Ver3.1 影の王攻略戦《魔法暦94年》 前編
影の王攻略戦《魔法暦94年》 前編(1)
季節は秋の半ば、太陽の熱を避けた
決戦当日は好天に恵まれた。レジスタ王国の東部は秋雨と無縁であり、行軍に不利な天候はないと予想されていたが、まるで祝典の似合いそうな青空が広がっていた。首都コアは国中から人が集まって、研究所南の広い街道は朝から激励する群集で溢れかえった。
大通り両脇に立ち並ぶ観衆の間を貫いて、聖弓魔法兵団総勢640名がデスティンの騎乗した馬を先頭に悠然と行進する。魔法士たちはローブをまとい、若干名を除いて徒歩で移動している。馬は過去の遭遇戦から待機させている間に襲われる可能性が高い。幸いにも影の王が姿を現す場所は、首都から休みなく歩いて5時間ほどで到着する。
耳を覆わんばかりの歓声が延々と続く。熱狂の度合いはおおげさに思えたが、自分たちが参加できない運命の一戦に若者中心の集団を送り出すのだ。応援にも自然と力が入るのだろう……。魔法士たちは熱気にあてられ皆上気していた。私は魔法兵団の最後尾近くに位置し、盛り上がりを増す観衆の声援に包まれていた。正直、魔法士であることを今日ほど誇らしく思ったことはない。
道端で行進を見守る母子に目が留まった。お揃いの赤いスカーフを身につけている。母親に身体を寄せた幼い少女が不器用に手を振った。こちらも手を軽く上げて笑顔で返した。
首都コア南側の玄関口は大通りが国同士を
過去に影の子を目撃した、あるいは被害の現場に出くわした経験のある魔法士は、顔中に緊張をにじませている。自分が今日死ぬとは思っていないが、全員が無傷で済むはずがない。できれば自身が不幸な負傷者にはなりたくない。差し迫った決戦に対して若干だが忌避の感情が漂いはじめた。
私も不安という名の感情が表に出そうだった。詳しい戦術情報は末端まで綿密に伝えられているはずだ。魔法兵団側に問題はない。きっと大丈夫だ……。
例えば徹底して役割を分担した
だからより一層、奮起せねばならない。以前はティータ個人にのみ向けられていた責任感が、自分を砲台役とする「第16部隊」の魔法士全員に対しても芽生えていた。
聖弓魔法兵団は多年草が生い茂る平原を進み、東南東を目指した。影の王が姿を現す場所が徐々に近づいてくる。太陽が頂点に昇るころ、目的地まで中間ほどにある小高い丘に面した窪地で行進は止まり、休息を兼ねて全員で昼食をとった。決戦前に英気を養う最終ポイントだ。
私は支給されたパンを口に入れ、周囲に目を配った。同じ部隊の若い魔法研究生が最期の食事になるかもしれない、と
静かに近づいて声をかける。
「ちょっといいか? 部隊の砲台役、アキムだ。昨年春に午前半ばで中止になった演習があっただろう? おれが原因なんだ。当時は身体が勝手に動いて負傷した人間を助けてしまい、ひどく叱られたもんだ。立場は変わろうとも人間中身は変わらない。部隊内の誰かが窮地に陥れば身を挺して助けにいくつもりだ」
柄にもなく励ました。若い研究生は不安そうな表情を浮かべながらも食べ物をほおばった。
私は今年23歳になった。故郷の村にいれば家庭を持ち、畑の10も借り受けて毎日農作業している年齢だ。女性は20歳までに結婚する者がほとんどだ。ティータは将来をどう考えているのか……パンを口に含みながら、ふだん考えもしない事柄が頭を駆け抜けていった。
食事時間が終わり、影の王を攻撃するための確認事項が再度、口頭にて伝えられた。デスティン団長は行軍に一切余念がなかった。今回の討伐隊には総合責任者という立場でエキスト魔法研究所長が騎馬で同行していたが、指揮権は魔法兵団長に一任されていた。
銀髪の優等生とは過去幾度も衝突したが、命をかけて戦うとなれば頼りになる戦友だ。向こうも同じように思っているのだろうか? 多少なりとも信頼していなければ部隊の砲台役を任せることはないだろう。
自分が所属する「第16部隊」――聖弓魔法兵団の左から数えて16番目の部隊は、展開した魔法兵の陣容で右端にあたる。右側面から攻撃を受けたときには兵団の壁として水際で対応しなければならない。中央の「第7部隊」先頭に立つティータとは距離を隔てているが、同じ砲台役として先頭にいる彼女の姿を視界に留められるのはささやかな慰めだ。
号令が高らかに響き、再び魔法士たちは列をつくり行軍の準備を始める。太陽は早くも傾き始めていた。次に足を止めるのは「影の王」のいる目的地だ。私は再度気を引き締め、掛け声に合わせて足を上げて大地を強く踏みしめた。
決戦場は
影の王を発見したと伝えられる元掘削現場、縦穴の跡から500メートルほど離れた場所……。腰ほど丈のある草がまばらに生えた乾燥地帯が影の王の本拠地だ。魔法暦
地肌が露出した一角に染料でバツ印がつけられている。斥候の魔法士が残した影の王の正確な出現位置を示したものらしい。
南を向いた状態で周囲に目を配ると、左手側――東の国境方向はレジスタ共和国を取り囲む霊峰から山岳が数キロメートル近くまでせり出している。けれど、自分たちが立つ場所は平坦そのものだ。戦況に影響を及ぼすような障害物は何もなかった。
休む
各部隊が配置を終えると同時に、支援役となる魔法士が隊列の後部から離れ、魔法弾の供給役となる白いローブを着た魔法士のそばへ移動した。演習時と同じく1部隊は2列縦隊。砲台役2名を先頭に供給役が横2列9名ずつ続く。隊列に属さない支援役は決められた相手の治癒を担当する。
私の横にも黄色がかったローブを着る支援役の魔法士が近づいてきた。目の前に現れるまで気づかなかった男は背が低くずんぐりした体型のリューゾだった。
特徴的な体型をした後輩とは牢から出て以来、言葉を交わす機会が一度もなかった。話しかけようとすれば避けられ、近寄ってきては懐疑的なまなざしを浴びせてしまうばかりで、一向に以前の関係を取り戻すことができない。
自分が怪我をしたときや、部隊が右側面から攻撃を受けた時は彼が頼りだ。けれど、1年経過してもいまだ魔法兵団の支援役に留まり続ける後輩は心許なかった。何より個人的に嫌われているのではないか、という疑念が決戦に臨む背後を任せるのに憂いとなった。
「リューゾ、頼むぞ」
不器用にも精一杯の笑顔を浮かべて両者間の摩擦を取り除こうと努めた。リューゾは目を伏して首を縦に振ったような仕草を見せるだけだった。きっと双方とも要領が悪いだけなのだろう。いつか仲良く話しあえる日は来る。今は魔法士のひとりとして信用するほかない。
改めて部隊正面を向く。私が着る
ローブの懐には砲台役に必要な4属性の魔法具が入っている。手袋を取り出し1枚ずつ、問題がないか確認した。砲台役は4属性の数に加えて、火と風のみ予備1枚を支給されている。点検を終え、僅かながら暖色を帯びつつある大空を仰ぎ見る。陽は傾きの度合いを強め、決戦開始の時刻が近づいていた。
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