第16話 子ども達

「今日から十日間皆に勉強を教えてくれるソウカシズキ先生でーす!」

「こんにちは、ソウカシズキです。今日から私が言葉や算数について教えます」


 わーパチパチパチパチパチパチ。




 アマンシオさんの紹介で、孤児院の子ども達の先生をすることになった。

 どうやら異世界から来た人間の殆どは高い学力を持っているというのがこの世界の認識らしい。先進国からの来訪者が多いのだろうか。


『まあ、先生を?ありがたいわ。なかなか出来る人がいなくて困ってたのよ』

 

 そんな風に嬉しそうに笑ったのは、ニーアという女性だった。まだここの職員に就いて日の浅い彼女だったが、先生役が務まる人材が少なくて悩んでいたらしい。


『異世界の方なのね。アマンシオさんのご紹介なら安心できるわ』


 そう言ってまた、ふわりと微笑んだ。

 惚れた。とは言わないが、その笑顔に目を奪われたのは事実である。

 惚れてはいないがそれはそれとして、孤児院で働く健気な女性と素朴で優しい異世界人の恋愛はとても良いものだと思う。

 別におれがそうというわけではない。




「それじゃあ、今日はシズキ先生に色んなこと聞いてみよっか!何かシズキ先生に聞きたいことある人ー?……じゃ、アンリ君?」

「はい!好きな食べ物って何ですか!」

「マグロかな」


 飯によし、酒によし。焼いてよし、生でよし。


 初日は親睦を深めようということで、授業をせずこのような形になった。

 アンリ君を皮切りに、下は六歳くらいから上は十代半ばほどの二十人の子ども達が、次々と質問をぶつけてきた。


「好きなことは何ですか!」

「散歩」

「にがてなことってあるー?」

「スキップが出来ない」

「すきなどうぶつは!」

「ペルビアンジャイアントオオムカデかな」

「とくいなことはなにー!」

「…。食べること?」

「お風呂で体はどこから洗いますか!」

「いやんひ・み・つ」


 若いってすごい。

 おれもまだまだ若造だが、このくらいの子どもからすればおじさんである。

 こんな瑞々しく力強い子どもの集団相手に、はたして授業が出来るだろうか。

 まあ、とりあえずやってみるしかない。この街の英雄に期待されたのなら、やる前から諦めるなぞ有り得ない。あと金。


 


 二時間ほどでオリエンテーションは終わり、おれはギルド支部への帰路についた。

 つもりが、すっかり道に迷ってしまった。いつの間にやら、よくわからない薄暗い細道に入っていた。


「いよぉお兄さん、どーこに行くのかなー?」

「兄ちゃんいいカッコしてるねー、結構持ってんじゃないの?」

「ちょーっとでいいからさあ、俺らに恵んでくんない?」


 何だか良くない雰囲気だと思っていたら、人相の悪い連中に絡まれた。うち一人は大振りなナイフを持っている。

 怖いので下痢を誘発させるような毒を吐くと、皆仲良く腹を押さえてうずくまった。


「もし、ちょっと聞きたいのだが」

「っ、んだよ、てか……これ……」

「おれは何もしていない。で、質問だが」

「…うるせー…そんな、場合じゃ……」

「――君達、脱糞したいのかね」

「んげっ……わか、わかった…何だよ?」


 紳士達の情報提供のもと、ギルドに向かって歩き出す。見た目とは違い親切な人達であった。




 そうしてしばらく歩いていると、なにやら寂れた区画に出た。道は広いく普通に日の光もあるのだが、この辺りもどうにも雰囲気が良くない。


 などと思っていると、後ろから何者かが走ってくる音が聞こえてきた。

 間違いなくこちらに近づいている。 

 また碌でもない奴が、と警戒しながら振り返ると、音の主は小さな女の子だった。

 年の頃は十歳前後か。

 この辺の雰囲気にそぐわない少女をぼんやり見つめていると――

 ぽす、と少女がおれの胸に飛び込んで来た。


「君――」

「助けておにいちゃん!」

「任せたまえ」


 ……。しまった。つい、勢いで言ってしまった。


「ええと何だ、どうした」

「追いかけられてるの!こわいひとに!」

「なんと」


 物騒な話である。もしや人攫いの類だろうか。

 まあ、いい。ギルドに連れて行こう。

 面倒ごとの気配がするが、かといって見捨てるという選択はない。つい先程まで大勢の子どもの相手をしていたから、なおのことそう思う。


「わかった、おれと行こうか」

「ありがとおにいちゃん!」

「んっふ」


 おにいちゃんか。悪くない。

 決してこう呼ばれたから助けようと思ったわけではない。



 先の紳士達に教えられた通りに、二人で足早に歩く。

 少女の名はリエルといって、その耳は長く先端が尖っていた。つまりエルフであった。

 何故追いかけられているのか、どんな奴らなのか等気になったが、今喋らせたら消耗させてしまうので、聞かない。


 

 そうして二十分程経った頃か。


「やっと見つけた、手間ァかけさせやがって」

「何だ、一人増えてるぜ」

「構うかよ」

「皆棍棒は持ったか」


 人数は六人、皆剣呑な気配がする。少なくとも、道を聞いても素直に教えてくれそうにない。


「おいお前、そのガキこっちに寄越せ。そしたら見逃してやる」

「はあ」


 嘘だろう。声の調子で真偽がわかるとかではなく、おれを見逃していいことなぞあるはずがないからだ。

 まあ、どちらにせよ素直にリエルを引き渡すつもりは微塵もないけれども。

 

「おら、さっさとしろ。俺らはあんまり気ィ長くねえんだよ」


 そう考えている間に、悪漢どもの機嫌は悪くなってゆく。

 …よし。


「おい聞いてんのか!さっさと」

「たーすけてええええええええ!!掘られるううううううう!!」

 ……。


「はああああっ?」

「誰がテメェの尻なんか!」

「いやそうじゃねーだろ――ぇあ゛っ!?」


 一瞬連中が唖然とした隙に駆け出し、また下痢毒――と呼ぶことにしよう――を吐いた。先程よりも量と濃度を多くすると、効果覿面であった。


「う゛っ…はらが…!?」

「ちょっやべっ……」

「おれ、も、出……!」


 あーあ。


「そら、行こうリエル」

「あ、うん…」


 呆然としていたリエルの手を引き、また走り出す。


「わたし、あんな大人になりたくない…」

「そうだな」


 

 そうして程なくギルドにたどり着き、おれ達は安堵の息を洩らした。

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