2-5 イヴ

 これは……一体……?


 いくつもの培養槽に人間と思しきものが入っていた。


 髪の長さや顔つき、体つきから少女と思われる。


 そうか……これがホムンクルス……


 ここはホムンクルス工房だ。


 培養槽は部屋に整然と並べられている。

 俺は黙って、部屋を歩いていく。


 侵入者の存在を知らせる警報は鳴り響いている。

 すると、奥に人影が見えた。


 棚の陰に隠れて黙って忍び寄る。


「試作品4500番から4515番までを廃棄パージ。」

 

 言葉を発したそれは、先に見た、自分を応対したオートマタだった。


 俺はどうするか迷った。

 尋問してエリスの場所を吐かせるか。しかし、機械人形が尋問に応じるか……?


「そこにいるのは分かっています。出てきたらどうです」


 バレた……

 俺は強硬手段に出るべく剣を構えて、ゆっくりと棚の陰から出た。


「エリスは何処にいる……?」


 俺はそう言った。


「お嬢様はここには居ません。」


「なら、ウィンダーはどこだ?ご主人様ならエリスの場所を知っているだろ」


「私にはウィンダー様に危害が及ぶことを実行できません」


 オートマタはそう言った。


「そうか。なら貴様は破壊する。エリスとその生産者に加担する機械は潰す」


「そうしてもらって構いません」


 オートマタはそう言った。その目は機械にしては人間らしく、そしてどこか悲しげな目をしていた。


 俺は少し動揺した。まるで人間に相対しているような感覚に陥ったからだ。

 

「貴様はここで何をしていた?」


 オートマタにそう言った。


「私は、ホムンクルスの生産と管理を任されている者。名をイヴと言います」


「今は新しいホムンクルスを生産しては廃棄。その繰り返しです。今も、ホラ」


 イヴと名乗るオートマタは彼女の目の前にあるレバーを引いた。

 すると目の前にある幾つかの培養槽が大量に泡立った。

 培養槽の中の少女達は泡で覆われて見えなくなった。

 そして、しばらくすると泡が引いていった。

 

 そこには何もなく、培養液が水槽を満たしてるだけだった。


「何をしたんだ?」


 俺は少し動揺していた。


「試作品のホムンクルスを廃棄パージしたのです」


「廃棄って……まさか、殺したのか?」


「彼女達にはアリスになれなかった。致し方ないことです」


 アリス……?エリスの聞き間違いか……?


「お前らは優秀じゃなかったホムンクルスをみな、殺しているのか……?そんな事をして心が痛まないのか……!?」


「誰が好きでこんなことをしていると、思っているのですか……!? ……?そんなものありませんよ……!!あったらこんなこと、とっくの昔にやめています……!!」


 イヴは叫んだ。


 俺はその時、直感的に感じた。この機械人形オートマタには心が宿っている。


「話を聞かせてくれないか……?お前らはここでなんのためにホムンクルスを作っているんだ……?」


「私は、機械。私を制御するプログラムに、あなたの質問に応える命令はインプットされていません」


「なら、ここにある培養槽を全て叩き割る」


「……」


「お前はここの生産と管理を任されていると言ったな。管理者として、残ったホムンクルスを守る使命があるんじゃないか?」


「……」

 

 イヴは黙っていたが、やがて口を開いた。


「……全ては、ウィンダー様のご子女、アリス様をこの世に甦らせるため……だったのです……」


 イヴは話し始めた。


 隣国の靴職人だったウィンダーは、このあたりに、娘のアリスと2人で住んでいた。病弱だった妻はアリスを産んで間もなく、逝去した。


 ウィンダーはまだ20代だった。隣国ととある国が戦争になり彼は徴兵され、戦地に赴いた。ウィンダーはアリスを親戚の家に避難させた。

 その家は戦地から遠い村にあるので安全だと思っていた。

 しかし、戦争に帝国が参戦した。隣国の敵として。帝国から程遠からぬその村は、侵攻した帝国軍に蹂躙された。

 隣国は敗戦した。戦場から命からがら戻ったウィンダーは真っ先に親戚のいる村に駆けつけた。


 親戚の家は焼け落ちていた。中に入ると黒ずんだ焼死体がいくつかあった。その中の、サイズが一回り小さい遺体は見かけでは、判別できなかったが、履いているピンクの靴からアリスだと分かった。自分がプレゼントした靴だった。


 それから、ウィンダーは猛勉強をはじめた。生物学、機械工学、錬金術、魔術、……あらゆる学問を徹底的に学んだ。そして大学にも入り、隣国の兵器部門の研究者になった。やがて彼は無人兵器の第一人者になった。故郷のこの地に工房を構え、最初は兵士として、機械人形オートマタを生産し、国に提供した。しかし、裏ではホムンクルスの生成に取り掛かっていた。


 最初はホムンクルスも兵士として国に提供するという名目だった。しかし、その実態は娘のアリスを再生することを目的としていた。彼の研究を手伝う者も居たが、彼が娘の再生を目的としていることを知ると、国に報告しようとして機械人形に口封じとして殺された。


 やがて工房は、知能を持った機械人形と、彼だけで運営されるようになった。一部の国の要人達はウィンダーを不気味がったが、利益を出す工房を黙認していた。たまに視察が入るぐらいで、ここは無人兵器工房として機能していた。


 アリスが死んでから30年が経っていた。アリスを再生する、ということはどういうことだったのか。アリスの遺伝子というものは残っていなかったし、この世界の技術体系ではクローニングというものはまだ理解されていなかった。


 要はアリスそっくりのホムンクルスができればいいとウィンダーは考えていた。彼の知っているアリスの体に、彼の望む心が宿れば、それすなわちアリスそのものだと、ウィンダーは考えていた。


 しかし、ホムンクルスの生成は困難を極めた。

心が宿らない。何度やってもヒトの形をしただけの、モノしかできない。試作品のホムンクルスの数が300体を越す頃には目を開く、視線を動かす。手足を動かす、といった取り敢えず動くホムンクルスは生成できた。

 それから段々と精度は上がっていき、試作品0997番ではアリスの肉体と、最低限のココロを持ったホムンクルスができ上がった。

 そして、ウィンダーは0996番までのホムンクルスを全て廃棄パージした。アリスは1人だけでいい、という理由からだ。


 ウィンダーは帝国への憎しみを忘れていなかった。試作品0998から先はホムンクルスに彼の知るあらゆる殺人技術を詰め込んでいった。剣術。魔術。霊を操る術。そして生物を見ただけで殺せるバジリスクの目。そしてありったけの帝国への憎しみを刷り込んでいった。そしてできたのが試作品1560。エリスである。アリスに最も近い人物として、エリスと名付けられた。



「お分かり頂けましたか?ウィンダー様は、とっくにのです……」


 イヴはそう言った。

 彼女は、工房ができた当初から、アップデートを繰り返しながら何体ものホムンクルスを見てきた。そして、ホムンクルスの世話をして、何体も廃棄してきた。

 

 「お願いします。ニムト様、いえ、ヨウイチ様。」


「なぜ、その名を……?」


「エリス様が仰っていました。自分の手で殺せなかった帝国人が居た、と。」


「私達が憎いのは分かっています。私を破壊してもいい。ですが必ずウィンダー様を止めて下さい。これ以上、命を無駄にさせないで下さい……」


 イヴは縋るような目で俺を見て、そう言った。


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