主任魔法研究士(2)

 暫定だが主任魔法研究士に選ばれた。全魔法士を牽引する立場に就いたのだ。兼ねてより魔法研究所の方針に抱いていた疑問を即座にまとめ、改善を図るべきだ。


 今後、魔法研究を進めるための指針を3点の規則にまとめた。


「魔法研究会議は毎日午後初頭から始める、参加は自由」

「魔法士全員に研究班を新規に立ち上げる権利を与える」

「魔法研究所の情報はすべて一般に公開する」


 今まで月1回の頻度ひんどで開催されていた魔法研究会議は毎日開く。主任である私が常駐し、話を聞く体制さえ整っていれば堅苦しい形式など必要ない。


 また、なるものは個人が勝手に立ち上げるべきだ。結果が出るまで研究内容の価値は関係者以外わからない。当人に計画性のある説明ができるのなら、予算の都合がつく限り自由に任せてしまって構わない。


 魔法研究の新情報は不在の魔法士に後日必ず文面で知らせる。むしろ誰でも自由に内容を閲覧できるようにする。「影の王に情報が漏れるかもしれない」という根拠のない思い込みが生み出した秘密主義は徹底的に排除し、魔法研究所以外からも意見を受け入れる。多様な職業の人間から独創的なアイディアを収集し、魔法士は実現可能な手法にするべく尽力する。


 翌日、魔法研究所正門扉の前には負傷者一覧を貼り付けてあった掲示板が再び登場し、訪れた魔法士たちの目に止まった。そばに立つ私が、数人の手伝いとともに奥から引っ張り出したものだ。紙の上を躍る文字は以前の陰気な敗戦情報から一変し、刷新した魔法研究所の仕組みを詳細に解説するものであった。


 掲示板の周囲には人だかりができていた。


「本当に今日から魔法研究会議を始めるのですか?」


 年下の魔法研究生に呼び止められた。


「昼食後に実施する。誰でも歓迎するから予定がなければ是非参加してほしい」


 別の者から質問が出たので走って向かった。応対する背後から、魔法研究所の規則を一新した主任魔法研究士を噂する声が聞こえてきた。幸いにも悪い表現は混じっていない。


 午後の魔法研究会議には30余名が魔法研究所2階の中央部屋に集まった。参加する人数だけならば、以前の魔法研究所の様子と何も変わっていない様に見える。不思議なのは、所属する魔法士全体の半分以上が出席するという真逆の内訳だ。


 目の前には白亜の魔法士たちがひしめきあっていた――。


「盛況ぶりを心から感謝したい。早速、魔法暦94年11月21日の魔法研究会議を始める」


 私は簡潔かつ丁寧に会議の開催を告げた。


 もちろん最初から研究を発表する者はいない。新体制になって最初の魔法研究会議は、主任魔法研究士によって魔法の現状を総括、評価することから始まった。


 魔法弾の放出、魔法属性の付加、そして供給役と砲台役をそろえることによる聖弓魔法兵団の創設……。本日にいたるまでの研究の歴史を自らの視点で語った。


 要所要所でベテラン魔法研究士に説明を求めながら2時間ほどで初日の会議は終わった。話し続けたため、喉から血の味がするほど声帯を酷使した。聞く側も絶えず耳を向けて脳をフル回転させていたからか、終わったときには全員が憔悴しょうすいしきった様子で会議室を退出した。


「わしも久しぶりに濃い魔法研究の話ができてよかった」


 途中何度か解説に参加したジョースタック魔法研究所長が口を開いた。老魔法士は会議室の隅で椅子に腰かけていた。私は近づき一礼して、本日の手ごたえについて述べる。


「明日も新しい発表がなければ、魔法研究に関する講義を続けます。最初の山場は皆さんの忍耐にかかっているかもしれません」


「わしは面白いことに関わっている限りは疲れを感じたことがないのでな。心配には及ばん。アキム主任も同じ性分じゃろう? まだ元気が有り余っておる」


 ジョースタックの顔がほころんだ。魔法研究に活気を取り入れ、風通し良く進めるという考えを受け入れてくれたようだ。反対の結果も予測していたので、うれしい驚きだ。


「ところで、ジョースタック先生。ご相談したいことがあるのですが……」


 機嫌が良さそうなので、魔法研究所の制度に関する抜本的な改革案をひとつ提言した。人数が極端に減ってしまった魔法士の数を元に戻す策案である。


 ……翌日、研究所1階の大階段横へ移動した掲示板には新たな伝達事項が付け加えられた。


「魔法研究生の募集は随時月1回とする。年齢制限は従来の17歳から13歳に引き下げる。ただし、17歳まではいかなる戦闘訓練にも参加できない」


 年齢制限を引き下げて魔法研究生を募集する。現時点で13歳だとしても魔法暦100年の時点では20歳近くになるだろう。自分たちの運命を左右する魔法研究に携わりたいと思う者に対して門戸もんこを閉ざす理由はなかった。





