第23話 真実
「あなた方に幾つか質問があります」
テクタルクさんは相変わらずの丁寧な口調で、倒れている男へ語りかけた。彼が所謂タメ口になるところは、カラムとリーギンさんと話すとき以外に知らない。
「はん、話すことなんかねえよ」
対して、男はつれない態度である。
まあそんな反応をする気はしていた。
「強情ですねえ」
テクタルクさんも同じように思っていたのか、平然とした様子だった。
と少し感心していたら、ずい、とその顔を突然男の眼前に突き出した。ガスマスクというのはこの世界には殆ど知られておらず、また個人的な感想だが妙な威圧感を感じる。
事実、男は得体の知れなさを感じたのか多少動揺したようである。
「さて、このお洒落な魔道具がどんなものか、あなたは知っていますね?そして、あなたは彼が毒を操ることも聞いているようですね?その上で問題です」
一つきりのレンズで男を見据えながら、テクタルクさんは言う。
「彼には、この魔道具が効きませんでした。つまりそれがどういうことかわかりますか?」
「……」
「おや、おわかりでない?とても単純なことだとおもいますが」
「……」
「だんまりですか。まあいいでしょう。――シズキさん」
「はい」
名を呼ばれて、近くに歩み寄る。
何となくテクタルクさんの意図がわかった。
「少しばかり、この男の口の滑りをよくしてくれませんか?」
「わかりました」
頷いて答えると、男は緊張した様子を見せた。
おれは男の傍らにしゃがみ込んだ。
…今からおれがすることは、所謂拷問になるのだろう。無論、これまでそんなことをしたことはないし、また良い気分もしない。だというのに、躊躇はあまり感じなかった。
当然の報いだと感じているのか、或いは自覚のないままに今まで抱いていた倫理観が変化しているのか。
己の心の有り様に疑問が湧き出たが、まあそれは後回しにすることにしよう。
「喋りたくなったらいつでも言いたまえ。――口が利けるうちにな」
「っ……!」
妙に冴えた頭のままそう言うと、これ見よがしにゆっくりと息を吸う。
そして口を開けたと同時。
「待っ、待て、言う、喋る!だから止めてくれっ!」
男は目を見開いて唾を飛ばしながら、そう叫んだ。
魔術の光がぼんやりと部屋を照らしている。外はすっかり暗くなっていた。
「リエル」
「……ん……」
呼びかけるが、反応は薄い。
まあ、無理もない。
連中から情報を搾り取ったのだが、その一つはおれ達を絶望させるのに充分であった。
まあ、おれはまだ構わない。既に予測と覚悟はある程度出来ていた。しかしリエルにもそれを求めるのは酷である。
『あ?どういうことかって、普通わかんだろ』
あの男に、この拘束の魔道具について尋ねると、奴はこう答えたのだった。
『ここらじゃニーアとかいう名前で通ってんだったか。くそったれ、もう全部言っちまうがあいつは別に仲間じゃねえ』
忌々しそうにおれ達を睨みながらも、観念して男はすらすらと喋った。
『あの女は、所謂奴隷の斡旋をしてんだよ。最近は子どもをよく流してるみたいだな』
元々彼らとニーアさんは無関係だったようだが、ニーアさんはリエルに心当たりがあったらしく、盗賊連中と交渉して売り渡すことになったという次第である。
そしてそんなことには気付かず、見事におれ達は嵌められた。
それが、連中から得た真相であった。
その後おれ達はギルドに戻り、おれに与えられた部屋で呆然としていた。
「いやしかし、女とは恐ろしいなあ」
そう呟く。
あの可憐な笑顔の裏にそんな本性があったとは露程にも思わなかった。
それで思い出したのだが、学生時代のある教授は“美人は無闇に笑顔を見せてはいけない”と語っていたのだった。
その教授曰く。
『美人さんが八方美人したら、男どもが皆勘違いしちゃうわけよ。だからそういう綺麗な女性はつんと澄ましているべきだと、僕なんかは思うんだよねェ』
当時も密かに同意していたのだが、今はより深くそう思う。今度から美人には気をつけます、教授。
さて、落ち込むのはこのくらいにして、気持ちを切り換えよう。人生諦めが肝心である。
気持ちを入れ換えると同時に、階下が騒がしくなった。どうやら孤児院に行ったアマンシオさんが戻って来たようだ。
「あの、何なんですか…!?」
