第22話 縛り縛られ
悪漢どもが矢を放とうとするがおれに出来ることはない。せめてもの抵抗として頭を庇うのみである。
…ところが、そんなささやかな抵抗は無駄に終わった。
おれ達を囲むように、地中から緑色をした太い触手が現れ、矢を全て払い落としたのであった。
いや、違う。これは触手ではなく植物の蔓だ。
これは、もしや。
「間一髪ですねえ、遅れて申し訳ない!」
「テクタルクさん…いえ、抜群のタイミングです」
蔓に続けて見慣れた単眼のガスマスクが姿を現す。やはり、テクタルクさんであった。
「何だ!?」
「おい、ありゃあエントか!」
「変なもん頭に被ってるエント…まさか」
「“
「向こうの奴ら、しくじったか!」
連中の反応を見ると、どうやらテクタルクさんのことを知っているようである。“こうぜんが”とは異名か何かだろうか。
「おや、おや、わたくしをご存知ですか。ええその通り、わたくしは梗冉畫テクタルク。――わたくしの友に手を出した報いは受けてもらいます」
おお。
格好良すぎる。
決して茶化しているのではなく、本心からそう思う。タイミングといい口上といい、心を震わさせられた。
「そら、いきますよ!」
テクタルクさんは背中から生えている蔓で敵を翻弄する。
敵は上手く避けたつもりでも、枝分かれするように避けた蔓から別の蔓が生えてくる。そして鞭のようにしなる先端で頭や脚を強く打ち据えられた。
「シズキさん、こやつらをお願いします」
「心得ました」
気絶したり脚が妙な方向に曲がったりして動けなくなった悪漢を、テクタルクさんは蔓で簀巻きにして乱暴に地べたに放った。
おれはそいつらに麻痺毒を吹きかけてやった。いつ見ても、人が痙攣する様は気味が悪い。
幾らも経たない内に、十人以上いた連中も残りは三人となった。彼らは他と比べて手練れなのか、テクタルクさんの猛攻を巧みにかわし、受け止め、いなしている。
「畜生失敗だ、ずらかるぞ!」
「阿呆かっ、できねえよ!」
「あああくそ、かわすので精一杯だっつの!」
ただしその三人も余裕があるわけではないようである。
正面から槍のように突き出された蔓をかわすと頭上から別の蔓が襲いかかる。それを辛うじてしのいでも地中から細い蔓が出現して脚を絡め取る。
まるで蛸か烏賊かの如く四方八方から襲い来る蔓に、彼らは徐々に追い詰められていく。
こちらはテクタルクさんに任せて、おれはリエルとカラムを看ることにした。
「リエル、どうだね」
「……」
リエルは何も応えないが、その目は何かを訴えかけるようにおれを見つめている。多分意識はある。
ふと思い至った。リエルは体が動かないと言っていたが、それがより強くなって喋ることも出来なくなったのではないか。
「……やはりこれか?」
リエルの胸元に目を落とす。真っ平らである。いやそうではなく、そこにはぼんやりと黄色い光を放つネックレスがある。おれとお揃いでニーアさんがくれたそれが光ってから、リエルはこうなってしまった。
いや、あれやこれやと考えるのはいい。とりあえずネックレスを外した。
……どうだ?
「リエル、応えられるか」
「……、ぃ……」
「む」
微かに声がした。これを外したからか。
しかしおれのネックレスは何も変わらないのだが…。
続いてカラムを見た。
「カラム、君はどうだ」
問いかけるといつもの鳴き声とともに、溶けたような体が蠢きだした。こちらは回復が早い。
ネックレスを着けていたリエルと着けていないカラムは動けなくなったが、リエルと同じく着けていたおれは何ともない。やはり魔力の有無が関係あるのだろうか。
何にせよ、このネックレスが原因であることはもう間違いないと思う。
「……」
それが一体何を意味するのか。
頭の中で一つの考えが真っ黒な水のように氾濫する。そして黒い水はごうごうと唸りをあげて心を打ち据える。
そんな、まさか。という思いと、順当に考えれば自ずとわかるだろう、という思いが交錯した。
……諦めて、受け入れなければなるまい。これは現実である。
偶々“そう”なった可能性もあるが…それでも、最悪の可能性を考えるべきだと、そう思った。
「シズキさん」
「終わりましたか」
少ししてぼちゃ、と残りの三人ものされてこちらに放り出された。すぐに麻痺毒をお見舞いした。
「思ったより手こずりました」
「ありがとうございます、テクタルクさん」
彼がいなければ、今頃おれはハリネズミになっていたことだろう。
一段落したので、おれが感じた疑問について聞いてみることにした。
「さてテクタルクさん、問題です。おれになくてリエルとカラムにあるものは?」
「え?…若さ?でしょうか」
「おれもまだ二十代なのですが」
「冗談です」
「人が悪い」
おれに若さがないのかと不安になった。
質問が唐突だっただろうから、事のあらましを伝えた。
「なるほど、それで。――一つ思いついたのですが、魔力とかは」
「ああ」
やはり、それか。それがリエルとカラムに異変が起こり、おれは何ともなかった原因であろうとは考えていたが、正解か。
「で、これですか」
テクタルクさんはリエルが着けていたネックレスを手に取る。今はもう光っていない。
「これの機能は推測出来ますが、やはり事情を知っている者に聞くのが一番ですね」
「そうですね」
おれ達は地面に転がっている悪漢どもに目を落とす。こやつらはおれの毒で動けなくしたあと、テクタルクさんが体から切り離した蔓で雁字搦めにされていた。
「おにいちゃん…」
その時、ようやくリエルが言葉を発した。全身の自由も利くようになったようである。
「ああ良かった、リエル。大丈夫か」
「うん。ありがと」
動きが封じられていた以外、異常はなさそうで良かった。傍らではテクタルクさんが同じようにカラムに話しかけている。
「…ねえ、おにいちゃん。これ…」
「……」
リエルはテクタルクさんが持っているネックレスを指した。
「わたし、これに魔力を吸い取られて、それで動けなくなったの」
「そうなのか」
「ではわたくしの考えは正解のようですね」
テクタルクさん曰く、これは魔力を吸収し、それを利用して対象を拘束する魔術の道具ではないか。
であるなら、思っていた通り、おれは魔力がないからこれの影響を受けなかったのだろう。
「おにいちゃん、これくれたのって……ニーア先生だよね……?」
「…リエル…」
リエルもまた、おれと同じ結論に行き着いた。
そうだ。
状況から鑑みて何がどうなっているのか、構図は見えている。
リエルの動きが縛られたとき、悪漢は“問題なく作動した”とか言っていた。つまり奴らはそうなることが事前にわかっていたのだ。
「…今からその辺りも含め、色々聞きましょうか」
そう言って、テクタルクさんは再び悪漢どもを見やったのだった。
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