第35話 拭いきれぬ違和感

「アイツがやったのか!?」

 俺はソイツの方を睨みつけ正体を確認しようとする。

「ニヤリ♪」

 だがソイツは薄気味悪い笑い口を浮かべると、そのまま闇の中へと消えて行ってしまった。

 

「(何なんだよアイツは? 弓使いなのか? 敵なのか……それとも味方なのか?)」

「ごほっごほっ」

 そんなことを思っていると女の子は口から血を吐き散らしていた。


「おい! 大丈夫かよ!!」

 俺は急ぎ穴の空いた彼女の胸元へと両手を押し当て圧迫止血をする。

「なによ……今更私の心配するって……いうの? ……アナタは? ごほっ……まったくどこまでも甘ちゃん……なんだからね」

 俺は彼女を抱き寄せ自分の胸元へと頭をもたれかけさせ、楽な体制にしてやった。


「最後だから……アンタに……忠告……ごっ……しといてあげるわよ……ぅぇっ」

「もういいから喋るな! ほんとに死んじまうぞ!?」

 彼女の胸にはたった1本の矢しか受けていなかったが、背中から心臓付近を貫通しており、誰の目に見ても彼女が助からないことは理解できる。


『(すっ……すっ)』

 口から血を大量に吐き出し、もう声があまり出せない彼女は弱弱しく二回右手で手招きをすると自らの口元へ耳を傾けろっと手で示した。

「何だよ? 何を言いたいんだよ!?」

 俺は彼女の口元へと近づき、その小さくなった声を必死に聞こうと耳を傾けた。


「チュッ♪」

「えっ? 今のって……」

 いきなり右の頬に軽い口づけをされてしまい、俺は戸惑ってしまった。

「私に……優しくしてくれた……お礼よ……これくらいしてもいいでしょ? ほら耳を傾けて……」

 彼女はそういうと口元に耳を近づけるよう言ってきた。そして抱きしめている俺の胸元の服をその血だらけの手で痛いぐらいに握りながら、こんな言葉を口にするのだった。


「アナタの本当の敵・・・・は……近くにいるわ……それも……善人ヅラ・・・・して……笑いながらね……ごほっ……だから……気をつけなさいな……それと……誰も信用してはいけないわ……」

「ああ、分かったから! もう喋るなよ」

 彼女は言葉を口にするたび血を吐いていた。俺は止めようとしたのだが、自分の死を悟っているのか更に忠告の言葉を続けていた。


「アナタの正体はきっと……もう一人の・・・・・……なのよ……だから……アナタならこの世界を……救えるはずなのよ……だから頑張っ…………」

「もう一人の……者だって? 『もう一人の……しゃ』って何なんだよ!? それが俺の正体なのか? 言うなら最後まで言いやがれよ! それに俺がこの世界を救えるのかよ! おい? しっかりしろ、おい!!」

 だが彼女は俺の胸の中で息絶えてしまったのだ。そして彼女の全身が光だし、やがて強い光が放たれると静音さんのように光の泡となって消え去ってしまったのだった。


「ぅぅっ……ここは? ……っ!? 魔王は? 魔王はどうしたというのだ!!」

 どうやら天音が先程の攻撃より気が付いたようだ。そして状況を逸早く確認するため周りを見渡していた。

「き……きゅ~っ?」

 それに続くようにもきゅ子も意識を取り戻し、各々自分が置かれている状況を『パッパッ』っと手で触り、体に怪我がないか確かめていた。


「(みんな怪我もなく無事だったんだなぁ。もしかしたら彼女は最初からこうなる事・・・・・・・・・を解っていたのか? だから攻撃の手を緩めてくれたのかもしれない……)」


「天音。魔王は死んだ。それに他の敵も、な」

 俺は静音さんの事を敢えて『魔王』と呼んだ。結局彼女は『魔王』であり、そして敵だった・・・・わけだし……だが何故だか釈然としない思いだけが心の奥底で沸き立つのを自覚する。

「そうか……きっとキミが倒したのだな! あっ……いや、すまなかったな。私は勇者なのに何の役にも立てなくて……」

 天音は最初こそ魔王が死んだことを喜んでいたがそれに自分が何の役にも立てず、また静音さんが死んだことを喜んだ自分に恥じたのかバツの悪そうな顔な顔をしていた。


「とりあえず街に戻らないか? キミも私達も見えないところを怪我しているかもしれないし、それにキミは勇者であるこの私ですら成し遂げられなかったあの魔王を倒したのだから、胸を張って街へと帰ろうではないか!」

