1-2 ニムトという男
夜道を走る。
逃げる。
周辺には人の体の一部か散乱していた。
俺は死んだ。
なのに走っている。
血の臭いと夜の湿った匂いが鼻孔をくすぐる。
ここはどこだ?
頭の中で声がする。
(いいから走れ!!)
何から逃げている?
(話は後だ!)
お前は誰だ?
俺は気がつくと山道のなかで息を切らして腰を下ろしていた。
俺はこんなに走ったことがない。
3kmは走っただろうか。いやもっとかもしれない。
しかし、身体は思ったほどバテてない。普段の俺だったら3kmも走ることは出来ない。途中でダウンするだろう。
血の匂いは消えていた。
そして人の残骸がフラッシュバックする。
俺は人の死体は葬式の人骨になったもの以外見ていなかったのだが、先程見た人だったもの破片数々はあまりにも現実離れしていて、実感が沸かなかった。
それこそ2桁を優に超える数の人命が失われたことを物語っていたのだが……
気が付くと水のせせらぎが聞こえてきた。
よろよろと立ち上がると水の音のする方へ草根をかきわけて道の外れへ出ていく。
川が流れていた。綺麗な川だった。夜空の星々に照らされて水面に夜天を写していた。
喉がひどく乾いていたので水に顔を近づけたその時だった。
水面に映る俺の顔を見て気付いた。
俺の顔じゃない。
黄土色の髪を後ろに束ねた。彫りの深い顔がそこにはあった。
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
思わず声を上げた。
俺は俺じゃない。
俺は風間要一じゃない。
(やっと分かったか。)
声がした。
俺は声の主を探して周囲に向かって叫ぶ。
「誰だ!どこにいる!」
(俺はお前の頭の中にいる。あいつは追ってこないみたいだな。)
「お前は誰だ?」
(今お前が宿っている体の主だよ。……元な)
俺は思い出した。元の世界で死んだあと、グレイという天使に出会ったこと。
そして別世界の別の人間として生きるという選択肢をとったこと。
その別の人間というのがこの身体か。
なるほど。少し分かってきた。
じゃあ転生は成功したという訳か。
「お前の名前は?」
(ニムトだ。そしてこれからはお前の名前になる)
「そうか。だが慣れるまで風間要一で居させてくれ」
俺は虚空に向かって喋っていた。
(カザマヨウイチというのか。変わった名だな)
ニムトと名乗る男の声は渋みがあった。
「で、ニムトさん。お前は誰なんだ?自己紹介してくれ。そしてさっきの山道で見た死体の山はなんだ?」
(俺はしがない国の一般兵だ。今戦争中でな。最前線基地だったんだよこの山は。そしてさっきの死体はすべて俺の味方の軍隊のものだ。)
「命からがら逃げてきた訳だ。圧倒的なんだな敵軍は。」
ここで疑問が生じる。戦争があったのは分かるが、何故死体の山をすべて味方の軍のものと決めつける?戦争ならば敵軍の死体もあるはずだ。
「敵の数は?」
(聞いて驚くな……1人だ。)
俺は言葉を失った。1人で、あれを……?
(敵は1人の女。青髪の魔女だ)
はぇ~。異世界ならそんなこともあるのね~。
俺はそれくらいのテンションで聞いていた。
(ヨウイチ。俺はお前に、仲間の仇を討ってもらいたい。)
…
……
………
…………無理。
無理無理無理無理。
俺は生き残るためにこの世界に来た。
それを、敵軍を簡単に大勢細切れにするような奴と戦えと?
無理無理無理無理無理無理!!
(すぐにとは言わん。修行を積め)
「悪いが他を当たってくれ」
(俺はもうじき消える!あの女に呪死の魔眼で睨まれた。死ぬはずだった!だが死ぬ寸前にお前の魂が入って来た!天啓なんだよこれは!)
