第27話 負けず嫌いとその妥協

「アナタ様、それでお金の方はいくらぐらい下ろせましたかね?」

 そんなオレを気遣い静音さんは勝手に物語を進めてくれるようだ。

「…………」

 俺は無言のままポケットから丸めたお札を取り出すとそのまま静音さんに投げつける。


「おっと! まったくもうアナタ様は乱暴なのですね」

 静音さんはそう言いながらも下ろしたばかりのお金諭吉先生をすぐさま数え始めていた。

「…………」

 横になり静音さんが数えてる様子を眺め『静音さん……アンタほんと守銭奴だよねぇ~』っと呆けながらに眺めていた。


「……29、30っと。ちょうど30枚のようですね」

 静音さんが万札を数え終えると同時に俺もようやく思考が追いつき静音さんに聞いてみた。

「静音さん、それでいくらぐらいになるのさ? え~っと……シルバーか?」

 色々と恐怖体験をしてきたせいか、この世界の貨幣単位すらも忘れてしまっていた。


「そうですねぇ~……日本円で30万ですからね。ちょっと待って下さいね」

 そう言うと静音さんは考え込み始めていた。たぶん頭の中でシルバーに換算してくれているのだろう。

「……ちょうど三万シルバーになりますね!」


「三万……シルバー……」

 正直それを聞いてもピンっとこなかった。宿屋代が一人当たり確か5シルバーだったと思う。俺達はもきゅ子を含めて三人と一匹。もきゅ子をどう計算するか分からないが一人と計算した場合一泊あたりで20シルバー……ということは最大でも1500日分の費用である。


「それってさ、多いの? それとも少ないの?」

 まだピンとこない俺は静音さんへと直接聞いてみることにした。

「そうですねぇ~。正当なレートだとは思いますよ。素泊まりとはいえ、宿屋が一泊で5シルバーですよね? これを現実世界の価値に換算すると50円ほどになります。50円なら相当に安いお値段ですよね?」

「あー、うん。そうかもしんないね……」

 未だ頭がよく回転していない俺は意識が朦朧としながらも適当な受け答えをして流してしまう。


「どうやらジャスミンの依頼は完了したようだな。それでは報告に行くとしようか」

 天音が空気を読んだのかそれともただの勢いだけなのか、それでもさっさと物語を進めようと提案してくれたのだ。俺はそれにただ黙って頷くとまるで以前の天音ゾンビのように手を突き出しうな垂れながら天音達の後を付いて行った。


「おーい、ジャスミンよ。今帰ったぞ!」

 天音が開口一番、まるで自分の家に帰ったようにジャスミンへと帰還の挨拶をした。

「あれぇ~っ。もしかしてもう解決しちゃったの! ほんとにほんと???」

 ジャスミンは疑いながらも俺達が問題をすぐさま解決した事に目を丸くしながら驚きを隠せない様子。


「ええ。もちろんですよジャスミン。我々がきっちりと解決してきましたよ」

 静音さんは何もしていないのにも関わらずそう胸を張りながら威張っていた。

「そうなんだ! ほんと助かったよ~♪」

 ジャスミンは井戸の問題が片付いたことにホッとしたように胸を撫で下ろすと安堵していた。


「それで井戸から見えた光と声の正体は何だったの? やっぱり魔物だったのかな?」

 ジャスミンが事件の詳細を知りたいと聞いてきた。

「あ~……えっとそのぉ~」

 俺はジャスミンにどう説明してよいのやらっと迷ってしまう。さすがにこの世界には存在しないATMについて話すわけにもいかないし。そうこうする内に静音さんが代わりに説明をしてくれた。


