1-9 蹂躪
エリスは両手の剣と周囲に展開する剣で、戦場を蹂躪していた。
騎士(とわずかな兵士)達は、幻影人形と、エリス、両方に気を配らなければならない。
エリスとの戦いで今までに45人が死んだ。約半数である。
減っていく騎士にも翳りが見えてきた。今残っている騎士達は手練である。エリスに攻撃を加えることはできないが、幻影人形とエリス、両方の攻撃から身を守ることはできた。つまり防戦を張ることはできた。
俺はというと、幻影人形との戦いをなんとか防戦を張ってしのいでいた。しかし、一本の剣を相手するのが限界でとても他の騎士を守ることはできなかった。
エリスの攻撃が止んだ。彼女は死体が散乱している大広間の中央で佇んでいた。
「飽きた。本気で戦ってもいいけど、その前にもう少し数を減らさないとね」
彼女は片手の掌で目を覆った。そして何かを呟く。
ハービヒトがそれを見るや否や、右手を上空に掲げて叫んだ。
「皆!!!目を閉じろーーーーーーーー!!!」
俺も慌てて目を閉じたが、一瞬エリスの目が黄色く光ったような気がした。
(あれは……死の魔眼。俺は、……あれで……殺されたんだ……)
頭の中のニムトがそう言う。
「死の魔眼は見ただけで死ぬ!しかし目をつむっても敵の攻撃が止む訳じゃない!目線を下げて目を開けるんだ!」
ハービヒトが言った。
言われた通りにする。
「姫も目を閉じていて下さい。それと、
ハービヒトが言った。
俺はゆっくり目線を上げてみた。
騎士の数はさらに減っていた。目を閉じるのが間に合わなかった者たちだろう。
シャーロも防御壁の中で目を閉じているようだった。
ハービヒトは兜が暗がりになっていて、目線を落としているのか分からなかったが、4本もの剣(すなわち4体の幻影人形)を相手取っていた。
さらにこうしてる間にも次々と仲間が斃れていく。目線を下げたままでは幻影人形ともうまく戦えないのだ。
「驚いた。やっぱりニムト。貴方には死の魔眼も効かないのね」
エリスは言った。
彼女の目は紅色だったものが、黒目に黄色い紋様が浮かんだものに変化していた。
「やはり不死だからかな。それとも一度喰らって耐性がついたのかしら」
不思議そうに首を傾げる彼女。
俺には死の魔眼は効かない。それは一番エリスと戦いやすいことを意味する。
俺は敵う訳がないと知りながら彼女に向かって走った。
彼女との距離が1,2メートルに迫ったところで剣を振りかぶった。
そして目の前に彼女を捉えたところで、彼女目がけて剣を振り下ろす。
「うおおおおおっーーー!!!」
カキンと音がして剣は彼女の身体に当たることはなかった。
宙に浮いていた剣が剣を打ち合っていた。
彼女の周りに浮かぶ4本の剣の内の一本である。
「この4本の剣はね。私が直接操ってるの。自律稼働する幻影人形とは違ってね。これで初めて私と君が剣を交えたことになるね。でも、君の相手は後でって言ったでしょう?」
すると別の剣が俺の腹につき刺さった。そしてすごい力で後方へふっ飛ばされた。
かはっ………………!!!
