1-11 "魂"然一体
シャーロの手を引き大広間の出口を目指して走る。
「ハービヒト……!ハービヒトはどうなったの……!?」
シャーロは走りながら言った。
「ハービヒトは……死にました」
俺は俯きながら答えた。
「……」
シャーロは黙っていたが彼女の閉じた目の縁には涙が浮かんでいるのが分かった。
「貴方を守るのがハービヒトとの最後の約束です」
俺は歯を食いしばって前を見て答えた。
入口付近に辿り着くと、剣が宙に浮いて待ち構えていた。
刃をこちらに向けて行手を阻む。
「逃さないよ」
エリスが言った。彼女はゆっくりと俺達の元に近づいてくる
「まずは姫様。それから君」
「なんでお前はシャーロを狙う!?お前の目的は俺だけじゃないのか!?」
俺は内心、心臓が爆発しそうだった。
ハービヒトの最期が脳裏に焼き付いて離れない。
「これは戦争だよ、ニムト君。敵国の要人を狙うのは当然じゃない?」
「なら何故王を狙わない?」
「王を殺ったら簡単に戦争が終わってしまうじゃない。私はもっとたくさん帝国人を殺したいの。……ふふっ」
エリスはそう言った。
こいつの心にあるのは帝国への憎悪なのか?それとも単純に人を殺したいだけなのか?
シャーロは目を閉じたままだ。彼女はエリスに言った。
「貴方が帝国憎しでこれほどの殺戮を繰り返したというのなら、私をその手で殺しなさい。それでも気が済まないなら父様も。そしてこれ以上誰も殺さないと誓って」
「私は人を殺す為に生まれてきたの。貴方も殺すし、ニムトも殺すよ。」
シャーロは黙っていた。俺は彼女に言う。
「姫。姫様は殺させません。それはハービヒトだけではなく、あなたがニムトと交わした約束でもあります」
本来のニムトがシャーロと交わした約束。しかし今やニムトと俺は、俺の中では同一の存在だった。
絶対にシャーロだけは守らなければならない。
この身に代えても。
「その約束、守れるかな?」
エリスは言った。
無数の剣が宙に漂っていた。やがてそれらの刃はこちらに向きを変えた。
一本の剣がシャーロめがけて飛んで来た。
俺はそれを剣で打ち払う。
「幻影人形は剣を投擲することもできるの。拾いに行かなきゃいけないから普段はあんまり使わないんだけど」
エリスは言った。
今度は2本飛んで来た。一本を剣で払うがもう一本は払えない……!!
俺は身を挺してシャーロを庇った。 剣が腹に突き刺さった。
ゴホッゴホッ……!!
血を吐き出す。なんてザマだ。2本でこれとは。
ハービヒトは6本の剣を捌いたというのに。
「じゃあ次いくよ〜♪」
エリスは楽しそうに幻影人形に指示を出す。
4本の剣が投擲された。
1本を剣で弾き3本の剣が体に突き刺さる。
痛みで感覚が麻痺してきた。何本の剣が体に刺さっているか分からなくなる。
なんとか2本の剣を体から引き抜いて捨てた。2本の剣は体に刺さったままである。
これ以上の本数を色んな方向から投擲されたらまずい。シャーロを庇いきれなくなる。
シャーロは相変わらず目を閉じているが何が起こっているか、分かっているようだ。
「ニムト。もういいの。あなただけでも逃げて……!!」
彼女は泣きながら言った。
6本の剣が飛んで来た。これで終わる。
終わりだ。
その時、俺の身体が勝手に動いた。
そして一太刀で全ての剣を払い落とした。
……何が起こった?
俺は呆然としていると頭の中から声がした。
(俺も本気出せば、ハービヒトくらいにはやれるということだ)
頭の中のニムトであった。彼が俺の身体の主導権を握って、剣で打ち払ったのだ。
(ニムト!!)
俺は頭の中で彼の名前を呼んだ。
(お前……!大丈夫なのか……!?今にも消えかかってたじゃないか?)
