第10話 異世界チュートリアルの歩み方

『ヒューン♪ ヒューン♪』あっ重い音から軽い音へと変わったぞ!? たぶん遠心力も手伝い先程よりも更に早い速度となり、空気を切っているのだろう。その速さと言ったらもはや大型ハドロン衝突型加速器 LHCクラスと言っても過言ではない。そして何だか周りの空気おも物理的に吸い込まれているよう俺の目には映っていた。


「(あれではいつブラックホールが発生してもおかしくないぞ!?)」

 だが何よりもあれだけ動いているのにもかかわらず、静音さんのお胸様はまったくと言っていいほど『無音・無振動』だった。言うなれば無初期微動と言ったところだろうか。例え地震本震が来ても決して揺れる出番がまったくない。まぁ早い話彼女のお胸様は愛すべきまな板……。


『ヒューーーッン!! ドッガーーーンッ!?』突如として俺がいた場所に何か重々しい物が吹き飛んできた!

「ぐっ!? あ、あぶねーなっ!!」

 俺はセリフを忘れる程、咄嗟の判断で横へ飛んでそれ・・を回避した。


「ってなんだよコレは???」

 なんと俺が今の今まで居たその場所には、先程までずっと静音さんがぶん回していたモーニングスターの鉄球が地面を打ち砕き『シュ~♪』っと熱煙をあげながら、そこにあったであろう無数の砂たちをガラス化させ、その熱量と破壊力を自慢気にアピールしていたのだ! もしもアレを避けなかったら死んでいたかもしれない。いや、もはや細胞レベルで蒸発してたかもしれない。これは比喩でもなんでもないのだ。何故なら砂がガラス化するほどの熱量。それはもはや戦術核兵器レベルだと言っても決して大げさではない。


「……って何しやがるんだよクソメイド! 危ねぇだろうがっ!!」

 俺はそれを投げたであろう静音さんに対して怒りの抗議を唱えた。

「何やらアナタ様から不埒なお考えとワタシのお淑やかなお胸をバカにされたような気配がしましたので……つい、ね♪」

 静音さんはまるで俺の心の声を読み取ったかのようなニタリッ♪ とした笑いを浮かべていた。


「(何この人はエスパーか何かなの? 俺の心が読めるのか……)」

「いえいえ、いくらこの物語の管理人でも人の心までは読めませんよ」

 いや、読めてんじゃんかよっ!? そうツッコミをしたかったのだが、生憎と俺が履いてる靴が地面さんから離れてくれない。どうやら先程の熱によって靴底のゴムが溶け癒着してしまったようだ。片足を上げネバーッとゴム底が溶解している靴をなんとか力ずくで地面から引き離す。


「まったくアナタ様ときたら、少しはしゃぎすぎですよ♪」

 静音さんは未だ煙をあげているモーニングスターの元まで静かに音を立てずこちらへと歩いて来る。口元はやや笑っているようにも見えるのだが、目が全然笑っていなかった。もはや生命レベルで危機を察知する俺だが逆に恐怖で動けなくなる。そんな俺を尻目に静音さんは『よいしょ♪』っと地面に突き刺さっている鉄球を引き抜いた。


「すっげぇ地面に穴開いてるんだけど、ちなみにここ道の真ん中な」

 とりあえず文字稼ぎついでに読者の方々にも細やかな描写説明をしてみようかと思う。モーニングスターの鉄球が引き抜かれた地面には、そこだけくり貫かれたような『ボコッ』とした穴が開いてしまっていた。それはまるで白菜の収穫の後のようだったのだ(笑)


「アナタ様……まだ何か言いたいことがありますかね?」

「いえいえいえ、な~んにも問題ありませんです静音様!!」

 俺は門番の兵士よろしく背筋を伸ばし姿勢正しく敬礼すると、ご丁寧にも静音さんに対して様の名称まで付けて心からの服従の証を態度で示した。それは読者から見れば一見不甲斐無いように見えるだろうが、今まさに自分の命を失うことに比べたらこんなことは安いものなんだよ。


「こほんっ。それでは気をとり直しまして。そ~れ~このマスターキーっぽいモノで~ドアよぉ~♪ 開け~♪ ……コンチクショーッ!」

 静音さんは気の抜けた……もとい、きっとこの世界の『魔法の言葉』を唱えながら農家のドア目掛けてモーニングスターをぶん投げた。

 ドゴォォッッ!? ガラガラガラ……途端農家の木で出来たドアが全部吹き飛んでしまった。


『なんと静音様はマスターキーっぽいモノを使い、見事農家の施錠付きのドアをブチ破ってしまったようだ!』


 説明文にも『ブチ破った……』って表記されてるしさ。もはやマスターキーじゃなくて『モーニングスターでブチ破った!』って書いてもいいと思うよ。そもそもあのぶん回しは全然必要なかったんじゃないかよ。だってすぐ『ぽーん♪』っとボーリングの球みたく鉄球を簡単に投げただけだしさ。ほんとこの物語大丈夫なのかよ。


