第17話 おにいちゃん
「あん?あんたは支部長の客…どうした」
「何があったの?」
おれとリエルがギルドの建物に入ると、そこにたむろしていた冒険者達が声をかけてきた。さすがと言うべきか、おれ達の雰囲気で何かを察したらしい。
「人攫いか何かに遭いました」
「はあ?まじかよ」
「じゃ、その子は」
「ええ、彼らから逃げていたところを私が保護しました」
そう言うと冒険者達は、おお、とどよめいた。
「すげえじゃねえか、逃げられたのかよ」
「ひょろひょろで頼りないと思ってたけど、やるじゃない」
「ああいう連中から逃げ切るってななかなか難しいもんだぜ」
「どうやったんですか?」
何だかえらく良い評価を貰った。
とりあえずどうやったのかを聞かれたので、答える。
「脱糞させました」
………。
「何だって?」
「だ、…は?」
「あーっと、お前は人を自在に脱糞させられるのか?」
「はあ、まあ」
別にそれだけではないが。
おれが答えると、冒険者達は何とも言えない表情になった。
「…まあ、凄いよな」
「脅威ではあるが」
「羨ましいよなー」
「お前……」
しばらく冒険者達は腑に落ちないような表情で唸っていたが、その中の一人が、まあそいつはともかく、とリエルに目を向けた。
「その子はどうすんだ」
「うむむ、どうしましょうか」
頼ることの出来る知り合いはテクタルクさんかアマンシオさん、あとカラムしかいないので、あまり細かいことを考えずギルドまで走ってきたのだった。
「やっぱ兵隊さんに保護してもらうべきだと思うぞ」
「いや、その前にこの子のこと聞いておいた方がよくないかしら」
「いっそ支部長殿に丸投げします?」
次々と意見が出るが、纏まる気配がない。
本当にどうしたものか。
ふと横を見やると、リエルが不安げな顔でおれの服の端を掴んでいた。
ふむ。
「リエル、おれと話さないか」
「おにいちゃん…」
「あ、そうだ。聞きたかったんだが、何故おにいちゃんなんだ」
「えっと、こう言えば“大きいお友だち”が助けてくれるって、書いてあった!」
「そうか」
何かの本で読んだのか。
何の本だ。
「それは何に書いてあったんだ」
「異世界発しょう、五百の戦略って本だよ」
「なるほど」
間違いなく、その本の著者はおれと同じ世界から来たのだろう。そうでなければ、並行世界か。
今リエルが何の言語で話しているか知らないが、兄とお兄ちゃんの区別はあるようだ。
そんなことはどうでもいい。
「あまりそれを多用するのは感心しないな。おれが紳士だったから良かったものの、そうでなかったらどうしてた」
「大丈夫だよ、だっておにいちゃんたれ目なんだもん」
「はあ」
それがどう関係するのか。いや、第一印象は見た目で決まるから、関係はある。
けれども、良くも悪くも見た目の印象にそぐわない性質を持つ者もいるのだから、やはり危ないと思う。
「わらにもすがる思いで…」
「まあそれはわかるが」
あんな連中に追いかけられていては、そんな判断も出来るはずがない。ましてや子どもである。
「おやシズキさん、先生の仕事はどうでしたか」
「あ、テクタルクさん、カラム」
声のした方を見ると、見慣れた単眼のガスマスクがあった。
足下には相棒の赤茶色のスライムもいる。
「先生の方は、初日なので質問責めされたくらいです。それよりも大変なことがありまして」
「……」
「リエル、こちらはおれの友人のテクタルクさん、わかりにくいけどエントだよ。こちらのスライムはカラムだ」
「……こんにちは」
「はい、こんにちは」
カラムも鳴いて返事をする。
リエルはテクタルクさんの風貌を見て少し引き気味だったが、カラムを見ると表情を緩ませた。
「なるほど、それは災難でしたねえ。人攫いですか」
「はっきり彼女がそう言ったのではありませんが、恐らくは」
「あのなんとかいう盗賊団や鮮血嵐土の件もあるし、ちょっと物騒だな」
テクタルクさんや他の冒険者の面々と話し合う。
リエルはカラムをたいそう気に入り、一緒に遊んでいる。
カンパマ樹林での旅の間、リーギンさんからエルフについてある程度のことは教わった。
それによると、エルフの成長の仕方は人間とほぼ同じだが、その速度は非常にゆるりとしたものらしい。また人間でいう青年期の姿でいる期間がとても長い。
つまり何が言いたいかというと、リエルは見た目相応の中身ということである。
「まずはリエルに色々聞こうと思います」
「自警団の連中に任せた方がよくないか」
「まあそれが良いでしょうねえ」
「うむむ」
やはりそうするべきか……。
「え……」
それにカラムと遊んでいたリエルが反応した。
とても不安そうな顔で、瞳は潤んでいる。
「あー、いや…」
「……」
年端のいかない少女にそんな顔をされては、経験豊富な冒険者も弱いらしい。
…ならば。
「いいでしょう、彼女の面倒は私が見ます」
そう宣言した。
おれは与えられた部屋でリエルに話を聞いた。彼女によると、この近辺の村で悪漢に攫われ、この街に来た。そして隙をついて魔力を暴走させ、逃げていたところおれに出会ったと言う。
「でも、魔力のぼう走はわたしの体もあぶないから、あまりしたくないの」
「そうか」
いまいちよくわからないが、そういうものらしい。まあ、暴走が良いものであるはずがない。
「では、君はその村に帰れば良いのか」
「……うん、帰りたい。お父さんもお母さんも心配していると思う」
「ああ、そうだろうな」
何と言えばいいのか。平和な日本で平和に生きていたおれに、そのような経験をした子どもにかける言葉なぞない。
だから立ち上がり、こう言った。
「リエル、遊びに行こうか」
「え」
「ほら、行こう。おれも昨日ここに来たばかりで何も見ていないんだ」
「え、え?」
現実的に考えれば冒険者の言っていた通り、然るべき連中へ任せるべきである。
しかし今だけは、おれなぞに頼った少女と離れる気になれなかった。
「おや、どこへ?」
「ちょっと適当に、散歩でも」
建物から出ようとしたところで、テクタルクさんに声をかけられた。
「お二人でですか?少し危険では」
「あまり人の少ない所には行かないようにします」
「むう、そうは言っても……いえ、わかりました、わたくしとカラムも行きましょう」
そう言われたが、おれの都合に付き合わせるのはいささか申し訳ない。
「構いませんとも、カンパマ樹林では我々はあなたに助けられましたから。それにもう今日の仕事は終わりました」
情けは人のためならず。
密猟者どもについてはおれ自身にも関わる出来事であったが、ともかくおれの行いの結果であろう。
そういうことなら、とテクタルクさんの申し出をありがたく受け取った。
「ありがと、おにいちゃん!」
うむ、やはり良い。
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