1-8 襲撃

 シャーロの誕生日から一週間が経った。


 ベルチカの身体検査が終わり、前線基地に戻ることになった。

 その知らせを聞いて、俺は挨拶しようと城の一室に向かった。


 部屋に入ると近衛騎士2人と、見張りの兵士、そしてベルチカが居た。


「今日で最後なんだって?前線に戻っても頑張れよ」


 俺はベルチカに言った。


 彼女は微笑みながら言った。


「えぇ、だから今日やらなきゃいけないみたいですね」


 両手を掲げるベルチカ。

 すると彼女の両手の上方にどこからともなく2本の剣が現れた。


 両側に居た騎士2人が、何事かと驚く。

 ベルチカは空中に現れた剣をしかと掴むと両手を交差させて剣を構えた。


 彼女に敵意があると見なした騎士達は剣をあわてて抜く。

 しかし騎士達が剣を抜いて構える間もなく彼女は2人を目にも留まらぬ速さで斬った。


 右手で右側の騎士を、左手で左の騎士を交差させた両腕を振り戻すと同事に横に薙ぎ払った。


 両壁に激突する騎士。彼らの鎧は裂け、腹はぎりぎり繋がっているのみで、どう見ても致命傷だった。


 その間、僅か10秒もなく部屋は惨状を呈し、俺の思考は追いつけないでいた。


「敵襲ーーーーーーー!!!」


 見張りの兵士が大声で叫んだ。


 次の瞬間、兵士の喉には太い剣が生えていた。

 ベルチカが剣を兵士の喉目がけて投擲したのだ。


 ゴボゴボと血を吐きながら崩れる兵士。


「どうしたんだよベルチカ……なんでこんなこと……」


 俺は震えながら声を絞り出した。


「……ふふ。まだ分からないんですか?」


 ベルチカは微笑みながら言った。


(……こいつは……ベルチカじゃ……ない)


 頭の中のニムトが言う。


 ベルチカの顔が変っていく。

 まず顔色が変化していく。褐色の肌は透き通るような白色に。髪の毛は黒色から青色に。


 青色の髪は腰までふぁさりと伸びる長髪になった。


 手足は女兵士の鍛えられた手足から、細い人形のような手足に縮まった。


 顔も逞しさを感じられた彫りの深い顔から西洋人形のようなどこか少しあどけなさの残る、少女の顔に変っていく。


 目はぱっちりと大きく、透き通った紅色をしていた。鼻筋が通っている。


 そして衣服は兵士の茶色い戦闘服から、黒いスーツに変わった。胸元には白いシャツが見えている。ズボンも黒いスーツズボンである。


「私がエリス」


 透き通るような声でそう言った。


 その姿は黒いスーツを着た天使のようであった。

 とても大量の人を殺してきた人とは思えない。


「あなたの相手は最後にしてあげる。まずはお姫様」


 微笑を浮かべながら涼しい顔でそう告げる。


「ま、まて。お前がエリスでベルチカのフリをしていたのならば、何故ベルチカの過去を知っていた!?」


 ニムトが俺に代わって喋った。


「ベルチカとかいう女の死体を回収した。幸い頭は損壊していなかったので脳から記憶を読み取った。」


記憶干渉メモリーハッキング……」


 ニムトは呆気にとらわれていた。


「奴を囲め!部屋から出すな!」


 部屋の入口に兵士や近衛騎士が数名到着した。


「私、狭い部屋でやりあいたくないの」


 そう言うとエリスは奥側の壁に向かってジャンプした。空中で一回転すると両足の靴を壁にピタリとくっつけた。そして剣を前方に伸ばしたまま、壁を強く蹴った。水泳のクイックターンのようであった。


