第25話 井戸から聞こえる声と光の正体とは……

「……おいおい、マジかよ。ほんとに光と声みたいなのが聞こえてきやがってるよ」

 事前にジャスミンから聞いていたとおりだったのであまり驚かなかったが、天音だけは違っていた。

「わぁっ!? び、ビックリしたぁ~っ!! ジャスミンの言っていたことは本当だったのか!?」

 天音はいきなり溢れ出した光と声に驚き井戸から離れてしまった。


「……どうやらこれは本当に何か・・いるようですね」

 だが静音さんだけは冷静に状況を分析していた。そして俺はそんな静音さんの隣に行くとアドバイスを受けることにした。


「静音さんどうする? マジで魔物なのかな? 俺達だけで退治できんのかな?」

 勇者である天音は怖がって近づいて来ない。いや、それどころかもきゅ子の後ろの隠れるように怖がっていた。正直アレでは使い物にはならいないだろう。ってかもきゅ子も子供とはいえ魔物ドラゴンなんだぜ。天音そのこと忘れてんじゃねぇのか?

「そうですね。とりあえずもう少し近づいてみませんと……」

 静音さんは俺を盾にして『さっさと井戸の中を調べやがれ!』っと背中を押しまくってきていた。


「うわっ、っとと!? ちょ、ちょっと静音さんそんな押さないでよ! ってかこのまま井戸に突き落とす気じゃないだろうな!?」

「…………ちっ」

 俺は半分冗談のつもりで『井戸に落とすの?』っと聞いたのだが、静音さん本人は『何で気づきやがったんだコイツは!?』っというような残念な顔をして舌打ちをするとようやく背中を押すのを止めてくれた。


「(静音さんマジで俺を突き落とす気だったのかよ!? 怖すぎんだろうが……)」

 静音さんに抗議の声を上げたかったが、何を口実にまた背中を押されるか分からないのでやめておく。


『ピカピカ、ピカピカ……いら……ませ。あり…………した』


 再び井戸の中から光と声が聞こえてきた。先程よりも近づいたせいか、多くの声がクリアに聞こえてくる。

「日本語? 日本人の女性の声なのか? あっいや、ジャスミンも日本語喋ってたよな」

 井戸の中から漏れている声は女性の日本語に聞こえた気がした。まぁこの世界の人間もローカライズとか言う謎設定で何故か日本語を話してるから日本人とは限らないだろうが。俺は意を決してその光と声の正体を突き止めるべく、そっと井戸の中を覗いて見る事にした。


「…………ごめん。何でこんなもんが井戸の中に入ってんだよ」

 すると井戸の奥底には誰もが想像を絶するモノがあったのだ。そのモノとは…………

『ピカピカ、ピカピカ。いらっしゃいませ。ありがとうございました」

 そうみなさんこの音声と姿を見ればもう正体は分かっただろう? なんとなんと井戸から漏れる光と声の正体とはコンビニや銀行などで重宝されている『ATM現金自動預け払い機』の光と音声だったのだ。


「おい作者っ! 誰がこんなもん井戸の中に入ってるって予想できるんだよ!? ってか機械を水の中に入れるんじゃねぇよ、オマエ馬鹿野郎なのかよ!?」

 俺は居もしない作者にツッコミを入れながらも絶対にコレの正体を知っていたあの人へと詰め寄った。


「静音さん! アンタぜってぇ井戸の中身知ってただろう!!」

「あっ、はい。知ってましたけど……それが何か?」

 相も変わらずにしれっと言いやがるクソメイドに怒りを覚えつつ、更に詰め寄る。

「いやいや、正体知ってたなら話そうよ! 何で言わなかったのさ!!」

 俺は怒りに満ちて静音さんに詰め寄って聞いてみたのだが、当の静音さんはというと……。


「へっ? ああ……アナタ様から『正体は何?』とかって聞かれませんでしたし。それにこれは依頼クエストのチュートリアルも兼ねてましたので必然だったから言いませんでしたよ♪」

