり遂げる。その為には犠牲は厭わない。強い方が勝つ。


 俺は、負けない……!!


 再び戦いが始まった。


「ヒャハハハ!久々に殺しがいがある奴だぜ!」


 3672は言った。


 3672との戦闘は膠着していた。剣の腕は互角だった。彼女はあのベオ師匠より強い。


 お互いの身体に生傷が付いていく。しかし決定打は決まらず時間だけが過ぎていった。


 「いい、加減に、しろよなぁ……!!俺は戦うのが好きなんじゃねー……。殺すのが好きなんだ……」


 3672が息も絶え絶えにそう言った、その時だった。


 3672の背後に小さな人影が見えた。

 そいつは3672の首筋に何かを差した。


 試作品2610番だった。少女は注射器を3672に差したのだった。


「……てめぇ!何しやが……」


 3672は気を失ったようだった。


「3672ちゃんは人以外の気配には鈍感だから。特に戦闘中は」


 2610はそう言った。


「2610!貴様、何をした!」


 ウィンダーが怒号を上げた。


「もう終わりにしよう。お父さん」


 2610が言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る