2-7 試作品2610(ニムト)

「貴様!何をした!」


 ウィンダーが2610に叫ぶ。


「私が打ったのは試作品のマスター登録を解除する薬。これで3672のマスターはお父さんじゃなくなる」


「なんだと……!!誰がそんなものを用意した……!!」


 ウィンダーは狼狽していた。


イヴお母さんだよ」


「あの、機械人形!!道具の癖にふざけやがって!!」


 地面に伏せていた3672がゆっくりと立ち上がった。


 「ヒャハハハ……ハ?よく見ればこんなところに殺しやすそうな人間がもう一人いるぜ……」


 3672はゆっくりとウィンダーに歩み寄っていく。


 「やめろ……!私が分からないのか……!!」


 3672は剣を構えた。


「来るな…………!!来るなァーーーーーーーーっ!!!!」


 ウィンダーは3672の剣の餌食になった。鮮血が飛び散る。


「3672ちゃんはね。人を殺す事に特化した試作品なの。エリスお姉ちゃんと一緒。でもエリスお姉ちゃんは帝国に属するヒトだけを殺すことに特化していて、3672は無差別に人を殺したがるの」


 2610は俺にそう言った。


 俺は一部始終をただ見ていた。


「さてと、じゃあ続きといくか……!!」


 3672は俺に向き直った。しかしまた次の瞬間、2610が背後から首に注射を差す。


 崩れ落ちる3672。


「……Zzz」


「今のはホムンクルス用の鎮静剤。これもイヴお母さんが作った」


 2610が言った。


 結局あのイヴが全部終わらせたのか。


「イヴの命令か?」

 

 俺は2610に聞いた。


「いや、イヴお母さんは薬を作っただけ。打つと決めたのは私」


「なんで俺に加担したんだ?」


「お兄ちゃんが正しいと思ったから」


「俺はウィンダーにエリスの場所を聞きたかったんだ。殺しちゃ意味ねーだろうが」


「お姉ちゃんにはもうすぐ会えるよ。私には分かる」



「とりあえず、イヴの所へ戻ろう」



◆◇◆◇


「そうですか。これでホムンクルスの生産は止まります」


 イヴはそう言った。


「残る3672は培養槽の中で永久凍結します。これで残るホムンクルスは1560エリス2610この子だけ」


「私も3672を凍結したら、機能停止します。」


「1560。2610。どちらも私が育てた、私の可愛い子供。しかし、あなたが子供達の死を望むなら、私は止めません。因果応報という言葉もございます」


「ですが、できることなら2610この子だけは許してやって欲しいのです。この子は誰も殺していない。心優しい子なのです。それに……2610はエリス様のかもしれないのです」


「トリガー?」


 俺は聞き返した。


「試作品0997番で人間の心は一度完成しましたが、無感情で何かが足りなかった」


「そこでホムンクルス達に仮想の妹というものをインプットして、その妹を帝国人に殺されるという夢を見させたのです」


「それを何度も。そうして怒りという感情が形成されていきました。妹のアリスと幸せに暮らしていたところに、帝国人によって妹を殺される。そして帝国人への怒りだけを蓄積させて、記憶を消去し、再び妹と暮らさせる。そして帝国人によって再び妹を殺される。その繰り返しです」


「そしてエリス様は帝国人への激しい怒りを獲得しました」


「僅かな間でしたが、現実世界でエリス様が目覚めてから、試作品2610番をアリスと呼び、たいそう可愛がってた時期がありました。エリス様にとって、2610は特別な存在なのです」


2610この子が死ねばエリス様はどうなるか判らない。エリス様は死の魔眼を持っています。この国にいる間は目隠しをされていますが、彼女が危険な存在であることには変わりない」


 イヴが言った。


「私は……お兄ちゃんに殺されてもいいよ……?」


 2610が俺にそう言った。


 俺は……


◆◇◆◇


 俺はウィンダーガーデンを後にした。


 傍らには2610も居る。


「お兄ちゃん、ホントに私を殺さなくていいの?」


「お前は人質だ」


 俺は答えた。


「暫く一緒に行動することになる。だが、2610じゃ呼びにくいな……」


 いい呼び名はないものか……


 2、に……6、む、……10…と……


 ……そうだ。


「オマエの名前はこれからニムトだ!そう呼んでやる」


「えぇー……ニムトって、どっちかっていうと、男の人の名前だよぉ……」


 2610ニムトは不満そうに答えた。


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