第3話 非日常を求める心

 そしてそのまま何事も無かったかのように自己紹介が進み、進学校だからなのか入学式だというのにすぐさま授業が始まってしまった。何で別のクラスの天音と静音さんがそれの左右隣の席にいるのだろうか……っと勘繰ってしまったのだが、生憎とその答えは提示されなかった。たぶん担任であるビッチさんの配慮なのだろう……そんな配慮いらねぇよ!? むしろやっかい事を体よく押し付けられた感が半端なかった。

 

 だが、俺の心配を他所に天音も静音さんも静かそのものだった。一切騒ぐこともなく普通に……いや、超真面目に授業を受けていた。また天音は目が悪いのか、授業中は眼鏡をかけインテリ美少女お嬢様へと変貌を遂げている。


「(眼鏡をかけた美少女の天音さん。なんだか委員長系美少女って感じがまたイイネよね♪)」

 そんな超真面目に授業を受けるお嬢様を隣の席で見惚れてしまい、授業にまったく集中していなかった輩が主人公の俺その人だって事はここだけの秘密だからな! 授業中そんな美人で華麗なお嬢様に見惚れているとふとした瞬間、そのお嬢様と目が合ってしまう。


「んっ? ふふっ♪」

 まだ授業中なので互いに言葉は口にしなかったが、天音はどこか嬉しそう微笑んでいた。俺はドキドキする胸の鼓動を抑えるため、反対の席を見ることにした。静音さんは何故か学校指定の制服ではなく、黒いメイド服を全身に身に纏っていた。しかも彼女は跨ったら今にも空を飛びそうな魔女っ娘っぽい箒を手にしていた。


「(おいおい今は授業中だぜ……なんで箒なんか持ってんだよ? しかも誰もそれに突っ込まねーのかよ。お前らツッコミ放棄してんのか!?)」

 きっと俺のように巻き込まれるのを恐れたクラスメイト達は一切のツッコミを入れず、授業に集中しているフリをしていたのだろう。


「(ちらっ……ちららっ)」

 そうあくまでクラスメイト達はフリ・・なのだ。やはり今朝の事が気になるのか、口にはせずとも天音や静音さんだけでなく、関係者と思われている俺まで巻き込みスルー推奨がこのクラスの暗黙の了解になりつつあった。

 そしてお嬢様の天音同様に黙ってさえいれば、言葉すら失ってしまうほどのすっごくかわいい美少女のメイドさんを興味本位で見つめていると、またもや偶然にふと目が合ってしまう。


「ニヤソ♪」

「(あ、はははは……)」

 そんな静音さんの意味あり気な『ニヤソ♪』に対して、俺はただただ乾いた苦笑いで対応するのが精一杯できる事だった。しかも何気に『ニヤ♪』ではなく、『ニヤ♪』なんだよなぁ~。しかも読者に優しく無い文字描写の上にそれが効果音SE音としてではなくセリフとして盛り込まれており、それが尚の事怖かった。


「(声優さんのセリフじゃなくてちゃんと効果音SE使ってやれよ。このままじゃ音響さん泣かせになっちまうだろ……)」

 っと謎の説明を自分の心情として思い浮かべることしかできなかった。


 ま、まぁそんなこんなでアイツらも騒がなければ、教室ここは平和そのものなのである。あぁ~なんと日常ふつうとはなんて素晴らしい事であろうか!

(うんうん、これが本来の日常の高校ライフだよなぁ~♪ これからもこんな平和が続けば……)


「さて念願の放課後になったぞっ! ところでキミは何をしたいのだ!?」

 またもや俺のセリフを潰すかのように授業が終わり簡易的なHRを済ませいざ放課後に突入した途端、隣にいるただいま話題沸騰中のお嬢様が話かけてきたぞ!


