1-5 三人の関係と今後

 翌朝。城の部屋にて。


(お前は鍛錬を積まなければならない)


 ニムトはそう言った。


(エリスを殺すために)


 ニムトは仲間思いの兵士だったようだ。仲間を殺されたニムトのエリスへの憎悪は半端なものではなかった。


 しかし。

 それはニムトの憎悪である。風間要一おれの憎悪ではない。どれだけエリスが残虐で、ニムトにとって大切な仲間の命を踏みにじったのだとしても、俺には関係のない話だった。


 俺は率直にその事を伝えた。


 するとニムトは


(馬鹿野郎。その半天使とやらの話が本当なら、襲ってくるぞ。アイツは。)


 はい?


(天敵とはそういうものだ。いずれ必ず相まみえることになる。お前が望む望まざるに関係なく、な)


 ……それは困る。俺は生き延びることを第一に考えなくてはならないのだから。


 では、どうする?

 いずれ必ずエリスと戦わなければならないなら、鍛えておくことに越したことはない気がする。


 ……だが、俺は今、不死身だ。エリスだって俺を殺すことはできないんじゃないか?


 しかし、エリスは人間ならば誰でも必ず殺すことが出来るという。言うなれば究極の矛。

 対して俺は不死。究極の盾。

 二つがぶつかればどうなるだろう。


 恐らく精度の高い方が勝つ。


 ならば、俺はエリスとの戦いに備えて鍛えるべきだと思った。エリスを無力化できれば、俺は殺されることはないのだから。


「分かった。俺は鍛錬することにするよ」


 それを聞いたニムトは安心したようだった。そして


(で、鍛錬する場所だが……ここはやめよう。どこか遠くに山籠りでもして……)


「なんでだ。ハービヒトに頼めばいいだろう」


 聞けば、ハービヒトは王直属の近衛騎士団の長らしい。武の腕前においては軍随一らしい。


(それは駄目だ!)


 ニムトはハービヒト、シャーロから距離を取りたがっている。それは傍から見ても(ニムトの身体を借りているので当事者なのだが)分かった。


 三人には何があったんだ?王は三人は幼馴染みだったみたいなことを言っていたけど。


 ニムトは答えたがらなかった。


 こういうときにハービヒトに直接聞くのが早い。戦争中であるが、ハービヒトは姫の護衛として本丸、すなわちこの城に留まっているようだった。 


 近くにいた兵士に頼んで、ハービヒトと会えるように手配してもらった。


 そして午後昼下り、兵舎の中でハービヒトに会えた。シャーロ姫もいた。


「何の用だ」


「折り入って話がある」


「シャーロ。暫く席を外して貰えないか?」


 ハービヒトはシャーロに言った。


「ハービヒトとニムト、最近二人でばっか話してる……」


 シャーロはそれでも渋々了解といった感じで護衛の兵士に連れられて出ていった。


「シャーロとハービヒトはいつも一緒なんですね。」


「生涯に渡り、シャーロに付き添い守ること。それがニムトと昔交わした約束だったからな」


 ハービヒトはそう言った。


 それを聞いて思ったことを聞いてみる。


「三人はどういう関係だったんですか?」

 

「ヨウイチ。ニムトは寝ているのか?」


「起きている」


 ニムトの魂が俺の代わりに答えた。


「あまり、ニムトの前でしたい話ではないのだがな……」


 ハービヒトは言った。

 するとニムトが俺の(今となっては俺の)身体を使って言った。


「俺は寝てるから好きなことを話せ」


 そして


「今後の進退の話になったら起きるから、その時は合図しろ、ヨウイチ」


 と言った。


 ニムトは静かになった。本当に寝たらしい。


 ハービヒトは語り始めた。


「俺達三人は幼馴染みだった」


「それは聞いてます」


 そしてハービヒトの表情は兜の暗がりになっていて伺い知れないが淡々と言った。


「シャーロはニムトのことが好きだった」


 ……え?


「ニムトは武の才や勉学においては平凡な男だったが心の綺麗な奴だった。そんな心根に姫は惹かれた。しかし、ニムトは身を引いた。」


「自分には釣り合ってないと思ったんだろう。姫の事を俺に託して。そして十五のときニムトは俺たちの前から姿を消した。その後、田舎の駐屯兵隊に入隊したという噂は聞いた」


「それっきりだ」


 複雑な三角関係にどう受け入れていいか分からなかった。やがて気になることを聞いた。


「ハービヒトはシャーロのことが好きなんですか?」


「……答えたくない」


 そして


「だが、シャーロは今もニムトのことを思い慕っている」


 …


 ……


 ………


 しばらくの間お互い無言だった。


「それで、ヨウイチ。お前は今後どうしたいか決まったか?」


「俺は……その……」


 ハービヒトの元に弟子入りするつもりだった。エリスとの戦いに備えて、エリスと戦うつもりでいるハービヒトの傍にいることは必然であるように思えた。


 しかし、ニムトの気持ちも知ってしまった。

 ニムトにもシャーロを想う気持ちがあるのだろう。だから距離をとってお互いに忘れようとしている。


 俺は今後三人のことの前にまず、自分が置かれている状況を話すことにした。


 俺が元の世界で死に、神が行うゲームとしてこの世界にしていること、不死の加護が与えられていること、エリスが天敵だということ。


 するとハービヒトは


「ヨウイチ。ニムトを起こせ」


 と言った。俺は


(今後の進退の話になった。起きろニムト)


 と念じてみた。


「俺達の過去は洗いざらい話したみたいだな」


 と、ニムトが俺の(今となっては俺の)身体を乗っ取って言った。

 ニムトは起きたらしい。

 するとハービヒトは


「ヨウイチの話を鑑みるに俺達は共に行動するのは必然のように感じる」


 と言った。そして


「今のヨウイチ、すなわちニムトの身体は不死だ。これはエリスに対する最大の武器になる。俺はエリスを討つつもりでいるから、ヨウイチとニムトには俺と一緒にいてもらわないと困る」


「シャーロのことは……」


 ニムトは俺の身体を使って呟いた。

 ハービヒトは言った。


「そのことを鑑みてもそうだ。お前、魂が5分の1しか残ってないんだよな。しかももうすぐ消えるとか」


 そして


「だったら最期くらいは一緒に居てやれ」


 と言った。するとニムトは静かに言った。


「俺に……その資格があるのか……?」


「まぁいいじゃないか。基本的には俺がこの身体の主導権を握ってるんだし。最期くらい好きだった女の姿を目に焼き付けておけよ」


 俺は言った。


「何を生意気なことを……!まぁ、分かったよ。好きにしろ」


 ニムトは言った。


「決まりだな」


 ハービヒトは言った。


「ヨウイチことニムトを我らが王直属近衛騎士団の見習い騎士として受け入れる!以後我らは行動を共にする!」


 こうして俺は、異世界でハービヒトのもとで鍛錬することになったのだった。


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