2-2 幻影人形

 ベオに弟子入りしてから1日が経った。


 洞穴の広間にベオが座っている。

 右手にはハムサンドを持っており、時折齧っている。

 今しがた俺が山のふもとの町まで買いに行ったやつだ。



「まずはてめェの倒したい奴の情報を教えな。それと昨日手合わせしたからある程度分かるけど、てめェの情報もだ」


 俺はベオにエリスの情報をなるべく詳しく教えた。

 そして自分のことも。


 俺の話を聞いてるうちにベオはハムサンドを食べ終わり、その後、腕を組んで一息ついた。そしてこう言った。


「じゃあエリスの能力を整理するぜ。


 ①100体近くの幻影人形

 ②死の魔眼

 ③エリス自身の卓越した剣術

 ④不死破りの毒


 これらがエリスって奴の手札だ」


「対しててめェの手札を並べるとだな。


 ①不死

 ②凡人に毛が生えた程度の剣術

 

 この2つだ。」


 ベオが言った。


「まさかてめェが不死だとはな。いい能力持ってやがる」


 俺が不死だと話した時、ベオはたいそう驚いた。


「そして、結論から言っちまえば、敵の能力のうち、脅威となるのは③と④だ」


 ベオは続ける。


「なんで①と②が脅威にならねェのか教えてやる」


 ベオは腰を据えて話し始めた。


「まず②だが、お前は不死だから死の魔眼は効かねェ。それはてめェも知っての通りだ」


「①の100体近くの幻影人形だがな。これには対策があるんだよ」


 エリスの幻影人形。こいつらに多くの近衛騎士団がやられた。エリスを一対一の戦いに持ち込めない最大の要因だった。実体を持たないのでこちらの攻撃が通用しない。


「本来の幻影人形対策ってのは、こっちも幻影人形を作ってぶつけることだ。幻影人形同士で潰しあってる隙に本体を潰す。だがな100体ってのは多すぎる。


 じゃあどうすればいいのか。


「だがてめェは幸運だ。幻影人形に太刀打ちする手段がある」



 肉体が死ねば魂も消えるのが普通だが、てめェの場合、肉体が死ぬと魂がこの世に無理矢理繋ぎ止められる。


 その時、やつらのいる次元に干渉できる。


 つまり死んで、肉体が元に戻る、その再生するまでの間にやつらをぶっ潰せばいい」


 ……!?


 そんなことができるのだろうか。


「まぁ、幻影人形対策はこの後、きっちり実践してやる。


 ベオも幻影人形を作ることができるのか。


「まぁ仮に幻影人形対策ができたとしてだ。脅威になるのは③と④。卓越した相手の剣技と、不死破りの毒だ。これはセットになるからこそ脅威になる」


 なぜならば、とベオは続けた。


「てめェ自身がエリスより強くならねェと不死破りの毒が塗られた剣でバッサリやられるってこった」


 それは確かにそうである。だから俺は、エリスより強くならなければならない。


「逆を言えば、剣技で奴を上回れば、エリスを倒すことができる」


「そのためにはてめェのを鍛え上げなやきゃな」


 分かっている。分かっている、が、それは①の幻影人形対策ができてこそだろう。

 自分が一時的に死んで霊体化なんてできるのだろうか?

 それを言うとベオはこう言った。


「まぁ、いい。幻影人形がそんなに怖いなら、実践するのが一番早い。案ずるより産むがやすしってやつだ。さァ準備はいいか?」


 ベオは立ち上がると広間の奥に行って剣を一本持ってきた。


 それを床に置くと、手を合わせた。


 すると、剣が宙に浮かび上がった。


 「さァ、そいつはもうてめェに襲いかかるぜ。剣を取りな」


 俺は慌てて剣を抜いて構える。


 宙に浮いた剣は刃先をこっちに向けた。

 見えない幻影人形が剣を握っているようだ。


 そして襲いかかってきた。

 

 剣で受け止める。見えない相手にはこちらの攻撃は効かない。攻撃をするには……


 「さァ、今だ。一度死ね!ヨウイチ!」


 ベオが言った。


 自分が死んで霊体化する。不死だからできる芸当。


 不死とは言え、死ぬのは勇気がいる。


 しかし、四の五の言ってられない。


 俺はエリスの幻影人形を破らなければならない。


 俺は剣の刃を自らの首にあてがった。


 ええい、ままよ……!!


