Ver4.3 新・聖弓魔法奏団

新・聖弓魔法奏団(1)

 「聖弓魔法兵団せいきゅうまほうへいだん」――。影の王に敗れたとはいえ、集団で強力な魔法弾を放つ仕組みは人間側の切り札であることに変わりない。魔法士の集団戦闘術、その復旧についても主任魔法研究士である私の発案をもとに形ができあがっていた。


 最初に名称を「聖弓魔法奏団せいきゅうまほうそうだん」へ改めた。かつて「魔法兵」という言葉の登場に多くの魔法士が反感を抱いた。影の王を打倒して国境の霧を取り払い、外の世界と交流できるようになったときに、魔法弾が隣国に対する武力となるのを恐れたからだ。決して人間相手に攻撃しないことを誓って「兵」の文字を取り除き、代わりに楽器のごとく繊細に魔法弾を「奏でる」という意図を込めた。


 新生「聖弓魔法奏団せいきゅうまほうそうだん」には17歳未満を除いた魔法士全員が参加する。魔法研究所は新体制が発足してから50名だった魔法士が短期間に300名を越えたため、新たな組織編成が求められた。


 魔法弾を放つ「砲台役」を設置する点は過去の魔法兵団を踏襲とうしゅうしたが、魔法弾を供給するシステムについては刷新した。ローブの色で区別していた供給役と支援役の垣根を無くし、砲台役を除く全員に魔法弾を供給する責任を担ってもらった。


 画期的な工夫を凝らした結果、以前より構造が難解になった点は否めない。熟練した魔法研究士でさえも理解するまでに時間がかかり、文書や口頭で詳しい説明が幾度となく繰り返された。


 また、仕組み以外に大きな問題がひとつ発生していた。魔法士のローブはレッドベース戦死後、遠隔から魔法弾を供給する機能を長らく失っていた。


 背中に描かれた魔法弾を吸収する刻印、混線を防ぐための番号付加などといった魔法具生成に関する技術は現場の人間がいなくなったため、手探りでの復旧を余儀なくされた。文献や遺された日誌をあさって情報収集しながら腕利き職人のセグに新しいローブの製作を依頼し、1年近い試行錯誤の末にようやく数日前から使用可能となった。


 魔法暦95年9月10日、聖弓魔法奏団は新体制初となる本格的な全体合同演習を実施した――。


 早朝、魔法士全員が同じ色のローブを着て魔法研究所の前に集まった。白地に赤と青の直線ラインで装飾を施した、前魔法兵団の供給役と砲台役にのみ支給されたローブだ。前回の決戦時、黄色がかった安い布地をまとっていた魔法士たちは、劣等感の対象となった服装が憧れのものに変わったと喜んでいるようだった。


 決して心理的な戦意高揚を狙ったものではない。悪しき慣習を廃止しただけだ。決戦に臨む折、人間の命に優劣がつけられないように、服装や役割にも差をつけるべきではない。皆が等しく聖弓魔法奏団の一員だ。私も全く同じ服装に身を包むと、魔法研究所正門扉に集まった魔法士たちの前で向かい合うように立ち、背筋を伸ばした。聖弓魔法奏団の指揮者リーダーとして声を張り上げる。


「本日の合同演習は、『聖弓魔法奏団』が実施する初の野外訓練だ! 昨年まで魔法兵団に所属していた者たちは勝手もわかっているだろう。一方で、文面や口頭でのみ説明を受けた新人魔法研究生たちは右も左もわからないという状況かもしれない。遠慮なく先輩魔法士に質問し、疑問に思うことがあれば、随時その場で解決してもらいたい」


 魔法士たちの強いまなざしが向けられていた。声帯に力を込めた。


「魔法暦100年、まで5年しか残されていない。来年には影の子出現の日も到来する。各自が魔法での戦闘について深く造詣ぞうけいを持ち、新たに入団してくる研究生を教え導かねばならない。この場にいる全員が貴重な戦力であり、教師であり、かけがえのない人材であることに誇りを持って欲しい! 個々の練度は聖弓魔法奏団全体の成熟に直結する。運命の日を生きて乗り越えるため、皆の力を貸していただきたい。これより『聖弓魔法奏団』総員出発する!」


 魔法士の集団から大歓声がき上がった。野外演習を前にして、参加する魔法士たちが色めき立つことは初めてだったかもしれない。


 不思議な気持ちだった。以前は魔法兵団を指揮していたデスティンに対し、心のどこかで複雑な感情を抱いていた。今度は自分が指揮する側に立った。決して優越感に浸ったり心地良いと感じたりすることはない。責任重大であり、失態は時に多大な犠牲者を生む。素直に前任者のカリスマ性と統率力に感心する。自分ができることに限りはあるが、最低限持てる力を尽くすことだけは心に誓った。


 本日全体演習を実施する場所は、かつて教会の尖塔せんとうから魔法兵団を眺めたことのある首都コア西側の平原だ。当時から3年近くが経とうとしている。懐かしい記憶が去来しつつ、事前に説明していた布陣が完成するのを見つめていた……。


 集団の先頭に砲台役の魔法士が立ち、続いて供給役の魔法士たちが最大4名ごとに小集団を形成する。部隊という概念はあるが、整列して同じ人数が揃うことはない。傍目には各列バラバラだ。けれど、いびつな形状こそが「聖弓魔法奏団」の特長である。


 というのは、魔法弾を個人で放つことのできる総数、「魔法力」が同量の魔法士を集めたグループだ。15発以上の魔法弾を放つ者が並ぶ集団もあれば、10発にも満たない者たちの集団もある。大切なのは同じ力量を持った人間が集まることであり、魔法力の高い者のみを選抜した旧魔法兵団と全く方向性が異なる。


 ……詳細を語る前にもう少し「魔法力」と供給役魔法士の関係を説明する。


 魔法弾を撃つために必要な「魔法力」は集団で魔法弾を放つ際、残弾数のを意味する。魔法力の尽きた者が一人でも発生した時点で供給役としての機能を失ってしまう。全員が魔法弾を撃てる状態であることが魔法力の一部を砲台役の元まで供給する条件となっていた。


 旧魔法兵団に魔法力の高い者が選ばれた理由は、できるかぎり多くの連結魔法弾を撃つためだ。影の王との対決時に各砲台役から十数発もの光条を放つことができたのは、魔法力に優れた魔法士が数多く動員されたからである。


 有能な魔法士を選抜した一方で、過去の聖弓魔法兵団の仕組みは欠点も生じさせた。魔法力の劣る者たちは支援役として魔法弾の供給に参加できなかった。反省を踏まえて、常時無駄なく各魔法士の魔法弾を集約できる仕組みを用意できれば、全魔法士を供給役とする効率的な連結魔法弾の生成が可能だ。


 まして、現在の魔法研究所が置かれた状況は「魔法力」に優れた人間の数が、影の王との対決に敗れた聖弓魔法兵団と比べてあまりに少なかった。レジスタ共和国各地から優秀な人材を集めて敗北した結果、魔法研究所に残された人間、新たに加わった人間たちは魔法力において劣っていた。


 旧魔法兵団と同じ発想に基づいた組織では、以前と同じ戦力を整えることができない。私が構造を刷新するに至ったのは、困窮した状況に迫られたことが最大の理由だった。

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