第二章

2-1 弟子入り

 国外追放された俺は中立国にある、楔山くさびやまの山道を歩いていた。


 霧の深い、道なき道を進む。


 確かにこっちであってるよな?


 時折ポケットの地図と見比べて周囲を見渡してみる。


 右前方に絶壁が見える。


 地図によれば、その絶壁の上に洞穴があり、その中に目的の人物がいるらしい。


 ――――ベオ。

 ハービヒトの師匠だった人だ。


 ハービヒトが死ぬ前に俺に渡したロケットペンダントには手紙と地図が入っていた。


 曰く、剣の達人でハービヒトに剣を教えたのはこの人らしい。

 ハービヒトの名を出せば弟子として受け入れてくれるそうだ。


 その手紙の最後にはこう記されていた。


 追伸:山のふもとの町でハムサンドを買っておくこと。腐らせずに持っていくこと。


 俺は半日前に山のふもとの町でハムサンドを3個買っておいた。

 なんでハムサンドがいるのか訝しんだが、買っておけと書いてあれば買っておく。好物なのだろうか。


 しかし、山の中の断崖絶壁の頂上に住んでるなんて、仙人のような人なんだろうか?


 俺はそんなことを考えながら目的の絶壁の前までやってきた。


 どうやって昇るか。


 目の前の絶壁はほぼ90°でおまけに反り返ってる。高さは高層ビルくらいである。

 これでは正面からはロッククライマーでも無理だろう。


 回り込もう。そう決めた。


 楔山くさびやまは2つの顕著なピークからなる。一つは山頂であり、もう一つはベオの住むという断崖。断崖は山の7合目あたりから切り出している。


 山頂を目指す道で途中までいって、そこから断崖側に渡ればいいだろう。


 霧も深い。山道も険しい。


 しばらく歩いていると、草むらから気配を感じた。


 黄色く光る目が3対見えた。


 のそりと姿を見せたそいつらは狼だった。


 敵対する訳でもなく、三匹の狼は俺に近寄ると、バッグの匂いを嗅いでいた。


 ハムサンドの匂いが気になるようだ。


 ――腹が減ってるのかな?


 3つあるし1個くらいいかと思い、狼の一匹にあげようとしてみる。


 クンクンと匂いを嗅いだ狼は、しかしブルブルと顔を横に振り、ハムサンドは食べなかった。

 そして俺の行手を歩いていく。


 先導してくれるらしい。


 三匹の狼の後をついていく。道なき獣道は案内がなければ確実に迷っただろう。


 やがて、断崖のてっぺんについた。


 狼は、なるほど確かにあった洞穴の近くで、草むらに隠れて姿を消した。


 この中に、ベオって人がいるのか。

 中に入ってみる。


 松明が石壁にかけられてあった。

 確かに仙人みたいな生活をしているようだ。


 狭い入り口を抜けると広間のような空間に出た。


 松明の明かりがあるが奥は暗い。暗がりから影がのそりと動いた。


「グルルルルゥ…………貴様、何者だ……このベオの住居になんのようだぁ……?」


 吠声がした。この声は……どこか……獣?らしかった。


「俺はヨウイチって言います。ベオさんに弟子入りしたいと思って来たんです。……ハービヒトの紹介で!」


 俺は要件を淡々と伝える。


「ハービヒトォ……?懐かしい名前が出てきたなぁ……弟子入りだと……?テメェ俺が誰だか分かってんだろうなぁ……?」


 影が姿を表す。それは最初大男かと思った。

 しかし松明に照らされてその姿を確認すると、印象は変わった。男は男でもであった。


 隆々とした胸筋が目立つ。毛皮で覆われている。ズボンを履いており、腰には帯刀していた。

 顔は狼そのものである。少し人間の男の面影もあるが鼻が長く、顔だけ見れば狼だろう。

 毛皮の色は灰色と青色が混ざったような色で、ズボンの後ろから覗く尻尾も同じ色をしていた。


 狼男の剣士……!