 弾丸のように壁から発射されるエリス。彼女は兵士の一人に剣を突き刺したまま、部屋の外へ飛んで行った。兵士は防ぐ姿勢すらとれなかった。


 俺達はエリスを追って部屋を出た。


 部屋の外は吹き抜けになっていて、俺とエリス達が今居た部屋は空中回廊で他の部屋と接続されていた。下には大広間が広がっている。


 エリスは剣で兵士を貫通させたまま、壁に剣を突き刺した。そして剣の柄から手を離し、クルクルと回りながら一階の大広間に着地した。


「ここなら存分にやれる……ふふっそれに姫様も……居た♡」


 大広間ではシャーロが騎士に連れられて、城から逃げようとしている最中だった。近くにはハービヒトも居た。


「シャーロ。俺は今からエリスと戦う。貴方は騎士と一緒に城の外へ避難してください」


 ハービヒトはそう言って騎士2人に誘導させて、逃がそうとしていた。


 しかしシャーロを守る騎士達の前に剣が現れた。

 剣は空中に浮いており、刃をこちらに向けていた。まるで見えない誰かが剣を持ち、構えているかのようだった。


幻影人形ファントムドールだ!エリスの操る見えない幻影がその剣を握っている!」


 ハービヒトは叫んだ。


 剣はシャーロを護衛する騎士達に襲いかかってきた。盾で剣を防ぐ。

 騎士は斬撃を見えない本体と思しきところに入れるが手応えがない。


「これでは防戦一方だ。シャーロ姫を守るどころじゃない!」

 騎士が言った。

 それを見たハービヒトがシャーロを手繰り寄せた。


「俺から離れると返って危険だ!ここでじっとしていて下さい」


 ハービヒトがシャーロに言った。

 ハービヒトはシャーロに手を掲げると、呪文のやうなものを唱えだした。

 すると、シャーロの周りに青い光の壁が生じて四方を囲んだ。


「これは私の出しうる最高の防御壁です。物理攻撃は防ぎますが光は通します。私が右手を挙げて『目を閉じろ!』と叫んだら目を閉じてください。分かりましたね?」


 光の壁の中のシャーロは涙目になりながらコクリコクリと頷いた。


「話は終わりましたか騎士団長さん」


 エリスがニヤリとしながら大広間中央の机の上に立っていた。


 エリスの周りには兵士と騎士団、総勢100名余りが集結していた。


 俺もその内の一人だった。


 日は夕暮れに差し掛かっていた。


 空中に大量の剣が現れた。その数100。


 空中の剣は刃を兵士や騎士達に向けると勢いをつけて落下してきた。まさに剣の雨。


 俺や多くの騎士達は剣や盾で払いのけるが一部の兵士などは避けきれず体に剣が突き刺さった。

 これで5,6名が死んだ。


 払い除けた剣は床に散らばったが、糸で吊るされたように再び空中に浮き上がった。


 それを見えない影が掴むようにして剣は構えられた。 幻影人形である。


 剣の数だけ幻影人形はそこに居るらしかった。


(あの……ときも空中に浮かぶ剣で……俺達の仲間は……殆どやられ……たんだ)


 頭の中のニムトは言う。


 騎士達に剣が襲いかかってくる。もちろん俺の方にも。剣で剣を防ぐことなる。見えない相手と鍔迫り合いをしているようだ。


 ハービヒトは3本の剣とやり合っていた。


「相手の剣を弾き飛ばせ!本体に攻撃は効かん!」


 見えない相手と剣戟を続ける。剣を弾き飛ばせる余裕が中々見つからない。人形とはいえ手練だ。近衛騎士でも中くらいの剣の腕はあるようだ。


 防戦一方の戦いを強いられ、集中力の途切れた騎士から斃れていく。20人が死んだ。


「幻影人形に戦いを任せるのは楽だけど、つまんないんだよね」


 エリスは中央で剣と戦う騎士達を見ていた。


「私も参加しよ♪」


 見えない幻影人形と戦いを続ける騎士は75名余りいた。

 彼らは時たま剣を弾き飛ばし、幻影人形を無力化していた。

 しかし弾き飛ばされた剣は再び宙に浮かび上がり、幻影人形の手に握られるのだった。


「キリがねぇ……!」


 騎士の一人がそう呟いた。


「私も居ることを忘れないでね♪」


 その騎士の傍にエリスが現れた。彼女は剣を振りかぶっていた。


 剣を構える騎士。しかしその剣と彼の体ごとエリスは横に両断した。


「なんという力だ!」


 2つに分かたれた胴体を見て呆気に取られる隣の騎士。彼も次の瞬間には彼女の餌食となった。


 彼女の周りには羅針盤の針のように4本の剣が四方に展開されていた。

 そして近づくものにはピザカッターのように回転して斬り刻むのだった。


 エリスは嵐のように戦場を蹂躪していく。幻影人形との戦いに気を取られてる騎士の命を刈り取っていく。30人が死んだ。 


 夕日が沈もうとしていた。

 そして血に染まった夜が迫ろうとしていた。




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