第28話 リアル異世界メシの脅威

 ぐ~っ。そしてタイミングよく俺のお腹が鳴ってしまう。

「あっはははっ。わ、わりぃな。実は昨日から何も食べてなくてさ……」

 俺は少し恥ずかしくなり言い訳しながら笑ってしまう。


「にゃははっ。いいよいいよ。ちょうど仕込みも終わったところだったしね。なら、みんな好きな席に座って待っててね!」

 ジャスミンは急ぎギルドの奥まった場所にある厨房に戻って行き、俺達の飯を用意してくれるようだ。


「ふむ。ならこの厨房から近い席に座るとするか!」

 何事も力強い天音がこれまた力強く厨房付近のテーブルを陣取り椅子に腰掛けた。それに続いて静音さんもいつの間にか天音の隣に座っていた。


「(い、いつの間に? あれ? そういやもきゅ子は?)」

 ふともきゅ子の姿が見えず探すともきゅ子は椅子にしがみ付き必死に登ろうとしていたのだ。正直椅子は人間用なのでいくらドラゴンと言えどまだ子供のもきゅ子の身長よりも高く、また短い手足では登るどころか椅子の足にしがみ付くことしかできないようだ。


「ほらもきゅ子、っと。これでいいか?」

「もきゅもきゅ♪」

 俺が抱きかかえ椅子の上に座らせてやるともきゅ子は嬉しそうに短い手足を振っていた。たぶんもきゅ子なりの感謝の印なのだろう。そんなもきゅ子に癒しを感じていると厨房にいるジャスミンから声をかけられる。


「みんなもうちょっとだから待っててね~」

 どうやらスープを温めているのか、野菜を煮込んでいるような独特の美味しそうな匂いが漂ってきた。俺は空腹に耐えかね厨房に行きジャスミンの様子を窺う事にした。


「うにゃ? お兄さんどうしたのそんなところから覗いて……ってあ~! 今お皿に取り分けてるからもうちょっと待っててね」

 ジャスミンから腹が空いて様子を見に来たのだと瞬時に見抜かれてしまい、恥ずかしさからこんなことを申し出る。


「俺も手伝うよ。皿を運ぶくらいなら出来そうだしな!」

 既に取り分けて置いてある深皿を二枚両手に持つとジャスミンの返答を待たずにテーブルへと運んでゆく。


「あちちっ!? 熱いなこのスープ!?」

 スープは無色透明だったが中身は白菜みたいな白い茎に緑色の葉が付いた野菜と人参やじゃがいもなどがふんだんに入っている。スープ表面からは温かそうな湯気が立ち昇り空腹な俺の胃をより刺激していた。


「持ってくるのが遅いぞキミ! ダンダン♪」

「もきゅもきゅ♪ タンタン♪」

 皿を持ちながらテーブルに戻ると行儀悪くも天音が両手でテーブルを叩いていた。それを真似するかのようにもきゅ子も短い両手で叩いている。もきゅ子では力不足なのか、天音と比べると音が軽かった。


「(行儀悪っ!? ほんとにコイツらお嬢様なのかよ? しかも叩く音を口で言うんじゃねぇよ)」

 ここでもアニメ化を意識した制作費削減(コストカット)の為に効果音は導入せず、声優さんの声セリフとして組み込まれていた。そんなことをお構いなしに無視しながら、天音ともきゅ子の前にスープを置く。


「ほらよ! ご所望のスープだぜ!! た~んと飲みやが……」

「ゴクゴク……うま~っ♪ 野菜の甘味が出て美味しいぞ、このスープは!!」

 俺のセリフ途中にも関わらず、天音はスプーンも持たず皿を口元に持っていくとそのまま飲んでいたのだ。もはやマナーもへったくれも無い。

「みんな、お待たせお待たせ!」

 ジャスミンが残り二皿を持ち厨房からやって来た。


「ジャスミン、おかわり!」

 天音はもう飲み干したのか、空の皿をジャスミンへと差し出しておかわりを希望していた。その飲みっぷりはもはや野生であり、俺から見れば『野生の婚約者候補(フィアンセ)』と言ったところだ。そしてチラリッと静音さんの方を盗み見ると『私には構わずお先にどうぞ』っと言った顔をして肩をすくめ両手を広げていた。


