新・聖弓魔法奏団(3)

 砲台役の魔法士たちを呼び寄せた……。


「今から私が新しい方法で火属性を付加ふかさせた連結魔法弾を撃ち出す。今後例外なく同じ手順で魔法属性を扱うため、砲台役の魔法士は目に焼きつけてほしい」


 私は2枚の手袋をローブの懐から取り出した。18歳の折、セグに作ってもらったものと同じ魔法具だ。1枚は無属性の魔法弾を撃つための刻印が施され、もう1枚には、手のひらの布地の「裏側」に魔法弾を吸収する刻印、「表側」に無属性の魔法弾を放つ刻印が描かれている。前者を先に、後者をその上にかぶせて、2枚重ねで身につける。


 遠き日、魔法属性を合成する実験には失敗したが、魔法具と魔法弾の関係を考察する機会を得ることができた。属性の付加されていない光の塊を魔法具越しに手のひらから撃ち出す直前、幼なじみのティータからこちらへ撃ってもらった土属性の魔法弾は、私が撃ち出そうとした無属性の光の塊を土の属性に変えた。


 2枚重ねの内側の手袋は無属性の魔法弾を発射する。外側の手袋は裏側に施された刻印から魔法弾を吸収して表側の刻印から無属性のまま放出する。外側の手袋が吸収して再度放出するまでの間に、遠隔から属性の付加された魔法弾を受け取った場合、同じ属性を持たせることができる。


 私が学び、聖弓魔法奏団に取り入れるのは「無属性の魔法弾に外部から属性を付加させる」仕組みだ。


 今から砲台役魔法士たちに、無属性の連結魔法弾に火属性を付加させる手法を見せる。第3者から放たれた炎の塊が自分めがけて飛んでくる恐怖を克服することが最初の試練だ。


 私は近くにいる部隊の砲台役と場所を入れ替わった。


「オース、魔法属性の付加ふか役を頼む」


 浅黒い肌をした魔法士を呼び寄せた。彼には左横から魔法弾をこちらの右手目掛けて撃ってもらう。2メートル程度の至近距離であるため標的を外すことはない。問題はタイミングだ。


「火属性の魔法弾を新しい方法で撃ち出す実演を開始する。供給役と中継役の魔法士たちは、先刻と同じく無属性の魔法弾を私に集めてくれ」


 後方にいる小集団の魔法士たちが手をつないで魔法弾を集める。中継役を経て自分の着たローブの背中に20人分の魔法弾が集約された。ゆっくり右腕を胸の前に上げる。


 ほぼ同時に、左に2メートル離れたオースの手のひらから火の魔法弾が塊となって飛び出した。火球は私の右手へ吸い込まれるように消え去り、手袋を赤い光で包んだ。背後から集まった魔法弾は全て体内を通って右手に集まっている。瞬時に目標を遠方に定めた。


 燃え盛る轟音ごうおん。巨大な炎の帯が地面をかすめて演習場の彼方まで貫通した。遠くで爆発が起こり、地響きとともに火柱が上がる。影の王との決戦で使用された火属性の連結魔法弾、炎の光条だ。かつての戦闘に参加した者たちから歓声が起こった。


「……以上が成功例だ。これから属性付加役ぞくせいふかやく魔法士の発した火球が早かった場合と遅かった場合の失敗例を見せる。何度も披露することはできないので注意して観察してもらいたい」


 オースに先刻より遅く魔法弾を撃つよう指示を出した。


 再び背中に多数の魔法弾が集まった。前方に突き出した右の手のひらから魔法弾が発射されたタイミングの直後に、火の魔法弾が命中した。飛び出したのは無属性の連結魔法弾だ。火属性の赤い色は手袋を染めたとたん白い光条に吸い込まれ消えて無くなった。


「属性付加が遅い場合、無属性の魔法弾が先に放出されてしまう……失敗だ」


 今度は早く魔法弾を撃つように合図した。


 三たび後方から送られてくる魔法弾を右手に集めた。今度は早いタイミングでオースから火の魔法弾が撃ち出される。私の右手は魔法弾を放つ前に火球が命中した。炎の燃え上がる音が周囲に広がる。連結魔法弾は発生せず、魔法具は頭ほどの炎を噴き出し燃え盛った。


 右腕を魔法弾の炎で焼かれるのは3度目だ。火炎はひじから先を灼熱しゃくねつで覆い尽くした。


 待機していた魔法士が氷の魔法弾を放ち、炎を消し止める。同時にもう1人が私の背中に手を当てて治癒の魔法弾を注ぎ込んだ。


 土属性が身体に充満し、右腕の火傷が徐々に小さくなる。聖弓魔法奏団では負傷者を回復させるときのみ、すべての魔法士が直接刻印に触れて土属性の魔法弾を流し込む。全員に魔法弾を使った治癒を習得してもらうのに加え、混線や手違いによって回復が間に合わなくなる危険性を無くす。


 火傷が即座に完治することはなかった。がれ落ちた手袋の痕跡こんせきと焼け焦げたローブの袖先を残す赤く染まった右腕は、古い傷跡の上に新たな火傷やけど跡をつくった。


「魔法弾の付加が早すぎると火傷を負う。タイミングが重要だ。誤差は1秒弱。早すぎても遅すぎてもリスクをともなう。早すぎるほうが痛みのある分、損失は大きいだろう」


 額に汗をにじませながら、眉をひそめて見守る魔法士たちに説明した。強引なやり方だったが、砲台役となる魔法士には心得てもらわなくては困る。腕を炎に包まれるのは1人で充分だ。


 新生「聖弓魔法奏団」最初の全体合同演習は、主任魔法研究士1名の負傷者を出して終了した。


 リスクを負ってまで魔法弾発射直前のタイミングで魔法属性を付加する方法は、供給役や中継役の魔法士を属性の問題から解放するという利点があった。


 魔法士が個人で属性付加した魔法弾を目標まで放つには、一定期間の訓練が必要だ。さらに、従来の方法で集団魔法を扱う際には、火の魔法弾なら全員が火のイメージを頭に浮かべ、風の魔法弾なら全員が風のイメージを頭に浮かべるといった綿密な連携が不可欠だった。


 先の敗戦で劣勢となった後、複数の部隊から連結魔法弾を撃つことができなくなった原因は、魔法士たちが恐慌状態に陥り、明瞭なイメージを思い浮かべられなくなったからだ。供給役全員がイメージを共有しなければならない制約から解放されれば、魔法弾を送り届けることだけに集中できる。


 「砲台役」と「属性付加役」に魔法属性を任せる仕組みは、「中継役」に魔法弾の経由を任せる仕組みと合わさって、絶大な効果を発揮する。属性と集約方法の双方を特定の魔法士が担うため、運用時に大掛かりな変化は発生しない。どの小集団から魔法弾を集約するか選択できるだけでなく、最低限の人数に命令を与えれば、威力・属性の両面であらゆる種類の連結魔法弾を放つことが可能となる。


 柔軟性を重視した「聖弓魔法奏団」の真髄だ。


 当面の問題は、精度を必要とされる砲台役と属性付加役の魔法士が数十名もそろうかという点だ。現状で15部隊、合計30名必要だ。中継役には判断力を求められるが、修練の必要な砲台役と属性付加役の方が戦場に出られるようになるまで時間がかかる。


 聖弓魔法奏団の規模に比例して必要な人員はさらに増えるだろう。現状でも人材不足であり解決の目処めどは立たない。悲しいことだが自分には構想を練る才能はあっても、厳しく魔法士たちを鍛錬する能力に欠けていた。

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