第21話 窮地

「おにいちゃん……!?」

「大丈夫だ」


 大丈夫ではないが、驚いて声を上げるリエルにそう答えた。

 カラムのこの行動は知っている。カラムがおれ達を包み込んだのは捕食ではなく防衛である。

 つまりおれ達は、何らかの攻撃を受けているのだ。


 視界一杯に、カラムの赤茶色が広がる。さながら銅を引き伸ばした繭の中にいるようである。

 薄くかちかちと音がするのは、外側でカラムの体に何かが当たっているのだろう。

 

「何か、誰かいるの?」

「そのようだな。だが君が心配することはない」


 おれはリエルの肩に手を回し、平静を装った。頼られている者が頼っている者に動揺を見せると、無用な心配をさせてしまう。


 やがてカラムの防御形態が解け、外の様子がわかった。

 下手人はおれ達の周りを囲んでいて、その中の数人が弓矢を構えている。


「ぁ……」


 リエルが小さく体を震わせた。

 何者かと誰何しかけたが、それで気付いた。

 ――ああ、こやつらは。

 先日の人攫い――そして件の盗賊どもの仲間に違いない。

 明確な根拠はないが、状況からみて相違ないだろう。仮に違ったとしても、碌でもない連中には違いない。


「懲りない連中だな」


 揉み合いになれば勝ち目はないので、懲りて欲しかった。

 先日の連中と違うのは、無駄口を叩かないところか。

 奴らは何も言葉を発さず、ただおれ達の様子を伺っている。下手に突っ込んで来ないのは、おれの毒を知っているからかもしれない。


 そんな風に思案していると。

 連中の一人が軽く手を挙げた。

 と同時に、またもやカラムが防御形態を展開し、おれ達を呑み込んだ。


「えい、くそ、全くどうすれば良いんだ」


 おれは勇者として召喚されたはずだったがそうではなかったので、にのまえ君らのような超常的な力はない。

 またこの世界に来るまではごく普通のサラリーマンで、特別な戦闘経験なぞない。

 おれの持つ戦闘手段は、毒を食らい毒を吐くという生まれ持った体質だけだが、斯様な状況では役に立たぬ。一人二人制圧している間に矢で射られるのは目に見えている。


 しかしこの膠着状態が続くのも良くない。カラムがいつまで攻撃に耐えられるかわからないからだ。

 いっそ腹括って凸かましてやろうか、と思ったとき。


「カラム、聞こえる?次これやめたら、おにいちゃんを守ってね」

「リエル……?」


 突然カラムに向かって話し始めたリエルの声には、妙に力が籠もっていた。

 まるで何か吹っ切れたかのように。

 あまり良い予感がしない。


「…まさか、投降するのか…?」

「ううん、違うよ。そうじゃなくて……とにかく、大丈夫だから。ね?」

「いや、大丈夫って…」


 どうやらリエルは何事かを決意したらしく、その目にも声にもはっきりした力を感じられた。


「ではリエル、何をするつもりかね」

「……」


 そう問いかけても、彼女に答えるつもりはないようであった。

 こういうときは往々にして、他者に言うことが恥ずかしいか、或いは心配させてしまうかといったところだ。

 そこではたと思い至った。

 いつだか聞いた、リエルの話を思い出したのだ。


「リエル、魔力の暴走とやらをするつもりかっ」

「……」

「リエルっ」

「…あは、おにいちゃんすごいね。もうわかったんだ」

「本気か」

「…だって!わたしのせいで、おにいちゃんもカラムも、こんな…!」

「っ」


 おれの肩が揺れたのは、突如リエルが大きな声を出したからというのもある。だがそれ以上にその言葉そのものに衝撃を受けたのである。

 リエルは聡明な娘だ。

 現在自分が置かれている状況を正しく理解しながら、泣き言を言うことは殆どなかった。だがそれは平気だったのではなく、泣いてもどうにもならないと考えていたか、さもなければおれ達に余計な迷惑をかけるとか、そんなことを思っていたのだろう。


「だから、だからわたしが――!」

「…よくわかった。だがリエル、そんなことをする必要はない」


 そしてそんなリエルが、とうとう自分の思いをさらけ出し、あまつさえ自身の体を張ると言い出した。

 初めて会ったとき、リエルの体に外傷はなかったが、それでも彼女は魔力の暴走は危険だと言っていた。魔力の暴走が具体的にどんなもので、どんな結果を引き起こすか知らないが、そんなことはさせたくない。


 ここに至ってようやく決心がついた。

 決めたではないか、おれはこの娘を守ると。

 であるならば、その守るべきリエルが体を張っておれはカラムに守られるというのは、道理に合わぬ。


「カラム、リエルを頼んだぞ。君が守るのはおれではなくリエルだ、間違えるなよ」


 返ってきた硬質な鳴き声はどこか躊躇うように聞こえた。


「おにいちゃん――」

「いいか、君が自分で自分を傷つけることはない。おれに任せ給え」

「そんな!」

「いいから」

「…おにい、ちゃ、ん……、あ、れ?」

「リエル?」


 食い下がるリエルを説き伏せようとしていたが、何か彼女の様子がおかしくなった。


「…どうした!?」

「……なんか、……魔力、なくなって、…あ……、体、動かない……?」

「なんだと」


 どういうことだ。カラムの防御をすり抜けて何らかの干渉を受けたのか。

 そこでようやく気付いた。リエルの胸元――そこにある、年季の入った硬貨が妖しく光っていることに。


 ……まさか。これが……?

 いや、本当にまさかだ。これをくれたのは――


 だがそれ以上考えてはいられなかった。

 カラムの体が不自然に震えだしたからだ。


「カラムどうした!」


 呼びかけて気付く。

 まさかカラムもなのか。

 今リエルは、魔力がなくなったと言った。これが偶然ではなく何者かが引き起こしたのだとすれば、魔物であるカラムにもその影響があるのやも知れぬ。


 カラムの体が徐々に縮小していく。おれの推測が正しいとすれば、魔力を奪われたことで形態が維持できなくなっているのだ。

 

「カラム、頼む!おれはいいから、リエルは――」


 おれの呼びかけも虚しく、カラムはもとの大きさに戻ってしまった。


「――よし、問題なく作動したな」

「おい、あの男のは効果出てんのか?」

「…確かに光ってないな。だがあの娘のは作動したから問題ねえだろ」

「わかった。じゃあ」

「おう、やれ」


 何が起こったのかはわからないが、連中の会話でこれが奴らの思惑通りであることはわかった。

 カラムもリエルも動かない。またリエルは口を動かすことも出来なくなったようである。

 ……まずい。

 一か八か、手を切って血を奴らに飛ばすか?

 …いや違う。おれがするべきことはそうではない。

 連中が矢をつがえると同時、おれはカラムとリエルの上に覆い被さった。

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