「わわっ! もう飲んじゃったの!? 今おかわり持ってくるからね! ついでにパンも~」

 再びジャスミンは慌てながら厨房の奥へと消えていった。俺はせっかくジャスミンが持ってきてくれたスープを飲むことにした。正直いつぶりの食事になるかすら覚えていない。そしていざスープにスプーンを入れ飲もうとした瞬間、もきゅ子の食べる姿が目に入った。


「もきゅ! もきゅ!! きゅ~きゅ~っ」

 短い手でスプーンを握っているもきゅ子。しかもスプーンの窪み部分を上にしているため上手くスープをすくえないようだ。そして『何で全然飲めないの?』っと悲しそうな鳴き声を出して落ち込んでいる。そんな姿をカワイイヤツめ! っと眺め、そして食事を手伝ってやることにした。


「ほらもきゅ子。貸してみ」

 俺はもきゅ子の右手からスプーンを奪い取り、飲まさせてやることにした。

「き、きゅ!? きゅぅ! きゅ~!!」

 だがもきゅ子は自分の分が取り上げられると勘違いしたのか、必死に『返して、それを返して!』っと椅子の上で飛び跳ねている。


「ちげぇーって、もきゅ子。ふぅーふぅーっ。ほ~ら大きく口開けてみ」

 俺は皿からスープをすくうと舌を火傷しないよう息を吹きかけ冷まし左手を手皿にしてもきゅ子の口元へ寄せてやる。最初もきゅ子は『これは?』っと不思議そうな顔をみせていたが俺の意図が伝わったのか、口を開けてくれた。


「美味しいか、もきゅ子?」

「もきゅもきゅ♪」

 もきゅ子はとても美味しそうにスープを飲んだ。そして何度目かのスープを飲ませていると厨房からジャスミンが皿にパンを載せて出てきた。

「はい、お待たせ。これがお待ちかねのスープのおかわりとぉ~っ、これがパンだよ♪」

 ジャスミンは器用にも右手にスープ皿を持ち、左手にパンの皿を二枚と更には両腕にニ皿を載せていた。


「すっげーなジャスミン。よくそれで皿落とさねーよな」

 ファミレスの店員ばりに器用にも皿を持ち運んでくるジャスミンに感嘆の声をあげてしまう。

「うにゃ? ああ、お兄さんこんなの慣れだよ慣れ」 

 然も平然とジャスミンはそう言いのけると天音から順に皿を置いていった。


「おっほぉ~♪ 来た来た♪ ……まぁどうやらスープの中身は野菜だけで肉の欠片も入っていないんだが、贅沢も言えないしな」

「(何か天音がスープの具材について文句言い出してんだけど、しかもあからさまにテンションだだ下がりになってやがるし)」

 スープを一杯飲んだことで冷静に分析する余裕が出来たのか、天音は肉が入っておらず野菜オンリーのスープをディスっていた。俺ですらまだ一口も口を付けていないと言うのに何たる傲慢さなのだろうか。


「ご、ごめんね~お姉さん。余り物しか出せなくて……」

 ジャスミンの顔はやや影を落とし、しょんぼりとしていた。

「いや、ジャスミンは悪いわけではないのだぞ。勇者なのだからこの世界の戦禍くらい知っているのだ。それなのに……私は少し贅沢なのかもしれないなぁ」

 さすがに悪いことを言ったと思ったのか、天音はすぐさま反省の言葉を口にしていた。そして誤魔化すように『もきゅ子の世話は私に任せてキミも食べろ!』っと天音なりの気遣いなのか、俺にも食事をするように勧めてきた。