 熱せられた鋼鉄は瞬時に体温を上げる。「魔法研究会議」と銘打たれた私の講義は、1週間と経たぬうちに議論の場へ変貌した。なぜ影の王に敗れたのか、影の王を倒す有効な魔法とは何か……魔法士それぞれが持論を述べ、遠慮なく反対意見をぶつけあう。私も例外なく理論の穴を指摘された。時折訂正を求められることがあり、主張を根底から否定されることもあった。


 毎日の会議終了後は疲労に襲われたが、ジョースタック魔法研究所長と2人、現在の魔法研究の進め方に手ごたえを感じながら満足した顔で休息をとった。


 主任魔法研究士という肩書きを持った私だが、呼び名は「アキムさん」から「アキム主任魔法研究士」、単純に「主任」まで多岐に渡る。特に統一する必要もないと思っていたからかもしれないが、結局ひとつにまとまることなく自由に呼ばれるようになった。


 年が明け魔法暦95年1月、以後続けられる魔法研究生の募集には、多くの志願者が集まった。


 一方には14歳前後の少年少女がいた。もう一方には公開される魔法研究所の情報を見て、興味が沸いたという壮年の農夫もいた。幅広い年齢層、職業の人間が一堂に集結した。採用試験は設けず、事務的な手続きの後で全員を受け入れた。


 多数の人間が集まれば能力的な差は必ず発生する。魔法研究に携わるための教養が不足した者たちのために、有志を教師に招き入れて基礎学問の授業を実施した。才能というものは思わぬところに隠れているものだ。知識が皆無であったはずの者がまたたく間に授業の内容を咀嚼そしゃくして、魔法研究へ積極的に取り組みはじめた。


 一方で魔法士に提供される宿舎と食事を目当てに集まってきた者たちは、毎日押し寄せる知識の波に打ちのめされ、数日と経たず去っていった。


 魔法研究士が責任をもって個々の知識と理解度を把握していたため、ごまかすことはできない。従来の魔法研究生の中にも辞表を提出する者がおり、新体制は自由な気風の中に厳しい一面を持っていることが周知された。





 順風満帆じゅんぷうまんぱんに魔法研究が進む状況で、再会と別れがひとつずつ待っていた。別れが訪れたのはティータだった。


 みかん色の髪をした幼なじみは魔法士を辞めて故郷へ帰ることを決心した。誠実で美しい女性魔法士が研究所を去ることに嘆く者は多かったが、頑固なのも彼女の特徴だ。


 加えて退院できる状態になったとはいえ心の傷はいやしようもなく、ミヤザワ村の穏やかな生活が必要ではないかと本人ならずとも気づいていた。


 ティータは右手を負傷して馬に乗れなかったので、馬車を使って故郷へ向かうことにした。道中二人で、長い別れを前に心置きなく言葉を交わした。できれば私が馬を操り彼女を後ろに乗せて、格好良く故郷に凱旋がいせんしたかったが相変わらず乗馬の腕前は名状しがたい。


 ミヤザワ村でティータを降ろし、首都コアの魔法研究所に戻ったのは一昼夜明けた翌日の正午だ。徹夜だったが会議に穴を開けることはなく、主任魔法研究士としての職務を全うした。


 同日の夕暮れ時……魔法研究生のひとりが研究室の椅子でまどろんでいる私を揺り起こした。


「研究所の入り口に道化どうけ師の格好をした人が来ています」


 道化師……。なんだか懐かしい気分に浸ってしまった。魔法弾の合成を実験した日のことは忘れない。織物職人のセグに違いない。


 日除けのフードをかぶり、全身を覆うコートをまとった小柄で白い肌の男が研究所の1階を訪れていた。不思議なことに人間嫌いだったはずの彼が、応対する魔法研究生と楽しげに話している。


「久しぶりだな、異端者」


 間違いなくセグだった。彼とは18歳のときに出会って以来、手紙中心に言葉を交わす間柄だ。転機は私が投獄された事件の折……セグも影の王に通じる不審人物として扱われたため、危険が及ばぬよう連絡を絶っていた。


 聖弓魔法兵団が影の王に敗れて魔法研究所が野戦病院に変わってしまった頃、再び手紙で情報交換するようになった。直接顔を合わせるのは数年ぶりだ。


「あいつ……レッドベースが戦死したと聞いた。あいつの工房で活動していた技師たちは魔法士として出征し、負傷者を含めて全員いなくなってしまったそうだ。専門知識のある人間が不足しているという理由で、引退していた先代経営者が商売敵であるはずの俺に助けを求めてきた。夜だけ仕事する生活でも構わないらしい。報酬も良いから、これを機に都会の生活を満喫するつもりだ」


 魔法具の製作においてレッドベースがいなくなったことは大きな損失だった。セグが首都で生活するのは心強い。旧友との出会いを祝うとともに魔法研究所の新戦力を歓迎した。

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