「俺は異世界で生き残るために来たんだ。自ら死ぬ可能性が高いことに挑戦するのはノーサンキューなんだよ!」
(まぁいい。時間はある。後衛基地まで戻るぞ)
遥か遠方に灯りが見えた。取り敢えず俺達はその灯りのふもとまで戻ることにした。
歩いて1時間。後衛基地まで辿り付いた。
味方の兵士が駆け寄る。
「ニムトか。他の味方はどうした?」
「死んだ」
俺の意思とは無関係に言葉がでた。恐らくニムトが声を発せさせたのだろう。
「お前1人か!?とりあえず中に入れ」
その夜は兵舎で簡素な食事を済ませ、タコ部屋の三段ベッドの中段に寝ることになった。
(事情聴取は明日行われるだろう。俺が代わりに答えるからお前はじっとしてればいい。)
◆◇◆◇
次の朝。尋問部屋で事情聴取が行われることになった。
「つまり、敵方は1人で、うら若き女だったと。」
「そうだ」
「そいつに自軍の前衛部隊がものの短時間で全滅させられたと」
「そうだ」
「バカも休み休み言え!!」
聴取官は机を叩き、怒声を浴びせた。
「貴様!さては攻めてくる敵軍を前に怖気づいて逃げ出したな!?そして自分だけ生き残ったふりをして戦線から離脱しようとしているな!?」
「何をバカな!私は仇を討ちたい気持ちでいっぱいですよ!」
あれ〜ニムトさん?なんかマズい方向に話流れてません?
「なら何故貴様だけが無事でいられたんだ!?」
「私は死の魔眼で見つめられたんです。そして死んだんです!」
「なら何故生きている!!」
ニムトは確かに死んだ。そしてその魂の穴を埋めるように俺の魂がニムトの身体に宿った。今喋っているのはニムトの魂の残滓のようなものだという。そしてそれもそのうち消えるという。
「貴様は軍法会議行きだ!」
尋問はそれで終わった。俺は3日かけて帝都に連行される運びとなった。
それからというもの、ニムトの心の声は小さくなっていった。
(俺があいつを殺さなきゃ駄目なんだ…駄目なんだ…)
何を聞いてもニムトはブツブツと言うだけであまり反応してくれなくなった。
帝都に着いた。
戦争は敵軍の攻めが止んだことで膠着状態となっていたようだ。
帝都の城は石積みの立派なものだった。城のホールに案内された。日本の一軒家なら4軒は入る。そんなホールにて。
巨大な長机が部屋の中央に置かれおり、その真ん中に位置する椅子に座らされた。
長机の端っこには判事と思われる人が座っており、そして長机から離れたところには玉座があった。
サンタクロースのような髭を蓄えた恰幅のいい男が座っていた。髭の間から見える顔の彫りが深く、皺が年季を物語っていた。おそらくこの国の王なのだろう。
「この者は我が国に見を捧げることを誓った兵士にも関わらず、敵の前から逃げ、戦線を離脱しようとした罪を犯したものです。よって規定の軍法に乗っ取り極刑に値するものと存じます……王の意見や如何に?」
判事が述べる。
これはやばい。さっそく俺の第二の人生が終わろうとしている。
王は俺の顔をじっと眺めていた。
「王?」
判事は王の機嫌を伺うように聞く。
「……ん?いや、其方の顔、どこぞで見たことあると思うてな。」
王は俺の顔を見て言った。
その時、ホールのドアが突如として開かれた。
若き女性と全身に鎧を纏った騎士が入ってきた。
女性は華美すぎず質素でもない、歌劇団の主役が着ていそうな動きやすいドレスを着ていた。茶髪の髪を後ろにまとめていた。活発そうであるが明らかにやんごとなき雰囲気を漂わせている。
追従する騎士は顔が暗がりになっており、表情を伺いしれない。その者の周囲には威圧感が漂っていた。
女性が俺の方に駆け寄ってきて顔を確認してから
「やっぱりニムトよ!ニムトだわ!」
と言った。
(あ、姫)
ニムトが頭の中でポツリと言った。
どうやらニムトとこの姫とやらは知り合いらしい。
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