2-3 1年の修行と

 ベオとの本格的な修行が始まってからしばらく経った。


 俺は今日もふもとの町のハムサンド屋に居る。


 ハムサンド屋でハムサンドを買うがてら、店の脇に置いてある新聞を立ち読みするのが日課となっていた。


 ──帝国対隣国の戦い、激化。


 そんな記事が出るのは珍しくない。


 隣国は生物兵器による帝国軍の掃討作戦を決行したらしい。


 エリスのことだ。


 エリス一人によって帝国軍は劣勢を強いられている。


 ここで疑問が生じる。


 隣国が人間狩りとして作ったホムンクルスはエリスだけなのか?


 考えたくもないことだった。


 しかし、俺のなすべき事は一つ。


 エリスを殺すことだ。


 そんなことを考えながら楔山くさびやまのベオの居る洞穴までの山道を登っていく。


 洞穴につくのはお昼頃だ。日の出くらいに出発してるのだが……


 これでも往復にかかる時間は短くなった方だ。


「おせェぞ。ヨウイチ。もう昼飯時は過ぎてんだよ」


 ベオがハムサンドの入った包み紙を受け取りながら言う。


 文句を言われるのも日課だった。


 昼飯を食べ終わったら、訓練が始まる。


 模擬刀を使ったベオとの稽古。


 ベオの体に一発でも当てればいいのだが、今までに一発も当てられたことはない。


 逆にこっちの体がびしばしと打ち込まれていく。


 体中痣だらけだった。


「ホラホラ!まだまだ太刀筋が甘ェぞヨウイチ!」


 今までは頭の中のニムトの補助があったから人並み以上の実力が出せたけど、今は正真正銘自分の力で上達しなければならない。


 自分の力、ね……。


 かつての世界で、自分自身に自信が持てず、自堕落な生活を送っていた俺に、どんな力が出せるというのか。


 俺なんかが敵討ちなんてたいそうなことができるのか。


 夜、洞穴の奥にある寝室(みたいに区切られた洞窟の中の1画)で横になりながらそんなことをふと考えてしまう。


 もし、そんなことをベオに話せば一発で勘当だろう。


 そんな、次元で悩んでる奴に教える剣はねェ。


 そういう風に言われる様を容易に想像できた。


 壁の松明の灯りに照らされて、バッグの中の黄色い星のペンダントが、光った。


 ――――君は、私にとっては、ニムトなの。


 シャーロの最期の言葉が思い出される。


 いや、違う。俺はヨウイチだ。


 ニムトは死んだ。


 だが、この体はニムトのものだった。


 人間は、いくらでも、変われる。どんなやつでも大敵に一矢報いることくらいはできる。

 俺はそんなことを確信を持っては言えない。


 だが、今の俺は人から借りた肉体がある。

 肉体だって自分のまま、魂だって自分のまま。

 そんな状態で大敵にぶつかっていき、果てた奴だっているだろう。


 じゃあ肉体は、戦士であったニムトのものを借りている俺がどうして大敵から逃げようか。


 俺は、必ずエリスを────


 ――――殺す。





 それから何ヶ月も修行に打ち込んだ。

 長い月日をかければ、俺の剣の腕も上達した。


 半年後には、ベオにも一撃くらいは入れられるようにはなっていた。


 いつものように早朝、ハムサンド屋での待ち時間に新聞を読んでいるとこんな記事が一面を飾っていた。


 ――帝国、敗北。1年に及ぶ大戦終結。


 帝国が隣国に負けたらしい。なんでも少数による精鋭部隊に帝国軍はほぼ壊滅したということだった。


 少数による精鋭部隊……


 やはり、敵はエリス一人ではない。


 他にも投入されたホムンクルスがいるのだ。


 ──中でも、エリス大尉による戦果は目覚ましく、一人で敵陣に、乗り込み、文字通り一騎当千の活躍をした──


 ──一人で首都に潜伏し、王側近の近衛騎士団を壊滅させ、要人であるシャーロ姫を討ち取った――


 ――シャーロ姫が討ち取られた後は、帝国は残った軍勢を集めて総力戦をしかけた。しかし、エリス大尉他ホムンクルスによる掃討作戦により、帝国軍はほぼ壊滅した――


 帝国が負けることは分かっていたが、エリスによる被害は拡大し続けたようだ。


 そして、確定する懸念材料。


 エリス以外のホムンクルス。


 俺の仲間を殺したエリスの姉妹(男かもしれない)。


 戦うことになるのか?


