第26話 まさに天国と地獄の狭間
「アナタ様ぁー! 大丈夫ですかぁー? 生きておられますかぁー?」
ロープで降りている途中も静音さんから何度も安否確認をされていた。
「うおっとと!! あ、あー大丈夫だよー静音さーん。ちょっとバランス取るのが難しいけどねー」
実は見栄を張って静音さんにそう受け答えをしたのだが、正直少しでも気を緩めるとバランスを崩してそのまま井戸の底まで真っ逆さまに落ちていってしまうだろう。
「何でこんなバランス取るの難しいんだよ!? あっいや、まぁ汲み桶は人が乗ること前提で作られてないから仕方ないんだけどさ」
俺は井戸の底に降り去って行く途中でもいつもどおりの独り言を呟いていた。読者から見たらさぞ頭のおかしいヤツだと思われるかもしれないが、こんな暗い井戸の中でいつ落下するか分からない恐怖と不安から何か喋らないと正気を保てないのだ。
「そうですかぁー……ならこのナイフでロープ切ってもよろしいですかねぇー?」
静音さんはワザとらしく持っているナイフの刃をギラリっと反射させながらそんなこと言っていた。
「ふっざっけんなよ、このクソメイドがーっ! 何でロープ切る気満々でそんなナイフなんか用意しやがってんだよ!?」
当然の如く俺は怒り叫んでしまう。
「ちょっとした冗談ですよ。ジョークジョーク♪」
そう言いながらも静音さんはロープにナイフの刃を当てようとしている。
「どこが冗談なんだよ! 言ってる事と行動とがまったく噛み合ってないよアンタぁっ!」
「おやおや、これはまたしっかりっと間違えてしまいましたねー。実は人が井戸に落下する様を見てみたくなりまして」
いつものおふざけなのか、または本気なのか分からない静音さんの行動。
(マジ危ねぇよあのクソメイド。しかも『しっかり』って……もう完全に確信犯じゃねぇかよ)
そこで俺はある事に気付いた。それは何故かロープを持っているはずの静音さんが手を離してナイフを持ってい……ってうわぁっっっ!? まだ地の文にも関わらず、まるで俺の言葉を証明するようにいきなりロープが緩められてしまいその身に感じる重力を失うとそのまま井戸の底まで落下してしまう。……いや、落下し水面に叩きつけられる寸前で『グン!!』っとロープが引っ張られ、どうにか助かり体に重力を感じることができた。
「ああああああ、あぶねーなっ! 冗談抜きに死ぬとこだったぞ!?」
だがあと一秒。あと一秒でもロープが引っ張られるのが遅かったら水面ダイブどころか、そのまま井戸の底まで叩きつけられ死んでしまっても全然おかしくはない状況。しかも落ちぬようにと、しっかりとロープを絡ませていた為にモロに重力と俺の体重が容赦なくロープを巻きつけてあった指に食い込んでいたのだ。
「(コラ静音! いきなりロープを離すやつがあるか!! 私だってロープを手放したい気持ちを抑えていたのだぞ! もし今後手離す時には必ず『イチ二のサン』っと掛け声をかけてから、みんな一斉に離すべきなんだぞ!)」
「(もきゅもきゅ!!)」
どうやら上の方ではいきなりロープを手離した静音さんに対して天音達が抗議をしているようだ。
「(あー確かにそうかもしれませんね。ですが、こうゆう事はゲリラ的にサプライズとしてする方がより効果的で恐怖を与えられませんかね?)」
「(なるほど~、確かにそれはあるかもしれないな! それなら今からでも離すとするか?)」
「(きゅ~!)」
そして何故か静音さんは天音達の抗議に対して自分なりの矜持を示し、逆にこの場合何が良いのかとみんなに講義をしていた。
「(あれはさ、抗議なんだよな? 何かみんなしてロープ手離す気満々に聞こえるのは、気のせいなんだよな?)」
『やっぱりオレが井戸に入ったのは間違いだったのか?』っと思い悩んでいると、いつの間にか目的の場所に辿り着いていたようだ。
『ピカピカ。いらっしゃいませ。ありがとうございました』
ついにお目当てのATMがある水面近くまで辿り着くことができた。ATMは水面より少しだけ浮いてる形になっていた。『どうなってるんだ?』っと下を覗き見ると井戸の壁に木で出来た板のような物が台座となって支える形になり、ATMの機械を支えていたのだった。
「ああ、いらっしゃいましたともさ! 礼を言うにはまだ早ぇぇっての!!」
俺はまるでATMと会話するように受け答えをしながら財布からキャッシュカードを取り出し入れ暗証番号を入力して金額を打ち込んだ。本来ならそこも文字描写すべきなのだが、読者に俺の
『ピココン♪ ガチャガチャ。カードのお取り忘れにご注意ください。ご利用ありがとうございました♪ ブゥン』
その音声と共にお札のところがパカリっと開き俺は金を取り出すとそのままポケットに仕舞い込んだ。そしてまるで自分の役目を終えたようにATMは光と声を失い、もう二度と起動することはなかった。
「おいマジかよ。いきなり真っ暗になって何にも見えねぇよ。お、おーいみんなぁ~。貯金下ろしたからさ~、引き上げてくれよぉ~」
突如として井戸の中は真っ暗となり何も見えず、再び得もいえぬ恐怖が俺に襲い掛かってきていた。そして一秒足りとも居た堪れなくなり、上にいる天音達に『早くここから出してくれ!』っと助けを求めた。
「…………」
だがしかし、一切の反応がなかったのだ。
