1-6 訓練と酒。それから

 王家近衛騎士団に俺が見習いとして入団するというのは最初、周囲の兵士達をざわつかせた。


 そもそも王が認めてくれるかが問題だった。


 しかし、王は

「神に祝福された者が、近衛に加わるならば、頼もしいことじゃろう。シャーロの幼なじみでもあるしな」

 と言ってあっさり受け入れてくれた。この王は気分屋なところがある。


 それからハービヒトのもと、厳しい修行が始まった。


 主に剣技の練習。それは如何に相手を殺すか/自分の身を守るか、その練習だった。


 俺は喧嘩だって殆どやったことがなかった。体を鍛えたこともなかった。


 しかし、これはニムトの身体だ。兵士として前線に出ていたこの体はぶよぶよだった前世の俺の体とは大違いだった。

 だから、基礎鍛錬はそこそこで済んだ。


 また剣技についてもズブの素人の俺だが、俺の中にいるニムトの魂がアシストしてくれた。剣を振るとき、僅かな力の入れ具合や、太刀筋などニムトが調整してくれた。

 おかげでスムーズに剣技が上達した。


 模擬刀を使った練習試合でも、訓練が始まって一ヶ月たつ頃には団員の中でもそこそこのレベルに達していた。


 隣国との戦争はどうなったかというと膠着状態のままだった。


 エリスという殺戮兵器を持っているにも関わらず、攻めてこないのは確かに妙だった。


 しかし隣国は元々戦力ではこちらに劣り、技術力でカバーしていた国である。


 エリスも実戦投入されたばかりのホムンクルスだというし、メンテナンスなんかもあるのかもしれない。


 それと、エリスの殺戮現場となった前線基地から1人生き残りが帰ってきた。

 ニムトの他にももう1人居たのだ。エリスに袈裟斬りにされたが、幸い傷が浅く、止血して帰ってきたらしい。

 女性の兵士だった。彼女の証言によりニムトが敵前逃亡した訳ではないことが証明された。


 しかし、すでにニムトの汚名は無いに等しかったのだが……


 ハービヒトは彼女からも情報収集すべく、帝都の城に召喚していた。


 名をベルチカといった。


 ベルチカは褐色黒髪で、大人の女性兵士といった風貌だった。胸元から腹にかけて傷を覆う包帯が巻かれていた。


「ニムト先輩。仲間の敵は必ず討ちましょう」


 すれ違いざまに彼女はこう言った。


 訓練も終わり、今日は久々に城下町で飲もうということになった。

 たまにはハメを外すのも大事らしい。

 近衛騎士団は100名近くいるのだが、ハービヒトととその部下は適当に5グループほどに分かれて各々の酒場に散っていった。

 ハービヒトとシャーロと俺は同じグループだった。ベルチカもいた。


「彼女の傷あとから魔力痕が見つかった。調べれば敵の能力が分かるかもしれない。そういう訳で我々で彼女の身柄をしばらく預かることにした」


 ベルチカがいるのはそういう理由らしい。


「まぁニムト。いろいろあったが飲めよ。飲んで今日だけでも嫌なことは忘れろ」


 酒場で同僚に酒をすすめられる。

 前世では酒はあまり得意でなかったがこの体は得意らしい。

 何杯飲んでもまだイケる。


 シャーロは酒場の隅っこのテーブルでハービヒトを傍に置いて、ワインを飲んでいた。


 そらを傍目で見ているとベルチカがエールを片手に寄ってきた。


「先輩。先輩はいつも敵陣に我先にと向かっていく勇敢な兵士でした。そんな先輩が敵前逃亡だなんてありえないですよ!本軍は前線部隊のことを何も分かってないです!」


 ベルチカとニムトは仲が良かったようだ。頭の中のニムト本人はというと、最近は眠っていることが多かった。しかしニムトしか知らない話を振られたとき、起きていて貰わないと困る。なので時折ニムトを起こしていた。


