1-10 神域の鷹

 ハービヒトとエリスは対峙していた。

 俺はその様子をシャーロの傍らで見ていた。


 防御壁の中のシャーロは言われた通り、目をつぶったままだった。


「ハービヒトは……ハービヒトは無事……?」


 シャーロは心配そうに俺に聞く。


「これからハービヒトが奴と一対一で戦います……!」


「そう……」


 シャーロは心配そうに答えた。


 一方、エリスは対峙するハービヒトに言った。


「団長さんからやるのね。少しは楽しめそうかしら」


「……」


 ハービヒトは黙って剣を構える。


「無口な人なんだね。知ってたけど」


 そして


「そうそう。貴方は武人気質でしょう?」


 エリスが尋ねる。


「これから死ぬっていうのに、手加減されるのは嫌だよね?」


「……」


 ハービヒトは答えない。


「だから、死の魔眼も幻影人形も、両方使ってあげる!」


 ……!!


 死の魔眼を使われたら、魔眼が目に入っただけで死ぬ!

 幻影人形を使われたら一対複数の戦いを強いられる!ただでさえエリスを相手にしなければならないのに……!


 一対一で正々堂々、武術をぶつけ合う、という精神はエリスには毛頭ないらしい。


 エリスは右手に握った剣を消滅させ、目を右手で覆った。死の魔眼を使う合図である。


「ハービヒト!!目を合わすな!!」


 俺は叫んだ。


 エリスは目をギンと光らせた。黒い目に黄色く光る紋様。魔眼が発動した。


 ハービヒトは兜を被っており、顔が暗がりになっているので、目線が正確にどこを向いているか分からない。

 しかし、ハービヒトが崩れ落ちたりしていないことから、彼が魔眼を見ていないことは確かだった。おそらく目をつむっているのだろう。


「加えて……これでどう?」


 エリスは指を鳴らした。

 すると周囲の床に散乱していた大量の剣が宙に浮き始めた。

 幻影人形が動き始めたのである。


 宙に浮かんだ大量の剣はゆっくりとハービヒトに向かって動き始めた。


「これで貴方は目を開けることもなく、剣で蹂躪される……これはもう戦いというより、処刑ね。まぁ、私の殺してきた人達はみんな、戦って死んだというより処刑されたって表現の方が正しいんだけど」


 エリスは言った。


「貴様には……否が応でも、一対一の果たし合いをしてもらう」


 ハービヒトはそう答えた。

 そして、呪文(それはシャーロを防御壁で囲んだ時と同じ呪文だった)を唱えた。


 ハービヒトとエリスを囲う領域に壁が展開された。

 ハービヒトとエリスは青い防御壁が囲う部屋に閉じ込められた。

 その部屋の広さは7~8畳くらいである。

 防御壁は光は通すので中の様子が見えた。


 しめた。そう思った。

 これは金網デスマッチのようなものである。

 これでハービヒトとエリスの戦いに幻影人形の邪魔が入らない。

 外の幻影人形は入って来れないし、中で幻影人形を出そうにも、2人が戦うので精一杯の広さの部屋では、返ってエリスの邪魔になるだろう。


 しかし、恐らくハービヒトは目を開けていない。

 これではエリスにやられるだけだ。

 エリスは両手に剣を握り、周囲に4本の剣を展開させている。


「チ……じゃあ、私が直接手を下してあげるよ」


 エリスは一瞬、俺が見た中では不機嫌そうな表情をした。


 防御壁の中で、エリスはゆっくりと右手の剣をハービヒトの首に向けて、その首を落とそうと歩み寄った。


 そし静かに剣をハービヒトの首にあてがい、首を切り落とそうと、剣を横に振った。


 しかし、次の瞬間、ハービヒトは剣でエリスの剣を打ち払った。


「馬鹿な……!?見えているの…!?そんなはずはない……!!目を開ければ……」


 死ぬのだから。


 エリスは今のはまぐれと断じてもう一度剣を振るう。

 しかし、ハービヒトはそれも剣で弾いた。


「俺は目をつむっている。そして


「馬鹿にして……!!」


 エリスが初めて怒った。そして両手の剣と周囲の4本の剣、全部で6本の剣で斬り刻まんと襲いかかった。怒涛の勢いだった。


 ハービヒトはそれを1本の剣で捌いて行く。

 ありえないことだった。


(あれは……相手の気配を感じ取って……動いているんだ……)

