1-3 人間殺し
姫は俺の顔を見るやこう言った。
「父様。この者は間違いなく私の旧友、ニムトです。処刑はどうか勘弁してあげて下さい。」
王は言った。
「やはり、我が娘とよく遊んでいたニムトであったか。ニムトよ。懐かしいな。ハービヒトもここにおるぞ。昔はよく娘と其方、ハービヒトの三人で遊んでおったものじゃ」
姫と一緒に居る顔のない騎士はハービヒトというらしい。
ハービヒトは黙って王と姫の間に控えていた。
「しかし、決まりは決まりだ。娘の旧友とて軍法を犯したものを裁かねばならん。処刑は執り行う。」
王は厳かにそう言った。
……マジか。
俺は部屋の隅に佇んでいた兵士に、城の裏庭に連れて行かれた。
「父様!」
裏庭には絞首台があった。台の上に立たされ、処刑人が俺の首に縄をかけた。
首に縄が食い込んだ。
終わってしまう。二度目の生が。
頭の中のニムトは
(すまない。こんなはずじゃなかった)
ブツブツと謝罪を繰り返していた。
そして、足場が引き抜かれた。
ガクンと俺の身体が宙づりになる……!
あ、ああああああ……!!
息が出来ない……!! 苦しい……!!
一瞬で意識が遠のいていった。
もう次の生はないだろう。俺の魂はあの世に行く。
そう思った時、ぷつりと縄が切れる音がした。
俺はドサリと地面の上に落ちた。
……助かったのか?朦朧とする意識の中で姫と呼ばれた女性が駆け寄ってくるのが見えた。
周りは騒然としている。
「死なない!?あの男、死んでないぞ!?」
どうやら一命をとりとめたらしい。絞首刑に使った紐が切れたようだ。
それからは周りの兵士たちの声が騒然と聞こえる。
「これは、どうするべきだ!?絞首のやり直しか、それとも断頭に切り替えるか!?」
「何を言うのです。これは神が、彼に生きろと命じている証拠です。確かに処刑は執り行われました。これ以上、この者の命を奪おうとすることはこのシャーロが許しません!いいですね父上!」
俺の元に駆け寄ってきた姫君はシャーロというらしい。
「確かに、奇跡が起きて、この者は死を免れたようじゃ。我が娘、シャーロにも免じてこの者の処刑は終わったものとする」
……どうやら助かったらしい。
それからというもの記憶がしばらくの間、曖昧になった。
気が付くと城の一室のベッドに横たわっていた。
高層階らしく、窓からは城の庭と城下町が一望できた。
「気が付いたようだな」
部屋の扉にハービヒトという騎士がもたれかかっていた。
「良かった。ニムト。目覚めたのね」
ベッドの傍にはシャーロが座っていた。
「久しぶり。ニムト」
満面の笑みで微笑みかけてくる。
しかし、俺はこの女の人を知らない。どう対応すればいいか分からない。
ニムトに代わってもらおうと頭の中でニムトに話しかける。
(ニムトさんよ。友達なんだろ。姫様の。なんか喋りかけてやれよ)
(俺は彼女にかける言葉を持たない)
ニムトはそんなことを頭の中で言った。
何かあったのか?