「私、実は先輩の姿に憧れてて、結婚するなら先輩みたいな人って決めてたんですよ」


「ベルチカ。お前酔ってないか?」


 ニムトはそう言ってはぐらかした。


 すると、

「あ〜〜っ。なんか楽しそうな話してる〜〜」


 快活なお姫様がへべれけとなって絡んできた。


「ニムト昔言ってたよね?君は俺が一生守るって。5歳くらいのとき言ってたよね!?」


 シャーロはワイン二杯ほどで人が変わるようだった。


「だからお控え下さいといったのに」


 ハービヒトは呆れていた。


「私、その言葉ずっと信じてたんだからね。それなのに急にどっか行きやがってこの野郎〜。責任とれ!」


 プロポーズとも取れる言葉に周りの騎士団員達は騒然とした。


「貴公ら!今の言葉は忘れろ!姫は酔っておられる。酔った勢いとはいえ、今聞いたことは他言無用だ!漏らしたものはただではおかぬ!」


 ハービヒトは凄味を聞かせていった。団員たちは震え上がった。誰かに漏らすものは居ないだろう。


 それはそうとニムト、モテモテである。俺は自分に言い寄られる感じをどう捉えていいか分からなかった。モテてるのはニムトであって風間要一オレではない。


 頭の中のニムトは黙っていた。


 そんなこんなで宴会は終わった。

 あとはシャーロをエスコートして城に戻らねばならない。辺りは寝静まり返っていた。


 近道するために路地裏を通ることになった。

 2列で並んで中央にシャーロを挟むようにして進んでいった。しかし酒に寄った騎士達は千鳥足の者もあった。


 その時。立ち並ぶ家屋の屋根裏で動く影があったような気がした。

 そして次の瞬間には何かが音もなく落ちてきたかと思ったら、それらは後列に居た5人の騎士の背後に凄まじい素早さで回り込み羽交い締めにして刃を首筋にあてた。

 その中には俺も居た。今、俺の首筋にはナイフがあてがわれている。


 シャーロは幸いハービヒトの影に隠れていた。


 そいつらは黒ずくめの忍者のような姿をしていた。


「夜盗の盗賊か」


 ハービヒトが言った。


「おとなしくシャーロ姫の身柄を差し出せ」


 盗賊は静かに言った。


「さもなくば、こいつらの命はない」


 ハービヒトは嘲るように言った。


「貴様ら襲う相手を間違えたな。我ら近衛騎士は自らの命が天秤にかけられようと姫の身を渡すことはない」


「ならば死ね」


 盗賊の刃が振るわれた。

 俺の首を刃が切り裂いた。


 ……ああああああああぁぁぁぁぁ!!

 首を熱せられたかのように痛みが走る。


 鮮血を吹き出して倒れる。他の4人の騎士も同様に斃れた。


「ちからづくしかないようだな」


 盗賊は騎士達ににじり寄った。


「貴公らは酔っ払っている。私が一人でやる」


 ハービヒトが騎士達に言った。

 ハービヒトは、シャーロを近くの騎士に預け、剣を抜いた。


「かかれ」

 

 盗賊は手練のようだった。剣戟が続く。しかし一人、また一人とハービヒトに斬り伏せられていく。


 一方その頃俺は、首の痛みが引いてきた。そして首に手をあてがうと、掻っ捌かれた首の穴が塞がっていた。


 ……やはり不死身というのは本当らしい。


 ヨロヨロと立ち上がる。少し貧血ぎみだがなんとかなる。


 盗賊は残り2人となっていた。そして片方がハービヒトに襲いかかると同時にもう片方がシャーロの方に襲いかかった。マズい。


 俺は渾身の力で走り出し、盗賊の両手を掴むと思いっきり後方へ向かって背負投げをした。地面に叩きつけられる盗賊。


 ハービヒトが最後の一人を斬り伏せるのと同時刻だった。


 シャーロは怯えてうずくまっていたが、俺の目を縋るように見ていた。


「我らの仕事は完遂した。やはり上の言った通りだった……」


 地面に叩きつけられた盗賊はそう言うと自らの首を刃で掻っ捌いた。


 …


 ……


 ………


「終わりましたね」


 俺は静かにそう言った。


「今度こそ城に戻ろう」


 ハービヒトが言った。


「やっぱり。やっぱりニムトが助けてくれた」


 シャーロが目をうるませて言った。


「ニムト。ニムトが私を救ってくれる……そんな気がする」


 貢献度で言えばハービヒトは俺の4倍だろ。

 俺は冷静にそう思った。


 ニムトもそんな後ろめたさがあったからシャーロから手を引いたのかもしれない。


(お前が救ったんだ。ニムトおれではなく風間要一おまえが。少なくともそれは誇りに思っていいはずだ。)


 頭の中のニムトは俺に向かってそう言った。


 女の子を救った。それは俺が異世界に来てから、いや、人生を通して初めての経験だった。


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