 頭の中のニムトが言った。


 剣がぶつかり合う度に激しく火花が散る。


 エリスの両手の剣による斬撃をハービヒトは広刃の剣で受け止める。

 その隙をついてエリスの操る宙に浮く剣(4本の剣の内の1本)がハービヒトを背後から突き刺そうとする。

 それをハービヒトは空中に飛んで避けた。

 彼はそのまま空中で回転しながら広刃剣でエリスをたたっ斬ろうとする。

 エリスはバックジャンプでそれを避けた。

 彼は構わず剣を構えて彼女に突っ込んでいく。

 エリスはさらにバックジャンプで避けようとするがもうスペースがない。

 彼女は背後の2本の剣をハービヒトに向けて発射する。

 ハービヒトは身体を捩じらせ、横に飛んで避けた。

 彼らは再び対峙した。


 その後も剣戟が続く。ハービヒトはエリスと渡り合っていた。目を閉じたまま。


 これなら、もしかしたらやれるかもしれない……!!


 しかし、しばらくしてハービヒトの動きが鈍ってきた。

 ハービヒトの鎧をエリスの剣が掠めることが多くなってきた。


「バテて、来たようね……」


 エリスが言った。そう言った彼女もまた、


 しかし、彼女には掠り傷一つない。

 ハービヒトの広刃剣は大型なので、剣が掠りでもすれば大ダメージを与えることができるだろう。


 しかし、その時は一向に来る気配がない。

 認めたくないが、この状況で優位に立っているのはエリスだ。


 ハービヒトの目が開けてさえいれば……!


「次の斬り合いで終わりにしよう」


 ハービヒトは両手で剣を持ち、刃先をエリスに向ける形で構えた。


「この一太刀で全てを決めるという訳ね。いいよ」


 エリスも両手に剣を持ったまま両腕を交差させて構えた。宙に浮かぶ4本の剣も切っ先をハービヒトに向けた。


 沈黙が2人を包む。


 次の瞬間、ハービヒトが動いた。エリスを突き刺すべく彼女に向かって突進していく。


 しかしエリスは動かない。その顔はニヤリと笑っていた。


 今にハービヒトの剣がエリスを串刺しにせんとする、その瞬間、




 幻影人形……!!



 エリスの操る6本の剣とは別の、7が床から現れハービヒトの腹を貫いたのだ。


 幻影人形はハービヒトが間合いに入ってくるのを待ち伏せていた。


 狭い空間でエリスと幻影人形が同時に動けば、お互い邪魔になる。しかし、エリスが動かなければ、幻影人形に一太刀振らせることは可能であった。


 さらに別次元空間に存在する幻影人形はハービヒトの気配探知でも、捉えることはできない。

 だからハービヒトは腹を刺されるまでその存在に気が付かなかった。


 崩れ落ち、膝をつくハービヒト。


「終わったね。……一瞬でもひやりとしたわ。そんな感情は初めてだったかも」


 エリスは宙に浮かぶ4本の剣を、今度こそ切っ先をハービヒトの首に向けて飛ばさんとしている。


「汚ぇぞてめェ!!」


 俺は怒号した。


「目を開けてればハービヒトは勝ってたんだ!!」


「しかも不意打ちなんて汚ぇ手を使いやがって!!」


 エリスは冷笑した。


「一対一の真剣勝負だなんて誰が決めたの?そちらが勝手に思い込んでいただけでしょ?」


「殺せればいいのよ。人間なんて」


 俺は飛び出していきたい気持ちに包まれた。

 その時、防御壁の中のシャーロが声を発した。


「ニムト。ハービヒトは……ハービヒトはどうなったの……?」


 シャーロは目をつむっているために何が起きているか分からない。


「くっ……」


 俺はハービヒトを助けられない。


 膝をついたままのハービヒトはこう言った。


「ニムト。姫を……」


 ザシュッッ!


 ハービヒトの首に4本の剣が突き刺った。

 ハービヒトは崩れ落ちた。



 ハービヒトが死んだ。


 俺は頭の中が真っ白になった。

 異世界に来て、俺を導いてくれた人。

 ハービヒトは俺にとって、既に大事な仲間だった。

 涙が溢れてきた。とめどなく溢れてきた。


 そしてハービヒトの貼った防御壁が消えていった。シャーロを囲うものも、ハービヒトとエリスを囲むものも両方消えた。術者が死んだからである。


 もうシャーロを守るものはない。


 俺は涙を拭った。


 俺にできること。それはエリスを倒すことじゃない。姫を守ること。


 俺はシャーロの手を引くと大広間の出口まで走り出した。


 こうなったらシャーロだけは絶対に守り抜く。


「人が沢山死んだ日には、赤い月が昇るというよ」


 エリスが言った。


「今日も昇っているね。赤い満月が」


 城の窓から確かに赤い満月が光っているのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る