第19話 代償写真

 同日の午後。栞奈かんなの入手した情報を共有すべく、一行は津村つむら家へ集合していた。

 メンバーはりょう、栞奈、麟太郎りんたろう、そして喫茶店からそのまま同行してきた千絵美ちえみも同席している。

 ここに涼たちの担任の遠野とおのも居れば面子は完璧なのだが、茜沢あかねざわで起こった事件を受けて陽炎かげろう高校でも緊急の職員会議が行わることとなり、今回は不参加となっていた。


「初めましてだよね。私はまどか千絵美ちえみ


 本題に入る前に千絵美が栞奈に自己紹介をした。麟太郎とは喫茶店から津村家へとやってくる間に会話を交わして打ち解けつつあったが、栞奈とはこれが初対面だ。


山吹やまぶき栞奈かんなです。よろしくね」


 栞奈は笑顔で名乗り返した。初対面ながらもお互いの印象は悪くはない様子で、特に不和が生まれることはなかった。


「早速で悪いが、話を聞かせてくれるか?」

「電話でも話した通り、征彦ゆきひこ兄さんの研究ノートを探ってみたら、暗黒写真と対になる伝承があることが分かったの。名称は『代償だいしょう写写しゃしん』、暗黒写真の呪いで消えてしまった人を連れ戻すための、呪いに対する一種の対処策みたい。この件は征彦兄さんが独自に調べていたものみたいで、遠野くんも詳細は知らなかったみたい」

「効果だけ聞くとありがたい感じだが、代償ってついている時点で暗黒写真並みに物騒な名称だよな」

「涼君の指摘通りだよ。これは暗黒写真で消えた人を無条件で呼び戻す救済では無く、あくまでも等価でバランスをとるものだから」

「代償、つまり何らかのリスクを負う必要があると?」

「リスクは至ってシンプル……別の誰かが暗黒写真で消えた人の状態を肩代わりする――存在が消失することだよ」


 その言葉に対して周囲には大きな動揺が生まれることは無かった。決して冷静だったわけではない。落胆故の静寂だ。


「バランスを取るってのは、そういうわけか」


 そう都合の良い話はないかと、現実に引き戻された涼の顔は暗い。


「最初の暗黒写真で生じた分の空白は変わらない、誰がそこに入るかの違いがあるだけで、結局数字の上では居なくなった人間の数は同じってことだね……」

「暗黒写真が行われた時点で最低一人が消えるのは確定ってことかよ……」


 次いで千絵美と麟太郎も沈みがちにそう言った。皆心境は似たり寄ったりだ。


「実はね、茜沢で起こった石清水いわしみず若奈わかなの事件にも、この代償写真が関わってる可能性があるの。もしかしたら石清水は、代償写真の生贄に使われたのかもしれない」

「どういうことだ?」


 思わぬ情報に涼の眼光が鋭くなる。確かに千絵美から聞いた石清水の異様な死に方を考えれば、そういった呪いが関わっていても不思議ではないが。


「征彦兄さんのノート曰く、代償に使われる人間は誰でも良いというわけじゃない。暗黒写真で消えた人間と同等の存在でないといけないらしいの。同等ではないと見なされた場合は、死んでしまうことがあるとも……」

「石清水が死んだ理由は、代償写真の失敗が原因ってことか?」

「私はそう考えてる」


 栞奈が力強く頷く。確信を持っているようだ。


「……石清水の死体を直に見た者として、私も納得しちゃうな。だってあんなの、常識的な死に方じゃなかったもの」


 千絵美は当時の光景を思い出してしまったのか、眉を顰めている。


「しかし、代償に使われる人間は同等でないといけないと言うが、定義として曖昧じゃないか?」

「残念だけど、そこまで詳しくはノートにも書いてなかったんだよね。ただ、代償写真を行った何者かもそのことは承知してたはずだし、石清水若奈で成功する自信は多少なりとも有ったんじゃないかな?」

「うーん、確かに石清水と雫ちゃんは背格好も近かったし髪形も似てたから、そういう外見的な意味なら類似点はあったとは思うけど、失敗したってことは、同等ではなかったってことだよね」

「……石清水も被害者の一人か」


 周りからの印象を聞く限り、石清水若奈は決して善良な人間ではなかったようだが、決して死ななければならないようなことをしたわけではない。雫が呼び戻すための犠牲として使われたのだとしたら、雫の身内として涼は、複雑な心境を抱かずにはいられなかった。