 俺は彼女達にどう向かい合えばいいんだ。




 その後も修行は続いた。

 毎日稽古を続けた。


 1日に一撃ベオの体に、入れられるか、入れられないか、くらいだったが、それが毎日入れられるようなり、さらに月日が経てば、遂に一本ベオから取れるようになった。


「クソがッ!弟子が強くなるのは嬉しいんだけどよ、俺に追いつきつつあるのは腹が立つ気持ちの方が強いぜ!」


 ベオは言った。


 修行を始めてから1年が経過しようとしていた。 


 いつものようにハムサンド屋で新聞を読む。


 ──戦勝国隣国、終戦半年を経てエリス大尉と、ウィンダー氏に特別賞を授与


 ウィンダー氏?


 初めて聞く名前に訝しみながらも、記事を読むとこのようなことが書いてあった。


 ──帝国では青い死神、隣国では天使と呼ばれ、終戦に導いた戦の女神とすら称されるエリス大尉は人造的に作られたホムンクルスであることは、本人の知名度に比べれば、それほど知られていない。その生みの親であるウィンダー氏こそ戦いを終わらせた英雄かもしれない。隣国政府首長はウィンダー氏の住むホムンクルス工房ウィンダーガーデンに訪れ、最も勝利に与したホムンクルスであるエリス大尉と、その生みの親であるウィンダー氏に名誉勲章を授与した――


 新聞にはそう書いてあった。


 そうかい。


 エリスはそこにいるのか。


 エリスなんロクでもないものを生み出したウィンダーなんて野郎と一緒に。


 俺の次の行き先は決まった。


 隣国、ウィンダーガーデンだ。


 そこで、エリス、ウィンダー、その他のホムンクルス共々血祭りにあげてやる。



 そう意気込んで洞穴まで帰った。


「ほう。今日のてめェはアグレッシブだな。相手を殺してやるって息遣いを感じるぜ」


 剣の稽古中、ベオが言った。


「悪くねェが、冷静さを欠くことは相手に付け入る隙を与えんだぜ」


 模擬刀が激しくぶつかり合う最中、俺は必死に相手に剣を当てることだけを考えてた。


 しかし剣は弾かれ、俺の脇腹に、相手の模擬刀が命中する。


「ぐはっ……!!」


「どうしたヨウイチ。もうすぐ仕上げの時期だってのに。訳を言ってみろ」


 俺は新聞で読んだことを話した。


 そしてウィンダーガーデンに乗り込む気でいることも。


「ウィンダーって野郎は科学者だ。戦闘員じゃないぜ。乗り込んで殺すのか?」


 ベオは淡々と聞いてくる。


「分からない……!でも……殺したい気持ちで一杯ですよ!」


 俺は拳を強く握り締めた。


「てめェが誰を殺そうとそんなの俺には関係ねェ。だが、てめェには迷いがある。それがてめェの弱さに繋がっている」


 ベオの瞳は俺の考えていることを見透かしているようだった。


 エリスの父……エリスは悪だ。邪智暴虐の女王だ。

 しかし、その父親まで殺すのか。

 悪いのはエリスだ。

 他のホムンクルスにしてもそうだ。まだ、誰も殺してない、善良なホムンクルスも居るかもしれない。


 しかし、大量殺戮兵器を作っておいて、これからも、何のお咎めもなく、作り続けるというのなら……


 やはり……、殺すしか……。


 こんな時、ニムトなら何て言うだろう。


「ウィンダーって野郎や、他のホムンクルスを殺すかについては一度置いとけ」


「お前がしたいことを考えろ」


 ベオは言った。


 そうだ。


 俺のしたいこと……少なくとも1つは確定していること……


 エリスを殺すことだ。


 それ以外のことは一度忘れよう。


「そろそろ頃合いだな。明日、お前と真剣勝負をする。それが卒業試験だ」


 ベオは言った。


「俺は本気でやる。お前も本気で来い。頭の中空っぽにしてな」





 翌日、真剣によるベオとの戦い。


 試合内容は割愛する。


 30秒でケリがついた。


 俺が勝った。





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