第29話 冒険者達の休息と鈍器パンの罠
『こんな硬いパンを食べるのかよ……』っと思い天音に目を向ける。ちょうど天音もパンを食べている最中であった。ブッ……ッ。天音はまるで固い干し肉を噛み千切る、いやゴムを千切るような音を立てて食べていた。それはとてもパンが千切れる音ではないと感じてしまう。
「もむもむもむ……ごくんっ。ふぅ~ジャスミンのヤツめ、これはおごったな。このように数日前に焼いた軟らかくて美味いパンを店で出しているとはな!」
天音は口に入れたパンを何度も咀嚼するとようやく飲み込みそんな言葉を口にした。
「(ええっ!? 何で天音は普通にパンに食らいついていやがるんだよ。それに数日前に焼いたんだよな? そりゃ硬いに決まってるよ。もはやこのパンは武器だぜ武器。『
俺はそのパンがほんとに鈍器かどうか確かめる為テーブルの角で叩いてみる。
コンコン。それはとてもパンが奏でた音とは思えない、まるで軽金属のような音が返ってきた。
「あれーっ? お兄さんパン食べないの? もしかして嫌い?」
先程からずっとパンを握ったまま迷っているタイミングでジャスミンからそう声がかけられる。さすがに普段温厚な俺でも『こんなクッソ硬いパン食えねぇよ!!』とは言えなかった。何故なら……
「うるうる(ちらっ)うるうる(ちらっ)」
ジャスミンは今にも泣き出しそうな顔で俺と握られた硬いパンを交互に見ていたのだ。
「(言えるわけねぇよ。そんなこと言ったらジャスミン泣いちまうもん。どうする? どうすればいいんだ?)」
『ジャスミンになんと答えますか? 以下よりお選びください』
『こんなクソっ硬いパンなんか食べれねぇよ』ジャスミンを泣かせます
『これ観賞用なんだろ?』はっ?
『俺今からコレを持って魔王倒すための旅に出るわ!』パンを武器として装備できるようになりました♪
「(ほんとクソ選択肢しか出ねぇな。大体観賞用のパンって何だよ? 絵描き御用達でもねぇのかよ! しかも補足説明で『はっ?』は、ねぇだろ『はっ?』ってのは。あとさ、三つ目の選択肢。確かにこのパン硬いよ、そりゃ将来は鈍器のように武器的ポジションを得られるかもしんないよ。でもな、その
何気に三つ目の選択肢に目を向けると隣から『ジャラリッ』ってわざとらしくモーニングスターの鎖の音をさせてんだぜ。そもそもこのクッソ硬いパンでどうやって攻撃すんだよ。あれか? 口に突っ込んで相手窒息させるとかそんな効果があるってのか?)
そうして俺はジャスミンを泣かせないように無駄な選択肢と補足説明を
「いや……う、美味そうなパンだなぁ~って見てたんだよ。それにほら一つしかパンねぇだろ? だから大事に食べようと思ってさ……」
(俺にこれ以上の
「あ~そうだったんだぁ~っ! ごめんねお兄さん。パン一人一つしかなくて……」
俺の悲痛な心の叫びが届いたのか、泣きそうな顔をしていたジャスミンは笑顔になりどうやらなんとか誤魔化すことに成功したようだ。
「じゃあ、夜にはちゃんと一人二つずつのパンが食べれるよう
ジャスミンは満面の笑顔で夜もこの鈍器パンを二つも提供してくれると言ってくれた。
「あ、ありがとうなぁージャスミン……」
俺が口に出来るのは御礼の言葉はそれだけだった。『ぐぅ~っ』変にスープを二口ほど飲んだせいか、空腹の胃が活発化してよりお腹がすいて音が鳴ってしまう。
「(こんなのでも食べねぇと死んじまうよな……)」
空腹で死ぬよりはマシだ……っと硬い鈍器パンに食らいついてみる。その瞬間『ガッ!』っと上下の歯からとてもパンを噛んだとは思えないほど硬い音が聞こえてきた。そしてそのあまりの硬さに俺自身も硬直してしまう。
「(こ、こんなの食べれるのかよ。そういや天音も手で千切って食べてたよな? なら直接鈍器パンに食らいつくのは間違いじゃねぇかよ……)」