結局シャーロの顔を見つめるだけになってしまう。
「……あの、その……」
「?」
首を傾げるシャーロ。にしても美人である。年は20歳を超えた頃。目鼻立ちが整っていて。
シャーロの顔に見惚れていると、扉にもたれかかっていたハービヒトが喋りはじめた。
「貴様、あのニムトではないな」
ぎくりとする俺。
「なんと呼べばいい。貴様のことを」
「何言ってるのハービヒト。彼は正真正銘ニムトじゃない。ほら、部隊証もある」
「まぁいい。ニムトとしておこう。後で話がある。顔を貸せ」
「ところでニムト。これからどうするの。軍は除籍になっちゃったし」
どうするべきだろう。何を目標に生きていければいいのだろう。俺の目的は生き延びること。それ以外にないはずだ。
「日銭を稼いで、何かあっても自分の身は自分で守れるくらいは強くなりますよ」
俺は思っていることを言った。
「軍属だったから家もないんしょう。どう、私や、ハービヒトと一緒にしばらくこの城に住まない?」
思ってもない提案だった。頭の中にニムトがいるとは言え、身を寄せる場所も知らなかった。
「遠慮しておきます」
俺の口が勝手に開いた。厳密にはニムトが俺の体の主導権をとって勝手に言った。
(ちょっと、なんでだよ!願ってもないだろ)
俺は頭の中のニムトに抗議した。
(お前はあの子に関わるべきじゃない)
(これは、もう俺の身体だ。俺のことは俺が決める)
「何か気に病むことでもあるの?」
というシャーロに対して
「少し考えさせて下さい」
と言った。頭の中のニムトは抵抗したが、俺が無理矢理そう口を動かした。
頭の中のニムトと俺の意思が反対の行動を取ろうとすると俺の行動が優先されるらしい。身体の宿主としての優先度は俺>ニムトであった。
「そう。暫くそっとしておいた方が良さそうね。私は席を外すわ」
するとハービヒトが扉を開け、シャーロを部屋の外に案内した。そして廊下に居た兵士を呼び、シャーロの護衛に付かせた。
ハービヒトは部屋の中に居たまま話しかけてきた。
「積もる話がある。お前にも。ニムトにも」
ハービヒトは静かにそう言った。
「まず、お前のことはなんと呼べばいい?」
彼は俺がニムトに憑依していることを見抜いているらしかった。
「要一。風間要一。元の世界ではそういう名前で呼ばれていた。……いました。」
「敬語でなくていい。ヨウイチと呼ばせてもらう」
そして
「ヨウイチ。お前はこの世界で何がしたい?」
「したいことなんてまだ分からない。この世界のことはまだ何も知らないんだ」
「まぁいい。ゆっくりと考えることだ」
そして
「ニムト。ニムトに代わってくれるか?」
ハービヒトはそう言った。
「なんだ」
俺の口が勝手に開いた。ニムトの意思で俺が喋るようだ。
「俺はもうお前たちには会わないつもりでいた」
ニムトが言った。
「こんな形で再会するとはな」
ハービヒトは言った。そして
「1人の敵に前衛部隊が全滅させられたというのは本当か?」
と言った。 ニムトは
「本当だ。しかも姿は年端も行かぬ少女だった。青髪の……。あれは人間じゃない。仲間がバタバタと死んで行った。」
「敵国が対人間用の生物兵器を完成させたという情報が今朝入った。人間を殺すことに特化したホムンクルス。
そして
「お前はどうやって生き延びた?」
「仲間は皆、彼女自身の剣技や、彼女が宙で操る剣の犠牲になった。俺は最後の1人になった。彼女は殺し方を変えるといって目を擦った。」
そして
「すると彼女の目には死の紋様が浮かんでいた。あれは間違いなく死の魔眼だ。彼女は魔眼で俺を睨み殺すことを選んだようだ」
「しかし魔眼は完璧ではなかった。俺の魂は5分の1ほど残った」
「意識が朦朧とする最中、どこからともなく俺の身体に別の魂が宿るのを感じた。それがヨウイチという訳だ。そして持てる力で逃げた」
俺はそれを聞いて初めて経緯が分かった。だからあんな走ってるなかに憑依したのか。
「彼女は俺が道の半ばでくたばったものと思っているに違いない。魂が5分の1になって生き続ける者はいないからな」
「お前の魂、あとどれくらい持つ?」
「分からない。だが、日々力が弱まっているのを感じる。長くはない」
「そうか。安心しろ。仲間の仇は俺が討つ」
「それを聞いて安心した……すまん。安心したら眠くなってきた。しばらく眠る」
そう言って俺の中のニムトは静かになった。
「ヨウイチ。お前はしばらくここにいることだ。明日にでも城下町にでも出てみるといい。お前のやりたいことが見つかるかもしれん」
そして
「お前が別世界から来たこと、シャーロ姫には伝えるな」
そう言ってハービヒトは部屋を出ていった。
ハービヒトか。良い人なんだろうな。
さて、明日から何をしよう?
俺は窓から見える景色を眺めながらぼんやりと考えていた。
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