俺はなんとか起き上がると腹の剣を抜いて捨てた。
エリスとの距離は10mほど開いてしまった。そして彼女と俺の間には、幻影人形の操る剣が何本も宙に浮いていた。その刃は俺のほうを向いていた。
それは戦う相手を既に失って、手持ち無沙汰になった幻影人形だった。それだけの数の騎士が斃れたことを意味する。
「もっと数を減らすから、それまで幻影人形達と遊んでいてよ」
エリスはそう言うと、エリスの目を見ないようにエリスに背を向けて幻影人形と戦っていた一人の騎士を、剣で串刺しにする。
膝をついて斃れる騎士。
それからも彼女の殺戮は続いた。
残る騎士は20人も居なかった。
「そろそろいいかな。いいよ。本気で戦ってあげる」
エリスは冷笑しながらそう言った。
「いったん死の魔眼は解除してあげる。目線のせいで負けたと思われたくないし。幻影人形も一度ストップ」
カチャリカチャリと音を立てて宙に浮いていた全ての剣が床に落ちた。彼女の周りに浮かぶ4本の剣を除いて。
彼女は目を手で覆った。そして手を離すと彼女の目は紅い目に戻っていた。
「ニムト……!奴が魔眼を解除したというのは……ほ、本当かっ?」
近くにいた騎士がワナワナと震えながら、俺に聞いた。
「本当です。奴の目は紅い色に戻っている!」
恐る恐る目を開ける騎士たち。エリスの目を見てもなんともないのを感じて、ほんの一瞬の安堵する。
大広間の中央に佇むエリス。それを20人近くの騎士が取り囲んでいた。
今全員でかかれば、討ち取ることができる。そんな気がした。
「さぁ、かかってらっしゃい。一対五でも、十でも、二十でも構わないわ」
剣を構えてにじり寄る騎士達。
ハービヒトが忠告を発する。
「何かの罠かもしれん。距離を取った方がいい……!!」
「しかし、団長!死の魔眼を解除してる今が最後のチャンスです!今やらなきゃ、やられる!」
騎士の一人が言った。
他の騎士も「そうです!」「団長!」「団長!」と口々に言う。
「しかしだな……!!」
ハービヒトは焦っていた。
そして一人が
「もう待てません!!うおおおおーーーー!!皆かかれーーーーー!!」
と勝鬨を上げた。
それと同時に皆が一斉に雄叫びをあげながらエリスに向かって動き出す。
八方から彼女に押し寄せていく。
俺も違和感を感じ、彼女から距離を取っていた。
「みんな。ハービヒトの言うとおりにした方が……」
しかし確信が持てないので声が小さかった。皆には届かない。
エリスは至近距離に騎士達の顔が迫っても余裕の表情を浮かべていた。
「愚かなこと。強者との戦いは一瞬で終わることを教えてあげる」
彼女はそう呟くと、その場から姿を消した。
そして一閃。
銀色の刃の光が周囲を薙いだ気がした。
次の瞬間には、血飛沫とともに15個の騎士の頸が宙を舞っていた
あ、あ、ああああああ…………
俺は膝をついた。もう終わりだ。
ハービヒトも少し離れたところで
「馬鹿な……」
と呟いて愕然としていた。
ゴロゴロと床を転がる幾つもの頭。
運良く身を屈めていたりなどして3人の騎士が助かったようだが、彼らは転がる頭を見て、尻もちをつき、ガクガクと震え、戦意喪失していた。
彼女がトッと元居た位置に着地した。
「死の舞。冥土の土産に楽しんで頂けたかしら」
そして戦意喪失してる3人には目もくれず、周りに浮かぶ4本の剣のうち3本をそれぞれ一人一人に発射した。正確に3人の首に剣がつき刺さった。音もなく崩れる3人の騎士。
これで、近衛騎士団は全滅した。俺とハービヒトを除いて。
「さて、そろそろ戦ってあげようか。ニムト、団長さん」
「どっちからさきにやる?二対一でもいいけど、私、一対多数の戦いは得意だよ?」
エリスは言った。
「お前の相手は俺だ」
ハービヒトが言った。
ハービヒトは俺の方を向いて言った。
「ニムト。これが最後になるかもしれん。お前にこれを渡しておく」
ハービヒトはロケットペンダントを渡してきた。
それを受け取る。
「俺が死んだら姫を守るものがいよいよ居なくなる。その時は姫を連れて逃げろ」
「俺も戦うよ!」
「お前が戦うのは
「そんな……」
「そしてニムト。最後にお前に会えてよかった。」
頭の中のニムトに言った。
しかしもう頭の中のニムトは俺の身体を借りて喋る力を持たなかった。
俺の役目はシャーロを守ること。そう自分に言い聞かせて、決心をつけた。
「ご武運を……!」
「ああ……!」
ハービヒトはそう言うとエリスに向かって行った。
俺は距離をとり、防御壁に守られているシャーロの元に近づいて、二人の戦いを見守ることにした。
2人の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
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