「(はい、俺の平穏な日々は続きませんでしたよ。あぁ案外短かったなぁ俺の日常ってやつわ。もう少しだけでいいから頑張れよ平和のやつめ! あと何かテンションアゲアゲ中のお嬢様が隣の席にいる俺に対して話かけてきたんだけどさ、とりあえず無視してみるか? ってか、さっきまでの真面目な委員長モードはどこにいったんだよ!? あれか眼鏡か? さっきは眼鏡かけてたからお嬢様de委員長タイプだったのかい!?)」

 俺が怪訝そうな顔をしてそんなことを思っていると、いつまでも返答せずにまるで自分を無視していると思い込んだ天音が再度絡んでくる。


「私の話をちゃんと聞いているのかキミ!」

「は、はぁ~」

 これから起きるであろう出来事を前に俺は頭が痛くなり、両手で側頭部を抱え込み机に塞ぎ込んでしまう。


「だ、大丈夫かキミ!? 具合悪いのか? もしかして頭が痛いのか? こ、こんなとき私はどうしたらいいんだっ……おろおろ、あたふた」

 頭を抱えている婚約者(予定)の俺を心配してか、擬音をセリフとして口に出しながらまるで昭和のアニメのように分かり易く混乱してみせる天音。


「(コイツにもこんな可愛気なところがあるんだなぁ)」

 俺はそんな普通の思考もできる天音さんに好感を懐こうとしていた。

「し、静音! 一刻も早く私専属の備え付けの医者を呼ぶのだっ!」

 何をトチ狂ったのか、天音がメイドへと謎の命令を叫んでいる。


「(そ、備え付け!? きっとかかりつけを言い間違えだよな? いやでもコイツんならありえちまうのか)」

 今朝のような事態を回避するべく、『大丈夫だから……』っとお手手ぶんぶんして猛アピールすることにした。


「い、いや、ただの頭痛(主にお前らが原因のストレス)だからさ。たぶん(お前たちから逃げれば)すぐ良くなるから医者とかそんな大げさにしなくても……」

「キミは何を言ってるんだ! 仮にもキミは私の婚約者候補なのだぞ。キミの心配するのは当たり前だろうがっ!」

 天音は俺の言葉を遮るようにさも『当然だ!』っと言わんばかりの勢いで詰め寄ってきた。


「あ、あぁ。そうか……ありがとう」

 天音の鬼気迫る迫力に圧されたが、実は内心少しだけ嬉しかったのだ。

「(ホントはコイツも根が良いやつなんだよな。不器用ってか、ただやり方が豪快なだけでさ)」

 そんな天音の心優しい一面に触れ『おろおろ、あたふた』と擬音をセリフとして口にし、困り動揺している彼女を少し微笑ましく見つめていた。そして静音さんは天音のその言葉を受け、スカートからそっとスマートなフォーンを取り出すとどこかへ電話をかけ始める。


「はい。いつもお世話になっております静音です。ええ、そうです。天音お嬢様が『今すぐ来んかいワリャあっ! 来んとお前の家にウチの若いもんを……いや、今にも死にそうな若くないもん送り込むぞ!』っとブチ切れの最中でして。ええ、そうです……」

「(何か電話の内容、超過激派組織なんですけど……あれは大丈夫なの? そもそも若いもんならたぶん自称自営業の893ヤクザの方々だと理解できるんだけど。そもそもなんだよ『若くないもん』ってさ? たぶん年寄りを指す言葉なんだろうけど、そんなの怖いかよ?)」

 俺が漏れ出る電話の内容を聞き、そんな事を思い浮かべていると静音さんは更に言葉を続けた。


「えっ? そんなの全然怖くない? 果たして本当にそう思いなのですか? ではですね、こう考えてみて下さい。先生の家に今にも死にそうなおじいちゃんやおばあちゃんが何人も送り込まれて来ます。しかも痴呆症と夢遊病を患っているのか、意識が朦朧としながらも裸足で外に出て先生の家の周りをぷるぷると震えながら徘徊し、胸を押さえつけいつ死ぬかもわからない状態で……あっ今すぐ来てくれますか♪」

