Ver2.1 少年老い易く
少年老い易く(1)
魔法暦92年。ティータと裏庭で魔法の実験をしてから3年……。魔法研究所で過ごす日々は風のように過ぎていった。「影の子」は4年に一度現れる。言説どおり前回の遭遇から未だ問題は発生していない。4年目となる、今年の10月10日「影の日」まで平和な日々が続くはずだ。
私は21歳になった。顔は若干大人びただろうか。昨年節目の20歳を迎えたが、何か変わったとは思えない。肝心の魔法研究は初年度に目覚しい成果を挙げて以来、しばらく停滞が続いている。18歳の折、魔法暦89年3月の魔法研究会議にて魔法属性の合成について失敗した旨を報告した。私は別の研究へ方針転換するつもりだったが、エキスト主任魔法研究士から引き続き魔法属性の合成を調査するよう要請があり、成功する見込みのない実験に延々と時間を費やした。
魔法研究所そのものは魔法暦90年を境に大きく変貌を遂げた。複数名で魔法弾を撃ち出す仕組みと、遠隔から魔法効果を維持したまま送受信する技術が効果的に交わり、魔法士たちによる集団戦法が実現した。
同じく魔法暦90年にエキスト主任魔法研究士は高らかに宣言した。
「魔法研究の成果は、
レジスタ共和国の政治家が多数集まる会議にて
発言力を増した主任魔法研究士の発案により、魔法研究所では多くの新語が用いられるようになった。魔法士は「
魔法研究は新規に発想を求めることよりも、現状の仕組みのまま集団をどれだけ効率的に運用するかが争点となり、魔法暦90年に私やレッドベースが班長を務めていたすべての魔法研究班はエキストの研究班へ統合された。以降は研究を立ち上げる前には必ず主任魔法研究士の許可が必要とされ、「役に立たない」文献を題材にした提案はすべて棄却されてしまった。
功労者はレッドベースだ。魔法弾を遠隔から吸収の魔法具へ飛ばそうとする際、複数の魔法士の動作が近距離で交錯すると、互いが干渉してしまって魔法属性の合成と同じく何も起こらないという問題が発生した。
レッドベースは魔法具と刻印の専門家である。新しい刻印として、「番号」を付加した吸収と放出の刻印をそれぞれ作り出した。魔法弾は番号が揃った刻印同士の組み合わせでのみ、空中を経由して送受信できるハイテクノロジーへ変貌した。
役に立たない教科書に記載された別世界の技術では、「電波」の送受信がこれに似ている。周波数を変えた複数の電波を用いることにより、送り手と受け手で種類を区別するのだ。赤髪の先輩魔法士は魔法具の刻印に
そして時間軸は魔法暦92年、21歳となった今年へ移る。魔法の集団演習と錬度向上が中心となった魔法研究所で私が貢献できることは少ない。エキスト主任魔法研究士の下、端整な顔立ちに
同年4月、魔法研究生の志望者たちが首都コアへ集まってきた。記憶に懐かしい入学採用試験が始まる。私が魔法研究生になってから正確に4年が経過したことになる。
例年と比べて選考に変化があった。魔法兵団の早期強大化という目的から、以前より多くの者が試験を通過して新しく研究生に加わった。魔法力試験での合格の敷居を低くしたようだ。体内に蓄積できる魔法弾の総量――「魔法力」を合否の問題にすることは意味がないと思っていたので、合格基準の変更には賛成する。
同時に人事体系が一新される。高齢だったジョースタック魔法研究所長の辞職。後任はエキストが引き継ぎ、新魔法研究所長となった。また、魔法研究生の中で安定して成果を挙げてきたレッドベースと魔法兵団長デスティンが昇格して「魔法研究士」の一員に加わった。
特任魔法研究生は私ひとりが取り残される格好となり、研究室を持たない形骸化した役職は時折、一時の栄光にすがる嘲笑の対象として扱われるようになった。
季節は春から夏へ変わり、残暑厳しい晩夏となる。前回から4年目となる「影の日」が近づいていた。
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