殺人鬼の見た幸せな夢

伊藤カナ

第0話 あの日のあと


 動くのは、月のない夜


 長い髪を夜風に流し、手には鉄の匂いが染み付いた銀色を握る


 夜風に誘われて開いた窓のバルコニーから舞い降りて、目の前にあるのは無防備な男の背中


 そんな男に、気配も足音も無しに忍び寄り、素早く口を右手で塞いで、左手で頸動脈を切り裂く


 くぐもった断末魔と、生暖かい息に嫌悪感を抱きながら、物体となったそれを転がす


 そして、音もなく立ち去る


 それが私の仕事


 血塗られた私の生き方だ


 あの人の元には決して戻らない


 あの人を二度と傷つけないために



 そう決めたのは、あの日から────

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