 静音さんはまるで不正をした政治家のような言い訳をして開き直ると頭を『ぽん♪』っと軽く叩くと自らの可愛さアピールをしていた。

「(チクショーこのクソメイド。あざといんだけど可愛いんだよなぁ!)」

 俺は怒りとも複雑とも惚れているともなんとも言えない気持ちを静音さんに抱いてしまっていた。

「で、静音さん。これはどうすればいいのさ?」

 一応表面上は激おこぷんぷん状態を保ちつつ、今後についてを静音さんに聞いた。


「そうですね~……アナタ様、ちなみにキャッシュカードはお持ちでしたよね? ならついでなのでお金を下ろしたらどうですかね? 何ならワタシがこの世界の通貨と交換して差し上げてもいいですよ♪」

「……マジで?」

 ちなみに今の俺の『マジで?』ってのは喜びを表す言葉ではなく『井戸の中に入る&結局世の中金なのかよ……』という嘆きから来るものだった。ほんと文字描写って難しいよねぇ?


「ほらほら~アナタ様ぁ~どうするのですか~? 今のアナタ様には井戸の中に入ってお金を下ろすしか選択肢は残されていませんよ~♪」

 静音さんは『ワタシの言ってることに間違いなんてないんですからね!』っと言わんばかりのドヤ顔をしながら、俺の頬にモニスタの柄の部分を使い『グリグリ、グリグリ』っと円を描き削り取るように押し付けてきていた。


「(このクソメイド、ほんと性格悪いよなぁ。何気に証拠(傷)が残らないよう適度な力加減で柄の部分押し付けてきやがるし……)」

 そんな頬に押し付けられている柄をどうにか引き剥がし疑問に思ったことを聞いてみた。

「静音さん……要はお金諭吉が欲しいのか?」


「はい♪ あっ、いえいえ違いますよ! アナタ様がお困りなのでワタシはただアナタ様を助けたい一身なのですよ!」

 満面の笑みで返事をしてすぐさまそのあざとさに自分でも気付いたのか、慌てて『アナタ様の為だから……』というような強調して良い人ぶろうとする静音さんだった。


「あーもー分かったよ! 井戸の底に降りて金下ろしてくりゃいいんでしょ? もうそれはたんまりっと全財産下ろしてきてやらからねっ!!」

 もう俺は自棄になり『どうせ抵抗しても、井戸に放り込まれるんだろ?』との諦めから自ら井戸の中に入ろうと足を縁に引っ掛けてそのまま静止した。


「うん? アナタ様どうかなさったのですか?」

 足を縁に引っ掛けたまま、そっとほの暗い井戸の中を覗き込むと『ピカピカ。いらっしゃいませ。ありがとうございました』っとATMの光と声が聞こえてくる。そしてその光のおかげか、何気に井戸の底が結構深いことに気付いてしまったのだ。

「ちなみにさ、静音さん。これどうやって下まで降りるのさ?」

 俺は静止したまま井戸の降り方を質問してみる。


「あ~…………ボトンって♪」

 満面の笑みで『そのまま足を踏み外して落ちればいいんですよ♪』そう言わんばかりに静音さんは右親指を『グッ!』っと上げ、そして今度はそのまま『ビッ!』っと下に落ちるような仕草をした。それはまるで『地獄へ落ちろ!』っと示唆しているようにも見えた。たぶんそれは静音さんが悪魔の微笑みデビルスマイルをしているから余計にそう思ってしまうのだろう。


「……いや、落ちたら普通に死ねるからね。しかもそれだと金下ろせなくなるんだよ……いいの?」

 俺は必死にそう言って抵抗してみせる。

「あっ! そ、それもそうでしたね。う、うーん……ならこの滑車と汲み桶を利用しては?」

 静音さんも俺が言っているその意味に気付くとようやくアドバイスらしきアドバイスをしてくれた。まぁたぶん金のためなんだろうけど、敢えて口に出すと事実を知ってしまい悲しくなるので言わないことにする。そして井戸の台座にお尻を乗せて座り、桶に両足を突っ込んで両手でしっかりとロープに捕まった。