パントマイムでもしているかのように虚空へ両手を押し当てているニーアさんが、戸惑いながら抗議する。
ここはアマンシオさんの魔法で創られた異空間である。すっかり忘れていたが、彼は空間を操る魔法が使えるのだった。
これといって特徴のない、目に優しい乳白色の一室である。ニーアさんはその中に更に創られた檻のような別空間に閉じ込められていた。
「誤解だったらすまないが、ちょっと気になることを聞いてな。この街で新しく悪いお友達が出来たそうじゃねえか」
「え……?」
ぽかん、とニーアさんは阿呆のように口を開けた。その様は演技とはいえ思え――いけないいけない。せっかく気持ちを切り換えたところなのに揺らいでしまった。
もしあの男が適当なことを言っておれ達が誤解しているのだとしたら、後で死ぬほど謝るとしよう。ひとまず気を強くしていなくてはならない。
「ニーアさん」
「ソウカさん!あの、これは」
「全て聞きました。“連中”は快く喋ってくれましたよ」
「ソウカさんまで、そんな――」
「もうとぼけるのはおよしなさい」
彼女の言葉を遮り、駄目押しのように言うと。
「…そう。まさか皆やられちゃうどころか、素直にお話しするなんて」
つい今し方の表情と声色が、空恐ろしいほどの平坦なものに変わった。
これが本性ということか。
そして彼女は笑みを浮かべたが、それはおれの知るものではなかった。以前までの笑顔が“にっこり”とすると、今のそれは“にやり”といった風情である。
「あのエルフの娘とあなたの特徴は聞いていたから、すぐにこれはと思ったわ。近くの組織に売り渡せば利益になると思って、あなた達を懐柔して。上手くいっていたのにねえ」
「組織、ね。それはあれか、今この辺りにいるくそったれどもか」
「そうよカーデラの英雄さん。――ところでソウカさん、あなた、もしかして私に惚れていたんじゃないかしら?」
「はい?」
「隠せていたつもりかしら?少なくとも私にはバレてたわよ?」
「いえ、そんなつもりはありませんでしたが」
「今更誤魔化す必要はないのよ?」
「…言いにくいのですが、自意識過剰では」
「じっ…」
「冗談です。おれの純情を返してください」
「……。ああもういいわ面倒くさい……」
ニーアさんはそう言って大きな溜め息を吐いた。
まあ、今の対応は騙されていた意趣返しという意図も僅かに含んでいる。だからわざと面倒くさいと思われるような返答をした面がなくもないが、そもそも向こうが騙さなければ良かったのだから、それでお相子にしてもらおうと思う。
「……ああ、けどもう一つ。ソウカさん、あなたは何なの?前にあなたが会った人達は薬か何かにやられたって言っていたけど」
「おれが大きい方をお漏らしさせた奴らですか」
「おも……まあ、そうよ。だから今回の人達には耐毒の護符と、あなたが魔法や魔術の使い手であることも考えてあの魔道具も準備したのに」
さらりと、諸々の裏に自分がいたことを言うニーアさんであった。やはり先日の連中と今日の連中は繋がっていた。
そこにアマンシオさんが割り込んだ。
「で、あんたのやったことは徒労に終わったわけだ。せっかくだから、他にも何か隠していないか洗いざらい吐いてもらうぞ。…その前にソウカさん、あんたは他に何かないか」
「何か…」
考え込んで、一つ先の会話で気になることが出てきた。
「ニーアさん、先程言っていた護符だの魔道具だのはあなたが製作したのですか」
「ええ、そうよ。それがどうかしたかしら?」
「いえ、どうということはありませんが、凄いなあと」
「……それだけ?」
「はい」
「……」
何だかよくわからないものを見るような目で見られた。マクロルの城で王女様に軽蔑の目を向けられたときもそうだったが、おれは美人のこういう表情に弱い。素晴らしいと思う。
聞くべきことは一通り聞いたので、あとはアマンシオさんに任せておれは退室することにした。一応遅効性の毒を吐いてきたが、そんなことをしなくとも彼なら心配はない。
それにしても腹が減った。
リエルを誘って何か買いに行こうと思ったが、果たして彼女は乗ってくれるだろうか。
何かしらケアをしなければいけないな、と思ったのだった。
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