第19話 友達
「おにいちゃん先生だったんだ」
「期間限定だが」
出勤二日目。
孤児院への道を、リエルとカラムと歩く。
どうせならリエルも一緒にソウカ先生の授業を受けたらどうだ、というアマンシオさんの言葉で、こうなった。昨日の今日だというのに、すでに向こうは快く許可してくれた。
また、カラムはおれ達の護衛である。テクタルクさんは例の盗賊団の件で忙しいらしい。
それにしても、冒険者ギルドというのは警察のようなことまでするものなのか。
「何教えてるの?」
「簡単な読み書きと計算だよ」
解読魔法のおかげで、読み書きは出来る。この魔法は双方向へ働くので、おれが言葉を理解出来るだけでなく、おれの言葉や文字を相手に届けることも出来る。
最も文字については少し勉強しなくてはならなかった。五十音が通じないので、文字の法則がわからなかったからだ。
「ついていけるかな」
「なに、本格的な授業は今日からだ。そもそもおれがこの街に来たのが一昨日だ」
「えっそうなの?おにいちゃんって旅人?」
「まあそんなところだ」
まだリエルにはおれのことを話していない。だからおれが異世界から来たということも知らない。
そんなことはどうでもいい。リエルは他の子ども達に馴染めるだろうか。
全く問題なかった。
もともとリエルは人懐っこく、知らない相手と話すことに躊躇うことがないようである。
テクタルクさんに対してはその異様な風貌から初対面では物怖じしていたが、昨日の内にすっかり打ち解けていた。
授業終了後。
「へーソウカ先生に助けられたんだ!先生すげー!」
「何で先生がおにいちゃんなの?」
「大人の人にこう言ったら絶対助けてくれるの!」
「私もやってみようかな」
「なあ、リエルちゃんって先生のこと好きなのかー?」
「じゃあニーア先生のライバルだね!」
「えっ?」
「昨日のソウカ先生さー――」
おやおや。なんだか妙な話になってきた。
「皆も喜んでいるし、リエルちゃんが来てくれて嬉しいわ。ありがとうソウカさん」
「いえいえ、こちらこそ。リエルが良くしてもらえて良かったです」
ニーアさんがおれに向かって微笑みを浮かべた。幸福である。
それはさておき、安心した。
子ども達の大半は人間である。中でもエルフはリエルただ一人だけだが、だからどうということもない。
「そう言えばソウカさんはつい最近この世界に来たと聞いたけど、どういう経緯で…?」
「ああ、それはおれにもよくわかりません。気付いたら、カンパマ樹林にいました」
「えっ、そんな突然?」
「そうなのです。そこのカラムと合わなかったら、どうなっていたことやら」
そう言ってカラムの体をつつく。
マクロルの勇者召喚についてはあまり広めない方が良い、とアマンシオさんに忠告された。おれもそう思ったので、彼を最後に誰にも言っていない。
「大変だったのね。それでアマンシオさんとお知り合いに?」
「ええ」
「ソウカさんは冒険者になったの?」
「いえ、おれは全く戦えませんので」
「あらそうなの?異世界の人って皆凄い力を持ってるって聞いていたのよ。それにカンパマ樹林を抜けてきたんだから、てっきり」
「ああそれは、カラムやテクタルクさん達がいたので」
そんな風に、ニーアさんと他愛もない話をする。
ああ心が和む。
リエルは友達ができて、おれはお金が貰え、かつニーアさんと話すことが出来る。良いことしかない。
こよの仕事を紹介してくれたアマンシオさんには感謝しかない。
「さて、そろそろお暇しましょう。リエル、帰ろうか」
「え……うん…」
日が傾いて来たのでギルドに戻ることにしたが、リエルは名残惜しそうだった。おれだってニーアさんとの時間が終わるのは名残惜しい。
「君の気持ちは大いにわかるが、暗くなれば怪しい輩が出て来る。また明日もあるのだから、帰ろう」
「うん……そうだね」
聞き分けの良い子で良かった。
おれとカラムのハイパーコンビネーションがあれば、そこらの悪漢なぞ摂るに足らないだろうが、万一ということもある。
では、とニーアさんと子ども達の方を向くと。
「あの、今日はリエルちゃんもうちに泊まっていかない?」
「え」
「いいの!?」
「二人が良ければ、だけど」
うむむ。