「おい何でみんな返事しねぇんだよ!? みんなそこにいるんだろう? 早くここから出してくれよ……マジで暗くて寒くて怖ぇぇんだよ。聞いてるんだろクソメイド! 早く引っ張りやがれっ!!」
散々叫んでいるにも関わらず、無視されてしまい段々と言葉が過激になっていく。
「おっ……おわわわわわわっ!! マジかよマジかよ……っ!? ぶ、ぶつかるぅぅぅっつつ!!」
ガラララララララララッ。再び声をかけようとするといきなりロープが凄い勢いで引っ張られ振り落とされそうになってしまう。そして地上にある滑車を支える軸部分まで物凄い勢いで引っ張られ、ぶつかる寸前まで迫っていた。ガララッ……ピタリッ。
「ぅ~~~っ……う、ん??? ま、眩しっ!」
いきなり暗い井戸の中から久しぶりの外の光をまともに受けてしまい、とても眩しくて目が開けられなかった。どうやら滑車はぶつかる寸前で止まってくれたようだ。
「……ちっ。おやおや、アナタ様。生きておられたのですか?」
静音さんはしれっと何食わぬ顔でそう言い放ち俺が無事だった事を舌打ちしながら喜んでいた。
「オマエ、マジで馬鹿じゃねぇのか!? あんな勢いで引き上げるヤツがいるかよ! どうやって……あーアンタが原因だったのかよ」
俺はぶつかる恐怖を押さえ込み息を整えるとそのクソメイドに怒鳴った。そしてその勢いよく引き上げてくれた張本人を目にして納得した。
「おや、兄さん。怪我はありまへんでしたか?」
そうジズさんが勢い良くロープを引っ張ってくれたのだった。俺は安堵したと言うよりも、『こんな馬鹿デカイドラゴンがロープ引っ張りゃ、そりゃ~勢いもつくよなぁ』っと呆れていたのだった。
「そうですわ。姫さんが何やらワテに手伝って欲しいって仰いましてな。それで手伝どうたんですわ」
「もきゅもきゅ♪」
もきゅ子は『良いアイディアだったでしょ♪』っと満足そうに喜んでいた。
「あー、うん。ありがとうな……もきゅ子」
一応ジズさんともきゅ子に礼を言うと傍にいた静音さんに話しかけた。
「静音さんがもきゅ子を
「はい、もちろんです♪」
屈託の無い笑顔で静音さんはそう答えた。
「ってか静音さんさ、マジであの勢いでロープ引っ張るのはヤバイって。マジでこのガラガラ……滑車の部分に頭直撃するとこだったもん。もうちょっとさ、こ~うゆっくりと引っ張って欲しかったよ」
「あーそうでしたか。それはすみませんでした」
俺がロープの勢いについて抗議すると静音さんは素直に謝ってくれた。
「それではアナタ様のご希望と言うことなので……もう一度最初からやり直しますね♪」
「んんっ!? な、何そぉれ~~~~っ!!」
静音さんはそう言うとジズさんに向かって親指を下に『ビッ!』っと下げる動作をした。するとロープを咥えていたジズさんは口を離してしまい、俺は再びほの暗い井戸へと吸い込まれるように落下していった。
「マジかよぉぉぉぉクソメイドがぁっっっっ!!!!」
落下する時でさえも俺は静音さんへの暴言を忘れない。
「落ちるぅぅぅっっっ!!!! ぶつかるぅぅぅっっっ!!!!」
先程とは比べられないほどの落下速度に俺は必死にロープにしがみつき、宇宙飛行士のように無重力体験をしながら井戸底へと落下していた。そして再び足先に水面が顔を覗き込ませ目前まで迫っていた。俺は水面に叩きつけられる怖さと死の恐怖から瞬間的に目を瞑ってしまう。そんな矢先『グンッ!』っとロープが引っ張られ水面に叩きつけられるのをなんとか回避することが出来たのだった。
「も、もしかして……助かったのか?」
俺は恐る恐る目を開けると汲み桶が水面まであと数センチのところで止まっていることに安堵すると胸を撫で下ろした。
「アナタ様ぁ~、それでは準備はよろしいですかねぇ~?」
「はぁっ!? な、何の準備……」
ガラララララッっと再び勢い良くロープが引っ張りあげられ言葉を口にする余裕が無かった。
「マジかよマジかよーーーーっ!! ぶつかる!?」
もう何度目か分からない恐怖そして迫り来る滑車の軸部分。だがしかし、ガラララッ……ピタリッっと再び上まで来ると寸前でどうにか止まってくれた。
「どうですかアナタ様? 満足されましたかね? まぁこれでも満足されないようでしたら……ねぇ♪」
静音さんは『もう1回やりますか?』っと
「(ぶんぶんぶん)」
唯一俺にできるのは首を横に左右に千切れんばかりに振りその問いかけを拒絶することしかできなかった。そうしてどうにか井戸から這い上がるとそのまま地面へと倒れこんでしまう。
「うん? 何だキミは? そんなに井戸の中は怖かったのか? だらしなぁ~」
「まったくアナタ様は相変わらずですね~♪」
「もきゅもきゅ♪」
天音達は各々俺への気遣い労いの言葉をかけてくれたのだった……それは厭味を籠めて、な。
「ほんなら姫さん、ワテはもう用済みですわな?」
そう言うと、ジズさんは宿屋の中にその大きな巨体のまま帰って行く。俺はジズさんがどうやってあの大きな体で建物の中に入るか気にはなっていたがそんなものを見る余力が残されておらず、ただただ土と草とお友達になるので精一杯だったのだ。
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