「(うん、そんなん家に送り込まれたらすごくめっさ怖いわ。このメイドある意味ヤクザよりもヤクザだよ)」

 俺はこのメイドさんだけは怒らせてはいけないと心に刻み込むことにした。


「それで静音。木村医師は今すぐ来てくれるのか?」

「はい大丈夫ですよ、天音お嬢様。さっそく脳移植専門の木村医師をお呼びいたしましたので、お嬢様はご安心してくださいませ♪」

「おいコラちょっと待てや、そこのクソメイド! 脳移植専門の医者ってなんだよ!? お前はお前で何俺の脳を取り替えようとしてんだよ!」

『なんでだろうね?』と可愛く首を傾げるメイドの静音さん。ちょっと惚れそうになる。


「いえいえ脳移植専門の木村医師に任せれば大丈夫ですよ。きっと痛みなく別人のように生まれ変われますので♪」

「それは『別人のよう……』ってか、完璧別人になっちゃうよね?」

「ワタシ……今日はやる気満々なので♪」

 たぶんそのやる気とやらは、漢字で書くとこうだろうな『る気』っと。もうコイツらのお遊びには付き合いきれんぞ!


「俺のことはもう大丈夫だからさ。どうぞおかまいなく……じゃあ、また明日な!」

 別れの言葉を残し、そのまま教室のドアを出ると廊下を走って逃げ出してしまう。


『日常という名の自由を求めるために……全力・・で!』


「「あーっ!?」」

 何か天音達が後ろで叫んでいるが、全力逃走することで華麗にスルースキル発動させる。

 たくさんの生徒が行き交う廊下に躍り出ると、そのまま階段までの道のりを縫うように一気に駆け抜ける。ちなみに俺の教室がある校舎の3階だ。1年は3階、2年は2階、3年は1階っと年を重ねるごとに昇降口までの距離が短くなるという、謎の教育システムが導入されているらしい。そんなありがた迷惑を他所に急いで階段をかけ降ってゆく。


「っと、ごめんよぉ~。ごめんなさいね~」

 下校する生徒を尻目にぶつからぬよう急いで1階まで走り降りようとする。そして階段の最後8段目くらいから大ジャ~~ンプ♪ 途端バンッっと靴裏に音と衝撃がダイレクトに伝わり、そのダメージ痺れとして俺の両足に響伝わってくる。もしもこれがマンガやアニメの主人公だったら『たとん♪』とか軽く良い音を出すだろうが、とりわけ現実ってヤツはこんなものだ。


「うわぁ、っとと」

 だがやはり無理があったのか、はたまたダメージからか着地後によろめいてしまう。

「きゃっ!?」

 そして運が悪いことによろめいた先には1人の女子生徒がいた。

「お~っとと、わ、わりぃな!」

 なんとかその女子生徒にぶつからぬよう体を捻ると、肩と肩とが軽く接触するくらいで済む。


「(あの子どこかで見たことがあるような……俺の前の席に居た子だっけか? もしかしてアニメやラノベの主人公みたく彼女のことを押し倒してたら、フラグ・・・立ったかな?)」

『フラグを立てるため、戻って彼女を押し倒しますか?』

『はい』か『イエス』で答えましょう♪


(だからどんな選択肢なんだよ。あと選択肢出すタイミングな! ただいまいきなり乱入してくる選択肢さんに対する、『傾向と対策』を絶賛募集中です! なお採用された方にはもれなく、今の俺のポジションと小説ノーベル平和賞を贈りたいと思います)

 などと不謹慎なことを思い浮かべながら、下駄箱に走り急ぎ家路へと着いた。


 家に着いたのはまだ5時前だったが、一日の疲労からか夕飯を食べることも忘れ制服を着たまま、ベットへダイブする。

「あ~母親がいなくて助かったぁ~」

 家に母親がいれば『制服を着たまま眠るな!』なんて怒られるが、今は親父の海外出張に付き合い、マレーシアに行っている。


 俺はゴロリと寝返りを打ち、今日一日あったことを振り返ってみる。だが考えるのは天音と静音さんの事ばかりだった。普通代表の俺が今日一日だけでも色々なトラブルに巻き込まれたが、一言で言い表すとすればそれは『楽しかった』だった。


 そして今日の今日まで、生まれてこの方『日常にちじょうという名の普通』に愛され続けてきた俺は『こんなに楽しい非日常な日々が明日・・からもずーっと続けばいいなぁ~♪』などと暢気に夢の中で思いながら、いつの間にか深い眠りについてしまった。

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