魅力的な提案だが、そうするとアマンシオさんやテクタルクさんが心配するだろう。
考えて、結局今日は辞退することにした。
「すまないな、リエル。おれが勝手に決めてはいかんと思ってな」
「ううん、いいよ。おにいちゃんがわたしのこと考えてくれたのわかってるから」
「そうか」
こんな娘が欲しいものである。
まあ、いい人がいないのだが。
「おにいちゃんってさ」
「なんだね」
「ニーア先生のこと好きなのー?」
「綺麗で優しくてたおやかで可憐で家庭的な人だとは思うが、別にそういうわけではない」
「えー……」
「なんだね」
「んー、…うーん…もっと正直になっても…」
「至極正直だが」
「えー……」
ギルドに戻るまで、そんなやり取りが続いた。
「おう、いいんじゃないか?」
早速アマンシオさんに話すと、あっさりと了承してくれた。
「まあその場合、あんたも一緒に泊まってもらいたいんだが」
「それは勿論。―――そう言えば、リエルのご両親には」
「ああ、さっき使いに出した奴が帰ってきて、“確かに渡した”と報告をもらった」
「それは良かった」
「うん……ありがと、おじさん」
「おう。ハビラスには何度も世話になったからな、このくらい当然だ」
アマンシオさんは多忙で動けない。そこで脚の速い魔物を召喚出来る魔法使いに、リエルの両親へ手紙を渡しに行ってもらったのだった。
「わたしもいっしょに行きたかったー…」
「悪いな。けどやっぱり行かなくて正解だったぜ」
アマンシオさんでなくとも、他の冒険者に依頼という形で連れて行ってもらう選択肢もあったが、それはアマンシオさん自身が良しとしなかった。盗賊団とそいつらに雇われたという男の存在があるからだ。
そしてその魔法使いは帰ってくるとき、襲われたらしい。
「動きに統率がとれていたってよ。なかなか厄介な連中みたいだ。その上バルヘルトンまでいるとなりゃ、本当にヤバい」
「その男はそれ程強いのですか」
「ああ、強い。まあ俺は直接やりかったことはないんだが、知り合いが命からがら逃げ出すのが精一杯だったらしい」
「はあ」
「そいつもすげえ強いんだぜ?今の俺から見てもな」
つまりアマンシオさんが認める実力者でも、その男には敵わなかったということか。
話の流れで、そのバルヘルトンとやらについて聞いた。
―――“
お化け屋敷のような二つ名だと思ったが、文字にしてもらってわかった。解読魔法による日本語への翻訳の結果、らんどになったのであった。
奴は、星の数ほどあるという裏社会の組織の中では、規模は小さいがその界隈では名の知れた“
「今は脱退したのですか」
「いや、刃者賊自体がなくなった。ある魔族の国で活動していたが、その国を治める魔王に壊滅させられたんだよ」
「なるほど。ではその男は生き残りなんですか」
「そうだ。で、バルヘルトンは刃者賊の中でも上位の実力者でな。さらに性質の悪いことに、戦と殺戮を好む」
「あわわ」
それは絶対に会いたくない。
「そんな奴がいるかも知れないとなったら、それは誰でも警戒しますな」
「そうだろ。ばかでかい戦斧が武器だから、そんな奴を見かけたらすぐに逃げろよ」
「無論そうします」
毒を吐く前に殺されそうな気がする。
怖いなあと思いつつふと隣を見ると、リエルが船をこいでいた。
それでは失礼します、と言ってリエルを連れて執務室を出た。
外泊許可を貰ったので、次の日からおれ達の生活の中心は孤児院になった。
昼は授業で、夜は早くに就寝。リエルの食費はアマンシオさんから貰った分を渡し、おれの食費は給料から天引きしてもらうことにした。
ニーアさんは恐縮していたが、この点についてはおれも譲らず、結局ニーアさんが折れた。
「楽しいか、リエル」
「うん、楽しい!友達一杯できたし、ニーア先生は優しいし!おにいちゃん、ありがとう!」
「リエルが楽しいのなら、いい」
気丈に振る舞ってはいても、無理矢理親元から離されて平気でいられる筈がない。
だから同年代の少年少女と共に学び、遊ぶことで少しでも気が紛れてくれれば良いと思っていたが、その甲斐はあったらしい。
早く物騒な連中がいなくなればいいのだが、と思った。
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