2-4 ホムンクルス工房

 ベオとの修行が終わり、次なる目的地、ウィンダーガーデンに向けて出発する日。


「じゃあな、元気でやれよ」


 洞穴の入り口近くでベオが言った。


「お世話になりました」


「最後に渡しておくもんがある」


 ベオはそう言ってカードのようなものを渡してきた。


「隣国への通行証だ」


 数字と文字、割り印が押してある。


「隣国へはツテがあってな。国境超える時困んまだろ」


「色々とありがとうございます……!」


 俺はそう言って洞穴の入り口を出た。

 ベオも見送りに外に出てきた。


 夜明け空が目に入った。


「それでは。あなたとの1年は決して忘れません」


 俺は感謝の意を述べた。


「あーあー俺ぁ、水臭いことは苦手なんだ。まぁ、結果出してこいや」


 そう言うとベオは空に向かって叫んだ。


「野郎共!盛大に見送ってやれ!!アォォォォォーーーーーーーン!!!」


「「「アォォォォォーーーーーーン!!!」」」


 ベオの雄叫びに続いて、山にいる狼達の遠吠えが轟いた。


 狼達の遠吠えをバックに下山することになる。



◆◇◆◇



 それから数日後。


 俺は無事、国境を越え、隣国の北方にある街に来ていた。


 ウィンダーガーデンのある街である。


 まずは情報収集からするか。


 俺は近くの喫茶店に入った。


 適当にコーヒーを注文して、マスターに話を聞いてみる。


「ウィンダーガーデンのウィンダーにはどうやったら会える?」


「なんだい、兄ちゃん。あの工房に用があるのかい?」


「ちょっと訳ありで……」


「ふぅん。でもあそこの所長、ウィンダーさんは誰とも会いたがらないよ。ここ数年、会ったのは名誉勲章を授与したときのこの国の首長くらいじゃないかな。用事は全部機械人形オートマタがやってる」


 喫茶店のマスターはコーヒーを入れながら言った。


機械人形オートマタ?」


 聞き慣れない言葉を復唱する。


「兄ちゃん。余所者だな。まぁいい。兄ちゃんが敵国の者だとしても、機械人形が何なのかくらいは答えてやるよ」


 図星を突かれてギクリとする。


「機械人形はウィンダーさんが作った、文字通り機械仕掛けの人形さ。命令通りに動く。命令さえすれば難しいこともできるみたいだよ。ウィンダーガーデンでは主に機械人形が働いてる。それにしても凄い技術さ。さすが、この国を勝利に導いた男のことだけはある」


 この国は、戦勝国だった。

 確かにこの街も活気で溢れている。



「もう一つ聞く。この街では、いや、この国ではエリスはどういう扱いなんだ?」


「勝利の女神さ。誰もがそう呼ぶ。ウィンダーさんの娘だと思ってる人も多いが、ウィンダーさんの作ったホムンクルスなんだろ?街で見かけたこともあるが、この世のものとは思えないくらい綺麗なヒト?だったよ」


「分かった。ありがとう」


 出されたコーヒーを一口で飲み干し、喫茶店を出た。


 街にある地図付看板から、ウィンダーガーデンのある場所を目指す。


◆◇◆◇


 ウィンダーガーデンは街の外れにあり、丘の上にあった。巨大な工房であり、煙突からモクモクと煙が出てるのが遠くからでも確認できた。


 丘一体が柵で覆われており、柵の周りには複数の


 あれが機械人形……。


 一言で言えばマネキンである。足は無く、一輪の車輪で接地しており、軸が回ることで一輪車の如く四方へ移動できるようだ。後頭部は歯車が幾重にも重なっているのが剥き出しになっている。一目で人間ではないというのが分かる風貌だ。