「(これ下手しなくても死ぬ可能性高いよな? 大丈夫なのかよ……ほんと)」

 よくRPGなどでは『ひゅーん♪』と間抜けな音共にいとも簡単に井戸の中に入れるわけなのだが、それはゲームの中だけの話なのだ。実際には俺みたく汲み桶に両足を突っ込んでロープをしっかりと掴み、井戸の外から仲間がゆっくりとロープを緩めて井戸の底まで降りていく必要がある。


『やっぱゲームは楽だよなぁ~。現実だとこんな苦労しながらも井戸の中に入るんだぜ……』っとゲーム中の主人公達を羨ましがりながらも井戸の底に降りることを決意した。決意はしたのだったがそれ以上に不安の方が大きかった。その不安とは……。


「ちなみにだけど、静音さん一人で俺の体重を支えられるの?」

 そう静音さんは一人でロープを持ち支えようとしていたのだ。俺はそのことを懸念していたのだ。いくら静音さんが重い武器であるモーニングスターをぶん回しているとはいえ、一応は女の子なのだ。不安にならないわけがなかった。


「あーそれでもそうですね。なら天音お嬢様ともきゅ子にも手伝ってもらいましょうかね? 天音お嬢様ぁーもきゅ子ー、少しお手伝いしてくれませんかねー?」

「うん? 何かあったのか? 井戸の中の魔物は倒したのか?」

「もきゅぅ?」

 天音ともきゅ子はは恐る恐ると言った感じで井戸まで近づいてきた。


「ええ。実はアナタ様が『オレが井戸の中に単身乗り込んで井戸に住む魔物を倒してやるわっ! くわっははははぁ~っ』っと馬鹿みたいに高笑いしながら仰るものですから……」

「(静音さんの耳には俺がそう言ったように聞こえてんのか? その耳大丈夫なのかよ)

「そ、そうなのか!? キミは勇者の私よりも『勇敢』なのだな! それで私達は何をすればいいのだ、何でも手伝うから遠慮せずに言ってくれっ!!」

「もきゅもきゅ!」


「…………あ、ありがとう。天音にもきゅ子」

 だがそんな静音さんの妄言を天音ももきゅ子も疑う素振りすらみせず騙されていた。俺は若干顔を引き攣らせつつも乾いた笑みを浮かべ感謝の言葉を述べる。


「それでは今からアナタ様が井戸の中に降りて行きますので、しっかりとこのロープを握って下さいませ。アナタ様の体重がかかるといきなり『ガツン!!』っとロープが引っ張られると思いますので一緒に引きずり込まれないよう、そこだけはお気をつけ下さいませ」

 静音さんは簡単にそう説明すると天音達にロープをしっかり握るように指示をした。


「これを引っ張ってキミを支えればよいのだな? それくらい任せておけ!」

「もきゅ!」

 天音は自分が入らないからと元気いっぱいに、そしてもきゅ子も最後尾でロープを引っ張るのを手伝ってくれるようだ。


「それでは準備の方が整いましたので……アナタ様」

 準備を終えると、静音さんが声をかけてくれた。そして何を思ったか、俺にキスでもするように寄り添い肩に手をかけ耳元で天音達には聞こえない小声でこんな言葉をかけてくれた。


「(どうかお気をつけてくださいね、アナタ様)」

「あ、ああ……ありがとう静音さん。じゃあ行って来るから」

 俺はこれから入る井戸の中の不安と今の静音さんの行動に違和感を覚えつつも、みんなの助けに報いるよう少しずつほの暗い井戸の中に入る。


「それでは天音お嬢様、もきゅ子! そろそろアナタ様の体重がモロにかかってきますので決して気を抜かぬようロープをお持ちくださいね! まずは強く引っ張りゆっくりゆっくりっとロープを緩めていきますよ!」

 静音さんがそう指示をすると天音達はそれに従い俺を支えるロープを引っ張りながら少しずつロープを緩めていった。


「(それにしてもさっきの静音さん、何で小声で俺を心配してくれたんだろう? もしかしてツンデレやヤンデレ属性でも付けたいのかな?)」

 そんなどうでもいい事を思いながら俺はほの暗く、そして時折明るい井戸の中へと降りてゆく。だがこの時の俺はその言葉の真の意味を知る由もなかった……。

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