「もきゅ!」

 天音のその提案にもきゅ子賛成するように頷いた。そして俺は『ああ、そうだな……』っと言われるがまま街へと帰ることに賛成した。


 そうして俺達は当初の目的である『魔王討伐』を間接的・・・に成し遂げることができた。街へ向かう途中、俺の姿を見た天音から『なんだキミ、そんな血だらけで……もしかして怪我をしたのか!? この場で治療をしなくてもいいのか!』っと激しい剣幕で言われたが、『俺の血じゃねぇよ……』っと言うと、『ああ……魔王のヤツのか』っと納得をした。


「…………」

(これは一体どうゆうことなんだ? 天音ももきゅ子も魔王が……静音さんが死んだって言うのに何でこんなに意気揚々としてやがるんだ? まるで静音さんが死んだことを心の底から喜んでいる感じだぞ。……おかしいよな? 何かが……)

 俺はこのとき天音達の態度から得も言えない拭いきれぬ違和感・・・・・・・・を感じて取ってしまっていた。


『わーわー♪ パチパチ、パチパチ♪』

「「「勇者様そしてご一行様! 魔王討伐おめでとうございまーす♪」」」

 城を出てすぐ目の前にあった街に入ると、街の人達が今か今かと全員で待ちわびており、大歓迎で魔王討伐を見事果たした俺達を割れんばかりの歓声と拍手で出迎え歓迎してくれていた。


「おおっこれは凄いな! まるでこの世界すべての人が集まっているようだぞ!」 

「きゅ~♪」

 天音達はその人の多さと騒がしいほどの歓声に応えるように手を振ったりお辞儀をしたりしていた。

 「…………」

 だが当のオレはというと無言のまま俯くだけで、正直何もする気にはなれなかった。


「兄さんついにやりましたんな! まさか兄さんらだけで魔王を倒せるとは、ワテも思っていませんでしたんで! 姫さんもよく頑張りましたなぁ~♪」

 ジズさんが俺達に向けてそんな祝福の言葉をかけてくれる。

「んだんだ。まさかおめえらだけで魔王さ、倒しちまうなんてオラもビックリしちまったぞ」

「まさか『村人C』が魔王を倒すとは……明日は雨か?」

 歓迎している住人の中にはあの農夫のおっさんや、門番の人達も俺達を祝福しに駆けつけて来たみたいだ。


「あれれ? お兄さんは一体どうしたの? お兄さんだけ何だか暗いようだけど……」

 ジャスミンは魔王を討伐して喜んでる最中、俺だけが落ち込んでいる様子が気になったようだ。

「実はな、ジャスミン……」

 だがなんと説明してよいのやらと迷ってしまう。まさか俺達の仲間の中に魔王が居たなど口が裂けても言えるわけがないのだ。


「おーいキミ達~♪ 豪勢な料理が用意されてるぞ~♪ 早くしないと私がすべて食べてしまうからな~」

「もきゅ~♪」

 天音ともきゅ子は魔王討伐歓迎の料理を食べながら笑っていた。そしてジャスミンに『ボク達も行こうよ兄さん♪』っと手を引っ張られ、住人が歓喜して笑っている輪の中へと連れて行かれた。そこでは俺がこの世界に来てから出会った全員がいて、みな一様に魔王討伐を喜び料理を食べながら笑顔になっていた。


 だがしかし、そこにはあの人の姿だけは無かったのだ。みな静音さんを忘れたように振る舞い、俺にはなんだかそれが気持ち悪い感情に思え『疲れたから休みたい……』っとジズさんに断りを入れて宿屋の一室を借り眠ることにした。眠れず無理矢理目を瞑るが、静音さんとあの女の子の最後の姿と言葉、そして血の匂いを思い出してしまい結局一睡もできないまま朝を迎えてしまう。だがこのとき、俺の疑念が確信へと変わるとは思いもしなかったのだった。


『誰も信用してはいけないわ……アナタの本当の敵は近くにいるわ。それも善人ヅラして笑いながら・・・・・ね……』

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