第1章 リ・スタート

第1話 自己紹介

「……んん……っいたっ」

 

 痛みに呻き、目を開けると、見覚えのない天井が視界いっぱいに広がる。

 周囲を観察しようと、無意識に体を動かせば体のあちこちに痛みが走った。

 なぜ?


「ダメですよ、怪我してるんですから動かないでください」

 

 首だけをゆっくりと捻れば、声を掛けてきたのが、ベッドの側に座っている男性であることを理解した。


 染めた感じのない自然な黒髪と少し長めの前髪で、穏やかな顔をした、銀色の下渕眼鏡の男性。

 見た目からして、恐らく20代半ばだろう。


「えっと……おはようございます?」

 

「はい、おはようございます」


 行動に困って、男性に挨拶をしたが、見た目にも、返ってきた声にも、覚えはない。


「あの、貴方は。というか、ここは何処ですか」


 何も分からないというのが正直な感想だ。

 自分がどこの誰なのか、ここは何処なのか。何もかも分からない。


「その様子だと、何も……覚えてないようですね」


 彼は、私の様子を見るなりそう言った。今にも泣き出しそうな顔の彼に、私は胸の奥底がチリリと音を立てて焼けた気がした。


「……ごめん」


 私は申し訳なくて、覚えてないことが情けなくて、ついそんな言葉をこぼした。


「ああ、いいんですよ。また自己紹介はすればいいだけですから。貴女は明日香さんで、僕は朔夜です。ここは僕の別荘で、この山のふもとにある病院で医者をしています。そして、事故にあって意識不明だった明日香さんを、半年ほどここで看病してました」


 朔夜と名乗った男は、私を気遣ってか、優しく微笑むけれど、その顔には涙の跡がある。


 恐らく、私が迷惑をかけてしまったんだろう。それだけは分かる。でも、なぜ彼が泣いたのか、彼と私の関係性は何なのか、全く分からなかった。


「私は、記憶喪失なの?」


「はい、酷く頭を打っていたのでそうなることは覚悟していました」


 そう語る顔をよく見れば、目の下には濃い隈もある。


「私は、本当に何も覚えてないの。事故って何? 私は何故事故にあったの?」


 矢継ぎ早に尋ねれば、彼は何か苦いものを食べたかのように顔を歪め、苦しそうに口を開く。


「明日香さんは、僕の家に向かう途中山道で、大型トラックにはねられたんです。当りどころが悪く、そのまま崖から……」


「……そっか、ごめんね。でもほら、そんな大事故で生きてるなんて奇跡だよ。きっと貴方のお陰だよ! あははっ」


 私は、とっさに下手な笑い声をあげた。


 事故の状況を、不自然なほどはっきりと述べる彼が今にも泣き出しそうで……無性になんとかしなければと思ったんだ。


「そうですね、本当に奇跡ですよ。さ、久々に起きてまだ体力もないんですからゆっくり寝てください」


「ああ、そうか。じゃあまた、いろいろ話をしてね?」


「はい、おやすみなさい」


 貴方こそ、ゆっくり眠ってね。そう口にする前に、彼は静かに部屋を出ていった。

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