 俺は自らの首を掻っ捌いた。


 ブシュウッッーー……!!


 鮮血が飛び散った。意識が遠のいていく。


 目の前の幻影人形は、戦う相手が崩れ落ちるのを見てか、攻撃を止める。


 俺は床に倒れた。


 そして、


 魂となった俺が、自分の体を見ている。幽体離脱だ。


 「さァ、早くしないと体が再生して元に戻っちまうぞ!」


 ベオの声が響いた。どこか遠くから鳴っているような気がした。


 霊体化には成功したようだ。俺は周りを見てみる。


 ベオがいる。どこか輪郭がぼやけている。 


 そしてなにより、ベオの前に姿


 それは鉄兜を被った男の姿だった。


 兵士然としていて、軍服を着ている。齢は40〜50くらい。剣を握っていた。その剣はまさしく先程、宙に浮いていた剣だった。


 その男の顔に精気はなく、虚ろな目をしていた。


 これが幻影人形の正体……?


 釈然としなかった。もっと黒い影のようなものを想像していたから。こんなに人間らしいとは……


 「さァ、そいつを倒せ!ヨウイチ!方法は何でもいい!」


 ベオの声がこだました。


 俺は俺の手に握られている剣でその男を斬りつけることにした。 


 剣を持ったまま霊体化したから剣も霊体化しているのか。


 そんなことを考えながら、目の前の兵士然とした男を斬りつけた。


 男は抵抗するでもなく斬られた。そんなに深く斬ったわけでもないのに、ぱっくりと斬り口が広がり、男はほぼ一刀両断される形となった。


 意識した力の数倍の力が出るらしい。


 幻影人形を倒した。こんなにあっさりと。


 感慨にふける間もなく、俺の体の再生が始まったらしい。

 俺は霊体化した俺の体が肉体に引き戻されるのを感じた。


 気が付くと、俺は床に突っ伏していた。

 ヨロヨロと起き上がる。


 やったのか?


 「幻影人形を倒したようだな」


 ベオが言った。


 ベオの前には剣が落ちていた。宙に浮かび上がる様子はない。


 俺は疑問に思ったことを口にしてみる。


「幻影人形って何なんですか!?俺はもっと黒い影みたいな無機質なものを想像していました!」


 ベオは少し寂しそうな顔をしてこう答えた。


「分からないか。ヨウイチ。

 お前がぶっ潰したことで俺の幻影人形はもう使えない。魂が天に帰ったからな。

 100使100。」


 まさか……


 俺はその話を聞いて急に吐き気がこみ上げて来た。


「ウォエッ……!!」


 俺は床に吐いた。


 じゃあ、今しがた倒した幻影人形はベオが殺した男ということか。とても詮索する気になれなかった。


 いや、それより。


 ハービヒトが、シャーロが、近衛騎士団のかつての仲間が、幻影人形としてエリスに使われているかもしれない。

 解放しなければ。一刻も早く。

 

「霊体化しちまえば幻影人形はお前には敵わない。死んでる奴の魂より生きてる奴の魂の方がはるかに強いからな。何体居ようと瞬殺できる。幻影人形を解放できるのは霊体化できる奴だけだ」


 ベオは言った。


 霊体化すれば幻影人形が何体居ようと瞬殺できる。

 これはもはやエリスの幻影人形は脅威ではないことを意味していた。


 ◆◇◆◇


 夜、俺は、落ち着いてからベオと再び話をすることにした。


 幻影人形対策はできた。死の魔眼も効かない。後はエリスに剣で上回るのみ。


 「明日からお前に剣の修行をしてやることにする」


 ベオが言った。


 「まァ、修行を始めるのは、てめェが山のふもとでハムサンドを買ってきた後なんだが」


 それは承知している。渋々だが。


「期間は1年。それ以上ダラダラ続けても上達しないからだ」


「分かりました」


「1年で俺を超える気でやれ」


「はい……!!」


 俺は強く肯定した。


 その日からベオとの修行が始まった。

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