 俺は呆気に取られていた。


「俺の姿がそんなにおかしいかコラ」


 ベオは睨みつけながら言った。


 呆気に取られていた俺は気を取り直して言う。


「いや、俺は、強くなるために来たんです。相手が誰とか関係ない。俺は俺を鍛えたいんです。でも自分一人じゃ限界がある。だからあなたの元で鍛えたい!あなたが俺より遥かに強いなら!」



 ベオは言った。


「あなたの強さが俺が認めるほどの強さじゃなければ俺は帰ります」


「おい。そう話を急ぐな。誰もお前を弟子にしてやるとは言ってねェだろ」


「お前はなんで強くなりたいんだ?」


 ベオが聞く。


「敵討ちのために」


「敵討ちねぇ。何があったかは知らねェが……そんなことして何になる?」


「それは大切な人の命を奪われたことのない人の台詞です」


「冗談だよ……俺も昔、仲間を殺されたことがあってな……殺した奴をぶっ殺したことがある。あの気持ちは


「そいつはハービヒトも殺したんです……!」


「ハービヒトは死んだのか……でもそれはハービヒトがてめェの天寿を全うしただけのことよ。お前……なんて言ったっけ……?……まぁいい。お前が敵討ちだのする必要はねェよ」


 ベオは言った。


「そいつは他にも、俺の仲間をたくさんたくさん殺したんです!俺はあいつを殺すためならなんだってする!」


「まぁお前が敵討ちしたい気持ちは分かった。だが、何故お前のために俺が手ほどきしなきゃならん。なんの得がある?俺によ?」


 困った。見返りを要求されるとは思ってなかった。

 そこで俺は、ハムサンドのことを思い出した。


「コレ、好きなんですよね?」


 バッグから紙包みに入ったハムサンドを3つ差し出した。


「なんだてめェ持ってんじゃねェか。それを最初に寄越せよ」


 ベオは3つのハムサンドを受け取ると、紙包みを剥がし、3つとも一気に頬張った。


 やがて飲み込むと舌舐めずりしてこう言った。


「コレコレ……!ハムとチーズとレタスのハーモニーよ……!レタスが新鮮なのがいいんだよな……!」


「あー美味かった。満足満足」


 腹を叩きながらベオはそう言った。


「じゃあ、弟子入りは認めてくれるんですか?」


 俺は恐る恐る聞いてみる。


「ハムサンドは確かに俺の大好物だ。だがハムサンド3つで長い修行をしてやるお人好しが何処に居んだよ。そうだな3。それでお前の弟子入りを認めてやる」


 ハムサンド3つか。1日銅貨15枚程。出来ない相談じゃない。持ち金には限りがあるが…


 ……いや、そもそもどこで買えばいいんだ?


 疑問を口にしてみる


「そりゃふもとの町で買えばいいだろう。あ、買い置きは嫌だぜ?レタスが新鮮なのがいいんだ」


 これから毎日ふもとまで山降りてハムサンド買って山登ってここまで来いと??


 無理だろう


「じゃあこの話はナシだな」


 ベオは鼻をほじりながら言った。


「待て待て待て。分かった。それも修行の一環なんだな!?」


「さァ?勝手にそう思えば?」


 こいつ……!


 しかし背に腹は代えられないので条件を飲むことにした。


「でもまだこっちにも条件がある。アンタが俺より遥かに強いってことを示して貰わなきゃ困る……ります」


「それと俺の名前はヨウイチだ……です。」


 俺は言った。


「ヨウイチね。変な名前だな」


「じゃあいいぜ。どっからでもかかってきな」


 ベオは言った。


「真剣でいいぜ」


 ベオは空手だった。


 俺は剣を抜く。かつてハービヒトとニムトに教えて貰った太刀筋を思い出す。


 剣を構えて、2人の間には静かな時間が流れた。


 今!


 瞬身のようにベオの巨大な正面に一瞬で移動し、剣を振るう。


 しかし既にベオの姿は無かった。


 そして次の瞬間剣は弾き飛ばされた。


 そして俺は地面に仰向けに叩きつけられた。


 ベオが抜いた剣の刃先を俺の首に突きつけた。


 ……は、早い。


「その程度なら素手だけで十分だ」


 ベオが剣を収めながら言った。


 この速さはもしかしたらエリスに匹敵するかもしれない。


 俺はベオに弟子入りすることを決めた。


 毎日山を往復してハムサンドを買ってくるハメになるのだが……

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