「……私も別に仲良しとかではなかったけど、流石にこんなのは可愛そう過ぎるよ」


 気丈に振る舞っていた千絵美も辛そうに目を伏せた。

 石清水は嫌味な発言が多く苛立ちを覚えたことも数知れないが、浮いたもの同士多少なりとも親近感を抱いていた部分もある。


「大丈夫か、千絵美」


 千絵美を心配して涼は彼女の肩に優しく触れる。

 同じ学校に通う生徒が死に平然としていられるわけがない。それは千絵美も例外ではない。

 千絵美は涼の問いかけに対して無言だったが、涙交じりに微笑むと、安心を求めるように涼の手を数秒握った。


「ごめん。ちょっと気分転換に外の空気を吸ってくるね、ベランダあるかな?」

「ああ、こっちだ」


 涼は顔色の優れない千絵美をベランダへと連れ立った。

 一分ほどで涼は戻り、唐突に栞奈にある質問をぶつけた。


「なあ、栞奈。代償写真のやり方は分かってるのか?」


 その質問にハッとし、麟太郎は思わず涼の顔を凝視した。


「ううん。残念だけど、そこまではノートにも書かれてなかったよ。流石の征彦兄さんも、そういうものが存在するって調べるだけで精いっぱいだったんじゃないかな」

「そうか、ならいい」


 涼はキッパリと言い切ると、落ち着かない様子で辺りを見渡す。


「なあ涼、お前――」

「ちょっと千絵美の様子を見てくるよ」


 麟太郎の言葉から逃げるかのように、涼は千絵美の居るベランダの方へと向かった。

 涼の姿が完全に見えなくなったところで、麟太郎は栞奈に小声で尋ねる。


「……栞奈、本当に代償写真とやらのやり方は分かってないのか?」


 質問調ではあるが麟太郎の中にはすでに確信があった。恐らく栞奈も自分と同じことを考えているだろうと。


「書いてあったよ。代償写真のやり方、過去に実際に行われた際の記述から、その顛末まで事細かく」

「教えなかったのは正解だ」

「涼君のことだから、やり方を知ったら絶対に自分を犠牲にそれを実行しようとしちゃうものね」

「察してくれてて助かったよ。雫ちゃんを救うためとはいえ、あいつ自身がいなくなっちまったら何の意味もない」

「お互い、涼君とは長い付き合いだものね」

「違いない」


 麟太郎は苦笑し、リラックスするかのように深くソファーに座り込んだ。


「それで、実際のところ代償写真のやり方ってのはどういうものなんだ?」

「内緒」

「おいおい、涼はともかく、俺にまで秘密にする必要はないだろうに」

「麟太郎君にも秘密だよ、だって――」


 栞奈は不意に麟太郎の耳元に顔を近づけ囁く。


「それを知ったら麟太郎君も自分を犠牲に代償写真を実行しちゃうでしょう?」

「どういう意味だよ?」


 横目で栞奈を見やり、やや威圧的に言う。


「麟太郎君ってけっこう分かりやすいから、とっくに気づいているよ。雫ちゃんに対する麟太郎君の気持ち」

「い、いつからだよ」

「中二の夏くらいから」

「……涼は知ってるのか?」


 親友の双子の妹に惚れているという事実を、親友本人に知られているとなると、それは流石に気恥ずかしい。


「大丈夫じゃないかな。涼君は鈍いからね」

「……そうか、ならいいや」


 どっと疲れた感じがして、麟太郎は目頭を抑えて大きく息を吐いた。


「とにかくもっと詳しく調べるまで、代償写真のやり方は誰にも教える気はないから。ちゃんと全員が揃った状態で雫ちゃんを迎えないと意味ないよ」


 これだけは譲れないという強い思いが栞奈にはあった。もちろん雫は栞奈にとっても大切な友達だし、絶対に助け出してみせるという硬い決意もある。だけど、それと同時に涼や麟太郎だって掛け替えのない大切な存在だ。その中の誰かが欠けることなど、絶対に許してはいけない。