「よしっと。じゃあいただきま~す♪ ズッ……う、ん?」

 すっかり冷めてしまい温かいとは言い難いスープからいただく事にした。だが一口飲んだ瞬間言葉を詰まらせてしまうことになる。きっとこれを読んでる読者は『これは美味い!!』とか『人生でこんなに美味いスープは飲んだことねぇよ!?』なんて感想を期待させて悪いとは思うのだが、現実はそうではなかった。何故ならスープの味がまったくしなかったのだ。


「ゴクン……ズッ」

 俺はどうにか味が無いスープを飲み込み、一口目は何かの間違いだと思いながら二口目を口に運んだ。だがやはり味はしなかった。今度はすぐには飲み込まず、舌先で味わうようにスープの口の中に留めて置く。するとほんのかすかに『塩の味』と『野菜の甘味』がしているような感覚になってきた。


「(スープに味はあるのかもしれないけど……すっげぇ薄い。薄いことだけは確かだわ。この味を例えるならそう『死にたくなるような味』って感じだな。そんな表現をしてしまうくらいマズイ。マズすぎるわ)」

 そんなマズさを噛み締めるようにどうにか飲み込む。よくよくスープの中を覗き見れば野菜の身の部分はちゃんと入っているのだが、他にも人参やじゃがいもなどの皮や葉物野菜の芯までも混じり入れられ肉などは一欠けらすらも入っていなかった。


「(最近よくさぁ異世界モノでありがちな『メシうま』とかあるだろ? やっぱりアレってありえねぇことだわ。そもそも住む世界が違うんだから食文化も味覚も違うのは当たり前なんだよなぁ。だから『異世界に来て食べ物が美味い!!』なんてのは御伽噺みたいなものだろ……違うか?)」

 もしかしてマズイのは俺のスープだけなのか? っと思いそっと静音さん目線を差し向けてみる。


「スッ……」

 静音さんは姿勢正しくまた音も無く奥から手前へとスプーンを運びスープを飲んでいた。それは食事マナーに適った理想であったのかもしれない。静音さんからの表情ではスープの味の判断が付かず、もきゅ子の世話をしている天音へと目線を送る。


「あっこらそんなに暴れるな、もきゅ子!」

「もきゅもきゅ♪」

 だがもきゅ子は美味しそうにスープを飲んでいる。ひょっとして俺の味覚がおかしいのかな? っと首を傾げると背後からジャスミンが声をかけてきた。


「お兄さんどうしたの? 美味しくないの?」 

 ジャスミンは表情を曇らせながら、味の良し悪しを聞いてきた。

「あ、いやそうゆうわけじゃねぇんだけどさ、何かこのスープ俺には少し薄味に感じるんだわ」

「えっ? そうだったの!? ちょ、ちょっと待っててね」

 ジャスミンは走って厨房に戻ると何かを手に持ち帰って来た。


「はい、パッパッっと。どうぞ召し上がれ♪」

「へっ?」

 あろうことかジャスミンは指先に摘んでいた二粒程の塩をスープに入れてくれた。

「え、え~っと……」

 俺はその塩の量の少なさに驚きを隠せない。対するジャスミンは『何で食べないのお兄さん?』っと今にも泣き出しそうな表情で俺の顔を見つめていた。それが何だか居た堪れなくなりスプーンですくい口に含む。


「……う、美味いよジャスミン。ありがとう……」

 正直『全然味変わってねぇよ!!』っと言いたかったのだがジャスミンの手前、顔を引き攣らせながら感謝の言葉を口にした。

「そう? 良かったぁ~♪」

 不安そうだったのが嘘のように笑顔を見せてくれるジャスミン。


「(こんな笑顔のジャスミンに言えるわけねぇよ。全然味が薄いからマズイなんてさぁ)」

 俺はスープの不味さを誤魔化すためパンに手を伸ばした。『まぁ例えスープが不味くてもパンなら大丈夫だよね?』などと思い込んでいた数秒前の俺がいた。なんでこんな表現をしているかというとパンを握った右手の感触は『かったっ。これほんとにパンなのかよ? 岩とかじゃなくて?』だったのである。グッっと右手に力を入れ握ってもまったくパンの形を変えることができない。それほどに握っているパンは硬かったのだ。

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