「ええ、そうですね。ですが特段危険のないものでして……これからも人に危害を加えることはないと思うので、もし光や声を聞いても安心して下さいね」

 未だかつてこんな適当な説明があっただろうか? 内容をこれっぽっちも説明せずにこれを聞いた何人が納得するであろうか? だがそんな俺の心配も杞憂に終わってしまう。


「あっそうなんだぁ~。それなら安心だね♪」

 純粋なのかジャスミンは静音さんの説明を鵜呑みにしてしまった。

「(おいジャスミン、オマエ警戒心というものを知らねぇのかよ?)」

 俺はそんなことを思いつつも口を挟むとロクな事がないと思い口を開かなかった。


「はい! じゃあこれが約束の報酬だよ♪ 少ないけど50シルバー入ってるからね♪」

「50シルバー? いいのかよそんなに貰っても!?」

 俺は依頼の内容とその報酬とが見合っていないことに驚いて声をあげてしまった。それもそのはず俺達はただ井戸に入りATMから金を下ろしただけなのだ。さすがに依頼とはいえ報酬を貰うのは気が引けてしまう。


「えっ? でも……これは報酬だから……」

 ジャスミンは報酬を受け取らない俺に対して困ったような表情を浮かべてしまう。

「いや、ほんといいって。別に大した事してねぇしさ。これくらいは……」

 別に謙遜ではなくほんとに大したことはしていなかったのだ。俺は差し出された報酬を辞退しようと両手を前に突き出して左右に振りながら断りを入れる。


「うーん、さすがに『無償』ってのはボクも都合が悪いんだよね……」

「うん? 何でだ?」

「うん。ほらボクってギルドも運営してるでしょ? それなのに自分の都合で依頼をしていくら簡単に解決できたとしても、無償だと……」

「角が立つ……っというわけですね」

 静音さんが察したようにジャスミンをフォローした。

「へっ? か、角が立つって?」

 俺は『何の事だ?』っというように静音さんへと話を振った。


「ええ。いくらジャスミンがギルドを仕切っているのだからと言って我々に無償で依頼をしたとなると、ジャスミン自身とギルド全体の信用に関わってくるのですよ。あのギルドでは簡単な依頼なら誰でも『無償になる』……とね」

「あっ……そっか」

 そこでようやくジャスミンの言いたいことを理解した。依頼とは対価を得てするものであって無償つまりボランティアではないのだ。もし1度でも無償で受けてしまうと他の依頼事案にも影響するだろうし、依頼を受ける側にとっても悪い影響となってしまう。


 それに無償になるとそこに『責任』という言葉がなくなってしまい、依頼する側も困ることになる。そう言った意味も含めてジャスミンはオレ達に対して対価としての報酬を受け取って欲しいって事なんだろう。俺はその説明を受けて納得はしたが本当に何にもしていないので、やはり報酬を受け取るのを躊躇ってしまう。


「お兄さん、っどうしても受け取ってくれないの? うーん……困ったなぁ~」

 ジャスミンも俺と同様に報酬を受け取らないことに頭を悩ませていたのだった。そこで俺はここがレストランである事を思い出し、妥協案として別のことを提案してみることにした。


「ならさ、ジャスミン。金は受け取らずに食事代と相殺ってのはどうかな?」

「えっ? 食代って……そんなので本当にいいの? お兄さん達全員で四人だよね? それだと一回の食代だと12シルバーもかからないんだよ。それじゃあ全然割りに合ってないよ!!」

だが俺も一歩も引かない姿勢を察したのかジャスミンはこう切り出した。


「じゃあさ、お兄さん達今日はこの宿屋に泊まっていくんでしょ? それならその間食事代とその宿泊代をもらわないってのはどうかな?」

「えっ? でもそれだとそっちの方が断然高くつくよな? だって一食12シルバーなんだろ? それを三回で36シルバー。そこに宿泊代が確か5シルバーでそれの四人分だから20シルバー。合計で56シルバーだからジャスミンは6シルバーも足が出ちまうんだぞ」


「ふふっ、それでいいんだよお兄さん♪」

 ジャスミンも俺と同様に一切引くつもりはないようだ。

「ったく、ジャスミンも負けず嫌いだよな? ははっ……」

 俺は呆れたように負けを認めると『じゃあ、それでお互い良いよな?』っと互いに笑いながら納得することにした。

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