「……とりあえずは承知したよ。でも他に何も方法が無くて、いよいよ代償写真に頼るしかない状況になったら真っ先に俺にやり方を教えろ。涼には絶対に教えるな」

「涼君が来たよ、この話は終わり」


 ベランダから千絵美を伴った涼が戻ってくるのが見えたこともあり、栞奈は半ば強引に話を打ち切った。


「千絵美ちゃん、具合は大丈夫?」

「うん、大分落ち着いたよ。ごめんね、心配かけちゃって」


 千絵美はそう言って微笑んだ。先程よりも顔色は良く、口調もはっきりとしている。


手塚てづか君もごめんね。途中で席を立っちゃって」

「大丈夫だ、気にしてない」


 麟太郎は笑ってそう返した。先程までの栞奈との神妙なやり取りを微塵も感じさせない。


「話っぱなしてのもなんだし、茶でも入れるよ」

「手伝う手伝う」

「私も、お邪魔してる身だしね」


 復活した反動からか、千絵美が積極的に名乗り出て栞奈もそれに続いた。


「これは俺も続く流れだな。腕が鳴るぜ」


 流れに乗って麟太郎も参加しようとするが、


「いや、麟太郎はいいよ。四人でキッチンに立っても邪魔なだけだし、それにお前、家事スキルは高くないだろう」

「あれ、マジなテンションで返しちゃう?」


 麟太郎は救いを求めて栞奈に視線を送ったが、栞奈は助け船を出してくれるどころか真顔で涼の意見に頷くという追い打ちをかけきた。そしてどういうわけか、麟太郎のことをほとんど知らない千絵美までもが便乗して頷いている。


「へいへい、俺はビップ待遇でお茶が入るのを待ってますよ」


 半ばふてくされながら、麟太郎は王様の如く深々とソファーへと掛け直した。


「ねえねえ、これってアルバム」


 茶の準備を進めながら、千絵美が興味深そうにある物を手に取った。


「ああ、興味があるなら見てもいいぞ」

「今更ながら本当にそっくりだね、涼君と雫ちゃん」

「小学生の頃なんて本当にそっくりだよ」


 興味深げに栞奈もアルバムを覗き込む。


「あれ? 涼君。ここ、一枚だけ写真が抜けてるよ」


 千絵美がアルバムをテーブルに広げてあるページを指差す。それは涼も昨日疑問に思った、小学生時代の写真のページだった。


「ああ、そこの写真か。俺も疑問に思ってたんだけど、そもそも何の写真が入ってたのか、あまり覚えてないんだ」

「そうなんだ。それにしてもこの頃の涼君って可愛いね。女の子みたい」


 千絵美はキャップを被ってピースサインをしている子供の写真を指差して微笑んだが、その写真を見た涼は苦笑交じりに訂正する。


「残念、それは俺じゃなくて雫だ」

「そうなの? まったく分からなかった」

「今ほど体格差も無いし、分かり難いよな」

「栞奈ちゃんは見分けがつく?」

「もちろん、と言いたいところだけど、この頃の二人だと、写り方によっては私でも見間違えそうになる時があるんだよね」

「栞奈でも難しいのか?」


 涼は食器棚のカップに伸ばした手を止めた。


「うん。流石に高学年とか中学生の頃の写真は普通に見分けられるけど、この頃の雫ちゃんって男の子みたいな服装で写ってるから、パッと見は分からない時があるよ」

「見分けがつかない……」


 その言葉を聞いて、涼はある疑問を紐解く糸口を掴んだ気がした。それは、涼が現在真犯人として疑いの目を向けている人物が、どうして雫に暗黒写真の呪いをかけたのか、その動機の部分にも繋がる。


「……そうか。そういうことだったのか」




「突然済まない。大事な話があってね」


 夕暮れ時。解散し、涼一人となった津村家のリビングで、涼はある人物に電話をかけていた。


「率直に言うが、俺は雫の失踪と石清水の事件の犯人は君だと思っている」

「……」


 電話の相手は否定もせず無言だったが、微かな息遣いで動揺していることが感じ取れる。


「出来れば直接会って話がしたいと思ってるんだけどどうかな? 時間と場所はそちらに任せる」

「……今夜八時に、油島ゆしまビルの屋上」

「了解だ」


 約束を取り付けると、涼は一方的に通話を切った。


「決着をつけてやる」


 時を刻む壁掛け時計は、午後六時を指し示していた。

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