1-12 赤夜

 エリスはシャーロを見下ろす。


 俺はその傍で床に蹲り、藻掻いていた。

 腹に刺さった不死破りの剣が俺の体の再生を許さない。

 この剣は抜こうとしても抜くことが出来なかった。


 剣を構えるエリス。


「何か言い残すことは、ある?」


「ニムト……今まで……ありがとう……」


 シャーロは目をつむっていた。そしてその顔は優しい表情をしていた。


 悟った顔。

 どこか悲しげな顔。


 ……そんな顔するな。シャーロ。


「ゴホッゴホッ……殺すのは……俺から……なん……だろ……?だっ……たら……そう……しろよ……!!」


 俺は声を絞り出した。


 俺はどうにかする方法を考えていた。

 しかし、何も思い浮かばない。


「君はほっといても死ぬでしょ?後で止めを刺してあげる」


 彼女は空中から黒紫の剣を4本取り出した。


 そしてエリスの周りに展開する4本の剣をそれらと交換した。


(恐らく……不死破りの剣は……5本……存在……する……)


 頭の中のニムトの声だ……


 ニムトと俺の魂の一体化状態はまだ一応続いていたが、ニムトの声は今にも消えそうだった。


(今しがた……取り出した……4本の……剣……それと……お前に……刺さっている……1本の……剣。……合わせて……5本の……剣)


 確かに黒紫の剣は5本ある。

 何故5本あるのか……


 もしかして。


(そうだ……恐らく……5本の剣を……同時に刺さないと……お前は……死なない……)


 つまり、

 まだチャンスはあるということか。


「銀色の剣は、麗しき姫君に。5本の黒紫色の剣は不死の化け物に。……ふふっ」


 エリスは言った。


 エリスは笑いながら背後には4本の黒紫色の剣を展開させており、右手には銀色の剣が握られていた。


 エリスの前にはお姫様座りするシャーロがいた。

 エリスは銀色の剣をシャーロの胸にあてがった。


 彼女の背後にある4本の黒紫色の剣に刺されるまでは、俺は死なない。ゲームオーバーはまだだ!


「さぁ、そろそろいいかしら……さようなら、姫様……!!」


 エリスは剣でシャーロの心臓を貫かんとした。

 そのエリスの手を俺がすんでのところで掴んだ。


「まだだ……!!やらせない……!!」


「チッ……この死にぞこないが……!!」


 シャーロは一瞬、不機嫌そうな顔をしたかと思うと俺を左足で蹴り飛ばした。


 数メートル吹っ飛ぶ俺。


 脇腹に2本目の黒紫色の剣が刺さっていた。

 体が熱い。


(悪いが……俺は……ここまでの……ようだ……)


 頭の中のニムトが言う。


 待て、ニムト!俺を置いていくな!姫様を一人にするな!


 しかし感傷に浸ってる場合ではない。

 俺は2本の剣が刺さったままシャーロに向かって走り出す。


 そうしてシャーロに止めを刺そうとする背後からエリスに覆いかぶさる。


「や"ら"ぜな"い"っ"!"!"絶"対"に"!"!"」


 咄嗟の行動にエリスの動きが一瞬止まった。

 しかし、一瞬の間の後、俺を突き飛ばした。


「しつこいんだよ……!!君は……!!」


 エリスはさらに2本の剣を俺に突き刺した。これで4本目。

 もう動けない。

 俺は辛うじて生きているという状態だった。

 まるで魂がカケラへと分解されていくような感覚。

 ……ニムトもこんな感じだったのかな?

 そんな考えが頭を走馬灯のようにチラついていった。


 そしてエリスが剣を構える姿が目に映った。


 やめてくれ。


 やめてください。


 なんでもしますから。


 お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。……


 彼女シャーロ


 俺はそれらを口に出していた。




 しかし、エリスはシャーロの胸を剣で突き刺していた。




 強い怒りに支配された。


 必ずこの邪知暴虐の女王に一矢報いることを決意した。


 血でできた池の中央で佇む女は顔に笑みを浮かべている。


「後は君だけになっちゃったねぇ」


 こんなにも血でむせ返るような湿度なのに涼しい顔で女は告げる。


 生きていればどんな力量差でも覆せる。

 そう。


 生きてさえいれば――――――――――――




 しかしそれをこの女は許してくれないだろう。


 仲間を皆殺しにしたこの女は。




 だからもし生きていれば、この先に生があるなら、


 必ずこの女に―――――――――――――――


 復讐を―――――――――――――――――



 「ニム……ト……ニ……ム……ト………私、あなたに会えて……幸せだったよ……」


 シャーロは俺の元へ身をうつ伏せにしたまま這い寄り、俺に語りかけた。


「君は自分のことを………ニムトじゃないって言ったけど……。君は私にとっては………ニムトなの。最後に会えて良かった……。私はもう十分幸せ……。だからこれは……あなたが持っていて……。赤いペンダントは私がずっと……持ってるから……」