 とても無機質な印象を持った。


 パトロール用の機械人形のようで片手は、もう一つの片手は電動ノコギリ(稼動はしてない)になっていた。


 にしてもこの世界にも銃があるとは……。ホムンクルスなんて作る技術力のある工房ならあっても不自然ではない。


 機械人形達はグルグルと敷地を周回しているようだった。


 この中にエリスが居るかもしれない。


 そう考えると、心臓が高鳴るのを感じた。


 強行突破を考えた。


 しかし、機械人形は少なくとも7体は居る。敷地の面積から考えてもっと居る。そいつらと戦闘になったらどうなるか。


 面白い。


 1年の成果を試してみたくなった。


 しかし、まずは身分を偽って、正面の玄関から入るべきだろう。


 俺は丘の、工房へ続く道の入り口にある門の扉の前に立った。


 そして扉の横にあるチャイムを鳴らす。


「どなたですか?」


 女性の冷たい声がする。エリスのものではない。


「ネイバリング社のニムトという者です。エリス様の取材をしたいと思って参りました。どなたでもいいので話がしたいので出てきて頂けませんか?」


 ネイバリング社とはこの隣国にある新聞社のことだ。ネイバリング新聞というのを、この街に来る途中で見た。


「しばらくお待ち下さい」

 

 女性の声がそう答えたあと、丘の上にある工房の門が開いた。

 中から出てきたのはこれもまた機械人形だった。


 機械人形がこちらにやってくる。


 その機械人形は敷地の境界を周回している機械人形とは何かが違っていた。


 どこか、


 門の扉を開けたその機械人形はこう言った。


「エリスは今ここには居ません。お帰りを」


「ではウィンダー氏に会わせて頂けませんか?」


「ウィンダー様は誰にもお会いになりません。取材なら機械人形を通してといつも言っていますでしょう」


 俺はここでこいつを破壊し、正面突破するはずだった。


 しかし、出来なかった。


 この機械人形の目があまりにもだったからである。


「分かりました。一度帰ります」


 俺は一度帰ることにした。


 ◆◇◆◇


 俺は再びウィンダーガーデンの前に行った喫茶店に居た。


 あの機械人形はなんだったんだ。機械人形は命令に従うだけの機械と聞いた。


 人間と普通に、会話できていた。


 あれを破壊することは、普通の人間を殺すことに等しい。そう感じた。


 そして、エリスは居ない。あの機械人形が嘘をついている場合もあるが、本当に居なかったらどうするか。


 それでもウィンダーに、会っておく価値はある。


 殺す殺さないは置いておいて、エリスについて何か情報を得られるかもしれない。

 

 ならば、強行突破する。


 巡回していた警備用の機械人形を破壊し、柵を飛び越えて敷地内に潜入する。 


 そう決めた。 


◆◇◆◇


 決めたが早いか俺はその日の夜には、再びウィンダーガーデンの傍に身を隠していた。


 相変わらず機械人形が巡回していた。


 目がライトになっており、動きながら辺りを見回していた。


 俺はおもむろに、一体の機械人形の視界に躍り出た。


「タダチニ、タチサリナサイ。10秒以内ニサラナイ場合ハ攻撃シマス」


 俺を見た機械人形は無機質な声でそう言った。


「立ち去る気はない。お前達を破壊するつもりでいる」


「10……9……8……7……」


 やはりこの機械人形達は言葉を理解しない。

 玄関で会った機械人形が特別なのだ。


「6……5……4……3……」


 ザシュッ


 俺はカウントが終わる前に剣で機械人形を両断した。

 ガラガラと音を立てて崩れる機械人形。


 するとその近くに居た機械人形に気付かれた。


 ジリリリリリとサイレンが鳴る。


「敵対行動ヲ確認。廃除シマス」


 機械人形は右手の銃で発砲してきた。照準が自分に合う前に体を反らして銃弾を避ける。


 近寄って2体目も剣で両断した。


「廃除シマス」「廃除シマス」


 3体目、4体目も襲ってきた。


 電動ノコギリを回転させ斬りかかってくるが、動きは遅い。なんなく破壊した。


 こいつら、武器は強いが、やはり動きは人間には及ばない。


 俺は12 体の機械人形を破壊した。


 サイレンはいつの間にか止んでいた。


 何故だろうか。


 訝しみながらも柵を飛び越えて敷地内に潜入する。


 丘の上にある工房の前まで来た。


 正面玄関は当然閉まっていた。


 一階にある窓ガラスを割って建物の中に入った。


 廊下を進み、適当な部屋に入る。


 入った部屋には広い空間に円柱の培養槽が何個も並んでいた。


 いくつもの培養槽の中にはホムンクルスと思われる少女が浮いていた。

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