些か気付くのが遅れたがまだ致命的ではない。下手をすれば歯が欠ける、いや簡単に折れてしまっても何ら不思議ではないほどの硬さであった。
「(歯がすっごく痛いよぉ~。食べ物食べてこんなに歯が痛くなるなんて初めての体験だわ。こんなのまともに噛んだら食べ終わってる頃には床一面に歯がバラバラって抜け落ちちまうよ)」
鈍器パンとの初体験を済ませるとその痛みから逃れるよう噛み千切れないパンから口を離した。そして静音さんはどうやって食べてるのか気になる目線を向けると、チョンチョンっとスープにパンを浸し十二分に柔らかくして口に入れていた。俺も真似してみようと意気揚々とパンを両手で掴んだのだが、目線の先に信じられない光景が映るとパンを落としてしまった。
「…………」
もきゅ子は自分の手では千切れないパンを歯で噛み切ろうとしたのであろう、口にパンを入れたまま身動きせずに固まっていた。挿絵が無くて非常に残念なのだが、その姿はまるで『もきゅ子の口からパンが生えている』ようにも見え、はっきり言って冗談抜きに怖い。そこでふと口からパンを生やしているもきゅ子と目が合ってしまう。
「…………」
きっと歯が痛い上にパンで口が塞がれ声が出せないのであろう、涙目でこちらを見て助けを求めていた……
「(その気持ちよ~く理解できるぞもきゅ子よ。俺もさっきやったもん。歯すっげぇ痛いよなぁ~。それこそ死ぬほどにさ)」
そこで初めて人間とドラゴンが初めて気持ちを共有……
「ってもきゅ子!? オマエ大丈夫なのかよ!!」
俺はのんびり本文解説をしていたのだが、その異常な事態に気付くともきゅ子の元へ急ぐ。
「ほらもきゅ子っ! 口からのそのパンを離せよ!! じゃねぇと窒息して死んじまうぞ……って何で取れねぇんだよ!?」
もきゅ子は口に入れたパンのせいで満足に呼吸ができなかったのだ。歯で噛み千切ることも、またパンが歯に食い込み口から離すこともできなかったのだ。だから涙目で訴えかけていたのだろう。そして俺は慌ててそのパンを両手で掴み取る。
「(ふるふる)」
「もきゅ子何で拒否すんだよ!? 冗談抜きにマジで窒息して死ぬぞ!!」
何故かパンを引き抜くのを拒否するかのように首を左右に振るもきゅ子。だがこのままではほんとにもきゅ子が窒息で死んでしまう。『もきゅ子の死因はパンでした(笑)』と
「いくぞっ、せ~のぉ~っと!!」
両手でパンを持ち引き抜く。そして音もなくパンはもきゅ子の口から離れた。
「こほっこほっ。も、もきゅ~」
ようやく息ができたもきゅ子は咳き込むように息をするといつものように鳴き出した。あと一歩遅かったら下手をすれば死んでいたかもしれない。
「わわっ大丈夫!? お兄さんお水だよ、早く飲ませてあげて!!」
気を利かせてくれたジャスミンがもきゅ子の為木のコップに水を入れて持って来てくれた。
「わりぃ! ほらもきゅ子水だぞ。ゆっくり飲めよ」
慌てて水を飲まないようもきゅ子の口にコップを近づけるとゆっくりっと傾け水を飲ませてやる。
「ごきゅごきゅ……きゅーきゅーっ」
もきゅ子は水を飲み干すとどうにか落ち着いた。
「大丈夫。もう大丈夫だからなぁ~」
もきゅ子を気遣うよう優しく背中を撫で落ち着かせる
「きゅ~きゅ~♪」
もきゅ子はまるで俺が『命の恩人だ!』とばかりに抱きついてスリスリと胸に頭を擦り付けてきた。
「こ、こらもきゅ子。くすぐったいだろっ」
何だか子供に甘えられているような感覚で悪い気がしない。
「(もしかしたら『子供を持つ』ってこうゆうことなのかもしれないなぁ~)」
そうシミジミ思いながら俺達は食事を続けていった。
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