 俺の手を握っていた。その手には黄色い星のペンダントが握られていた。

 そのペンダントを受け取ると、彼女は事切れた。


 白い光が彼女から放たれたような気がした。

 そして俺の身体からも白い靄のような光が天に向かって放たれていく。


 それらは人型に見えた。シャーロとニムト。2人の白い光は手を取り合ったまま天に向かっていった。


(ヨウイチ。ありがとう)


 ニムトの声がこだました。


「さてと。これで今回の仕事もおしまいね。」


 エリスが俺に向かって最後の剣を飛ばそうとしていた。


 俺の心は怒りの炎で煮えたぎっていた。いや、もはやそんな表現では表せないほどだった。


 うつ伏せになっている俺の背中に5本目の黒紫色の剣が突き刺さった。


「なかなか楽しかったよ。えぇ……っと……なんて呼べばいいんだっけ……?」


「まぁいいや……じゃあね♪」


 エリスは踵を返して城の出口に向かっていった。


「ヨウイチだ……!!」


 俺は叫んだ。


 ピタリとエリスの足が止まる。


「俺の名前は風間要一カザマヨウイチだ……!!」


「お前を殺す者の名だ……!!」


 俺は立ち上がっていた。まだ死んでいない。


「……まさか……!?そんな……!?」


 エリスは愕然としていた。


「……これ以上どうしろというの……?」


 俺は近くにあった剣を掴むと5本の剣がつき刺さったままの体でエリスに向かってヨロヨロと歩きだした。


 エリスは剣を構えるが気が気じゃない。もうこいつは俺を殺す術を持たない。


「不死の純度が上がっている……!?あの血から計算すれば5本で充分だったはず……!!」


 ヨロヨロと振る俺の剣をエリスは手に握った剣で打ちのけるが、その顔は明らかに動揺していた。


 やがて彼女はバックジャンプで大きく距離を取った。俺と戦うのは諦めたようだった。


「君を殺すのは、またいつかにしてあげる」


 エリスは言った。顔は笑顔に戻っていた。


「楽しみにしてて。不死破りの毒ももっと強力にしとくから」


 そして


「bye♪ ヨウイチ」


 と言い残して彼女は姿を消した。


 俺の目の前がぼやけていって、俺は気を失った。



 ◆◇◆◇



 俺の目の前には王がいた。


 悲しみと怒りをないまぜにしたかのような顔で俺を見ていた。


 俺は城の一室にいた。

 紐で拘束されており、俺の両脇には兵士が2人居た。


「貴様がいながら、なんという体たらく」


 王は俺を睨みつけながら言った。 


「思えば、貴様を騎士団に迎え入れてからがケチのつきはじめよ……!」


 あれから何日か経ったらしかった。俺の身体に刺さっていた5本の剣は抜かれていた。


「貴様だけまんまと生き残りおって……!この疫病神め……!」


「本来なら縛り首にしておるところじゃ……!しかし貴様は不死のようだからの……!」


 俺は返す言葉も無かった。王は一人娘を失った訳だし、俺がシャーロを守れなかったのも事実。


「この亡者が!貴様の目……人の目ではない。貴様、何者だ?」


「俺は、ヨウイチだ」


 その日から俺は自分の名前をヨウイチと名乗るようになった。


「貴様にはもうこの国の土地を跨がせん……!どこぞに消えろ……!」


 そうして俺は兵士に連行された。


 数日後、俺は国境付近で解放された。


 国境の門から俺は野道を歩いていく。


 一人ぼっちになってしまった。


 シャーロ、ハービヒト、ニムト、近衛騎士団の仲間達……


 必ず仇は討つ。


 そう誓った。


 俺の心には憎悪の心が燃えていた。


 俺はあいつを絶対に許さない。


 必ず、エリスを殺す。




(一章、完)





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