「さて、と。ドアも開いたのでいよいよ中に押し入りましょうか♪」

「ふむ。誰かに見つかってもやっかいだし、早く家に入るぞ!」

 天音や静音さんは誰かに見つかるとマズイと自覚しているのか、粉々に粉砕された元ドアを踏みつけながら家の中に入って行った。もうさ『家捜し』というよりも押し入り確定事項じゃないかコレはよぉ?


「何してるのですか? 誰かに見つかる前にお早く家の中へ!」

 どうするべきかと躊躇っていると『さっさと入れ!』っと静音さんに促されてしまい、渋々ながら俺も家の中に入る事となった。RPGのお約束とはいえ他人の家にしかも施錠されたドアをぶち破って家捜しするのは、この物語の主人公としてはいささか抵抗がある。だが家に入らねば物語は一切進まないだろう。何せこれはチュートリアルなのだからな!


「うへぇ~、木で出来てるとはいえドアが粉々になってるよ」

 足元に注意しながらドアを踏みつけ入っていくと天音は本棚を調べ、静音さんはタンスを下から順に開けている最中だった。

「ちっ……シケてやがんな、この家は……」

 タンスに何も金目のモノがないのか、静音さんは腹を立て舌打ちをしていた。まさに盗人猛々しいとは彼女にふさわしい言葉である。


「おっ本の中にへそくりがあったぞ! 額面は5シルバーだな♪」

 どうやら天音が当たりを引いたようだ。紙幣を右人差し指と中指で挟み『ひらひら~♪』っと見つけたことを自慢気にアピールしている。その『シルバー』ってのがこの世界の貨幣単位なのかな?


「『シルバー』とはこの世界の貨幣単位で5シルバーなら『かいふく草』が一つ買えますね。また『一人分の宿屋代』ほどでしょうかね……やっぱりこの家はシケてやがりますね!」

 俺は疑問そうな顔をしていたのか、静音さんが丁寧にもこの世界の貨幣価値を説明してくれたがその額面にはご不満の様子であった。


「ほら、アナタ様も突っ立っていないで手伝ってくださいよ!」

「あ、ああ分かったよ。じゃあ俺はこっちを探すからさ……」

 俺は疑問に思いながらも未だ手付かずの台所を探すことにした。正直金目の物は無いだろうが何か食べる物くらいはあるだろう。これがゲームの世界なら空腹などの概念は無いのだろうが、これは俺が実際に体験している事なのだ。時間が経てば腹も減るだろうし、喉だって渇く。だからあって困るということはないだろう。


「うーん。静音さんじゃないけど……ほんとに何も無い家なんだなぁ~」

 携帯できるパンや干肉でもあれば良かったのだが収納棚やツボの中を探してみても食べる物は皆無だった。唯一あるとするなら白菜みたいな葉物野菜と水だけだった。水も必要であるが生憎持ち運べる水筒が無いので、この場で喉を潤すことしかできない。


「おめえら、オラの家で何してやがんだ!」

 まさにシナリオどおりと言ったタイミングで家主が帰ってきてしまったようだ。またとてもお怒りのご様子であった。……まぁ当然だよね?

「(や、やばい……やばすぎるだろこれは!? この後どう行動すればいい? 読者のみんなどれか選んで俺を助けてくれ!!)」


『素直にあやまる』ドアを壊したので、たぶん許してくれません

『説得する』果たしてそんなことできるのか(笑)

『とりあえず金を出せ! っと脅してみる』もうこれしかないよね♪


「(いやいや、何でいつも三つ目の選択肢はそんなにハッチャケてるんだよ!? お願いだからもうちょい真面目な選択肢を表示してくれよ。ってか勝手に他人の家に押し入って更に『金を出せ!』だなんて、もう『勇者様ご一行』じゃなくて『山賊様ご一行』と言っても過言じゃないよね!? だとすると俺がとれる行動は一つだよな?)」


『俺はとりあえず素直に謝りつつも、家主を説得する事を試みた!』


「あ、あのですね……実は俺達はですね……」

 だが言い逃れる状況でない為、上手く言葉が出せなかった……。

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