特任魔法研究生(3)

 魔法研究所で充実した時間を過ごし始めてから季節が変わるのは早かった。秋めいた気温は下がり、間もなく冬に入った。気温の高低差が緩やかな首都コアに厳冬が訪れることはない。積雪にも縁がなく、遠く国境沿いの急峻きゅうしゅんな山岳に薄い雪化粧を望む程度だ。


 年が明けて魔法歴89年となったが、四季というものを感じる暇は全くなかった。振り返って反省する時間もない。ひたすら魔法研究に打ち込んだ。気づけば特任魔法研究生となってから4ヶ月が過ぎていた。魔法歴89年2月14日、ようやく特別休暇をもらった。


 私は珍しく街の雰囲気を味わっていた。彩色豊かな木造の商店が教会など公共の施設に混じって軒を連ねている。服飾店の入り口に等身大の鏡がそびえていた。映し出される自分の姿は、純白とはいえないYシャツに藍色のチノパン。首都コアへ引っ越してきた昨年に新調したのだが、田舎者に見えないだろうか……大丈夫だ。


 朝食を済ませてから宿舎を飛び出し、魔法研究所正門の前から南へ続く中央通りをぶらついて何か目新しいものがないか探していた。残念なことに違いを見抜く感性を持ち合わせていないようだ。あくびをして、そろそろ鳴るはずの正午を告げる鐘の音に耳を澄ませた。


 街へ出てきたのはレッドベース先輩に誘われ、一緒に昼食を囲む約束になっているからだ。驚くことに銀髪の魔法士デスティンを含めた3名という顔ぶれだ。


 リンゴーン、リンゴーンと街の南東に立つ天文時計塔から複数の金属音が共鳴し始める。表通りに面している待ち合わせのレストランへ足を運ぶ。厚い木製のドアを開けると垢抜けた光景が視界に飛び込んできた。


 中心街の食堂だけあって洒落しゃれたインテリアをそろえた、富裕層向きの内装だ。テーブルと座席ごとに立てられた柱が波立つ木目を強調している。肉を焼いた香ばしい匂いとハーブの香りが食欲をかきたてる。赤髪の先輩は一番奥に用意された座席の向こう側に腰掛けていた。レストランに合わせたのか、木の葉の色合いを迷彩模様に仕立てたシャツを着こなしていた。


「先輩、ずいぶんと早いですね」


「俺が呼び出したからな。店も行き着けだし、何よりおまえたちが先に来て別の席に座られていたら困る」


 お気に入りの場所か……。私はテーブルの手前にある椅子を引いて腰を落ち着けた。


「正午過ぎ30分後と約束していたが、デスティンが来るのはきっかり時間どおりだろうな」


 銀髪の優等生は2月から自分と同じ「特任魔法研究生」に昇格していた。3名の特任魔法研究生だけが一堂に会する初めての場だ。


「先輩に改めて聞いておきたいのですが、今日集まるのは本当に親睦を深めるためなんですか?」


「……でなければ飯を食べながら話をするわけがないだろう。お互い疑問に感じていることなど何でも話をすればいいさ」


 レッドベースは後ろにかけたジャケットのポケットから小さな手鏡を取り出し、前に跳ね上げた頭髪を確認した。ウェイトレスが水の入ったコップをテーブルに置いた。少し年上だがうら若い美人だった。田舎育ちのためか街の女性に出会うとどこか照れくさい。


「先輩がひいきにしている理由がわかる気がします」


「……だろ?」


 心を見透かしているかのように口角をにやりと上げた。


 デスティンが扉を開けてやってきたのは約束の時間ちょうどだった。風で乱れた銀髪を店の鏡に映して整える。


 紺の長袖シャツにカーキ色のチノパン。私とは上下が逆の色合いだ。


「なんだ、デスティン。アキムと同じセンスじゃないか。おまえたち案外、似たもの同士なのかもしれないな!」


 赤髪の先輩が腹をかかえて笑った。


「何言っているんですか! 服の素材からして全く違います。一緒にしないでいただきたい」


 銀髪の同僚は気分を害したようで椅子を乱暴に引っ張り、腰を下ろした。


 レッドベースはメニューから好物であろう項目を注文して、私とデスティンも同じものを頼んだ。先輩は赤髪の先端をクシで整えて手鏡と一緒にジャケットへ戻すと話を切り出した。


「実はな……」


 注文した料理がやってくるまで、魔法研究……とは全く関係ない世間話で時間をつぶすことになった。半分は身近な人間にまつわる笑い話だ。


「よし、それではアキムに続き、デスティンの特任魔法研究生就任に乾杯っ!」


 ぎこちない挨拶で水の入ったグラスが音を立てた。


 運ばれてきた料理はひき肉を固めて焼き上げたもので、ナイフを入れると肉汁がにじみ出て皿いっぱいに広がった。フォークで欠片かけらを刺して口へ運ぶ。こうばしい香りと肉の匂いが鼻腔を通じて身体全体に広がった。美味い。普段魔法研究生の寮で食べている料理も好物ぞろいだったが、比べ物にならない満足感が舌を刺激した。むさぼるように肉を頬張っていると左横から声が聞こえた。


「アキム、君はマナーがなってないな。音をたてるのは周囲に対して失礼だぞ」


 金属製の食器を自在に操り、上品に食事を続けるデスティンにとっては我慢ならなかったらしい。以降、私も気をつけてナイフを扱うようになった。代わりに味は感じなくなったが……。


 主菜を食べ終えて間もなく白いマグカップに紅茶が注がれた。吹く息で熱をさましながらのどを潤す。芳醇ほうじゅんな花の香りが身体を包んだ。口内に残るあぶらはきれいに洗い流された。


「はは、やっぱり最高だな。美味い料理をたいらげたところで……」


 赤髪の先輩が口を開いた。


「アキムに先月の研究発表内容について説明してもらいたい」


 どうやら本題が切り出された。

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