頭の中のニムトは少しの間黙っていたが、こう続けた。
(悪いが、この身体の主で居られるのは僅かな時間のようだ。ここで力を使い果たせば、俺の魂は完全に消えることになる)
そして
(ヨウイチ。お前にもこの身体を動かして欲しい。1人じゃなく、2人で一つになるんだ。正確には俺の魂は5分の1だから1.2人の力、だがな)
細かいことはいいんだよ、ニムト。
俺達は、2人で一つの身体に宿っていた。普段は一つ魂が俺の身体を動かしていた。しかし、2つの魂が同時に俺の身体を動かせばどうなるだろう。一人分の力より大きい力が出せるだろうか。
それとも統率が取れなくて駄目になるだろうか。
やってみなければ分からない。
つまり、
いいよ。やってやる。
「やってやるよ。ニムト。どうすればいい」
俺は虚空に向かって話していた。
(呼吸を合わせろ)
ニムトは答えた。
「何が起きているの…!?」
エリスは言った。
彼女は6本の剣を打ち払ったのがニムトによることを知らない。そして今から俺達が魂の合体をしようとしていることも。
「まぁいいわ……遊びは終わり。これで終わらせるから」
大広間にある全ての剣(その数100近く)が、宙に浮いて俺とシャーロの周りを四方八方に取り囲んでいた。それらは投擲される準備に入っていた。
俺は深呼吸して息を整える。
気がみなぎっていた。シャーロは戸惑っていた。
「ニムト……?いや、あなたは一体……?」
「シャーロ。俺の傍から離れないで」
俺とニムトは言った。
そして100本の剣が次々と投擲される……!!
今……!!
俺達は無我夢中で剣を打ち払っていった。体のスピードに視界が追いつかない。グルグルと回る視界の中で剣の気配を感じとり、次々と打ち払っていく。払いきれない剣は体で受け止める。剣が次々と体を串刺しにするが、不死だから死なない。邪魔に感じたら、体から剣を引き抜き、それを使ってすら他の剣を打ち払う。
何分経っただろうか。
気が付くと俺は大広間の真ん中で佇んでいた。
シャーロは俺の傍で屈み込んでいた。
息が切れる。
「馬鹿な……!!信じられない……!!」
エリスは言った。
シャーロと俺の周りには100本近くの剣が散乱していた。
全ての剣を打ち払っていた。
「これが、俺達の力だ……!」
俺は息も絶え絶えにそう言った。
反動で体が動かない。そして身体から徐々にニムトの気が消えていくのを感じた。
まだだ……エリスを倒すまで……
パチパチパチと音がした。エリスが手を叩いていた。
「君の秘密、ようやく分かったよ。2人居たのね。あなたの中に。一ヶ月近くにいたけど分からなかった」
「片方が不死の加護を得ていて、もう片方の体に乗り移った、というところかな?」
エリスはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
次の瞬間、エリスは俺の体の背後にいた。
「だったら殺す順番を変えるのみ。シャーロ姫から殺すつもりだったけど、君から殺すことにするわ」
エリスは剣で俺の体を串刺しにした。その剣は黒紫色だった。
……おかしい、気が遠のいていく。剣を何本刺されても平気だった俺が。
この剣には何かがある……
「一ヶ月もあって君を殺すのになんの準備もしてないと思った?」
エリスは言った。
「教えてあげる。酒場からの帰り道に盗賊に襲われたでしょ。私もあの場にいたけど。貴方達を襲うように命令したのは私」
「シャーロ姫が目的だったんじゃなくて、貴方が目的だったのよ。ホラ、盗賊は貴方の首を切ったでしょ。あのナイフ、私が後で回収したわ」
「不死の血は貴重でね。解析すればその不死を破る術は見つかるし、殺しの純度を上げることもできるわ。――例えば死の魔眼の威力を上げたり」
「あるところに君の血の付いたナイフを送ってね、作ってもらっているわ、不死破りの毒を」
「この剣には不死破りの毒が塗ってある。まだ不完全だけどね。これで君を殺せるか試してみることにするわ」
体が再生しない。
そして、身体からニムトの魂が消えゆくのを感じる。
死が近づいていた。
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