第15話 カーデラ

 カーデラは交易都市である。

 もともとはある宗教の巡礼路の宿駅であったのが、騎士団によって道が整備されたことで商人や遍歴職人達が多く立ち寄るようになり、一大都市として発展した。

 

「そして三十年前に現れた一人の冒険者が、この街に更なる発展をもたらしたのです」

「たった一人が?その冒険者は貴族か勇者か、それとも聖人だったとか?」

「いえいえ、普通の商家の三男坊だったそうです。ただ、この方は戦う才能にとても恵まれていましてね」

「色々な魔物を倒して、色々な希少な素材を手に入れたとか、ですか」

「その通り!彼は商人ギルドや手工業ギルドとも付き合いがありまして、彼らにも素材を提供したのですよ」


 それでモノや技術の発達が進み、より商人や職人達が盛んに出入りする街になった。

 のみならず。


「彼は空間魔法の使い手でして、これを使って街の通りを幾つか拡張させたのです。お陰で巨人や大型の魔物も入って来るようになったのです。特にサイクロプスの冶金技術が流入してきたのは、大きな収穫でしょうね」

「話としては知っていましたが、たった一人の冒険者が切欠で大きく変わるとは」


 無論その冒険者も様々な人の支えあってこそなのだろうが、それでもその人が偉業を達成したことには変わりない。

 

 この世界の人間と地球の人間の大きな違いの一つが、このような異常な力を持った個人の存在である。一軍が相手でもそれを単騎で打ち破るような、文字通りの一騎当千の猛者が存在することだ。

 ともすれば単独で国家を揺るがすようなそれら圧倒的強者が現れたら、どう扱うか。この世界の為政者に共通する悩みの一つである。



「ここです」


 冒険者ギルド・カーデラ支部は、木造建築が主流のカーデラにあって石造りの建物であった。

 その中に多数の冒険者であろう者達がいた。

 半分くらいは人間だが、もう半分くらいは人間でなかった。

 人間でない者達はドワーフだのエルフだの巨人だの獣人だので、中にはおれが知るどの種族とも違う、得体の知れない奴もいる。もしかするとフレイさんと同じ幻煬人か、或いはまた違う世界の者かも知れない。


「ハリフム祭の時期でもないのに随分混んでるなあ。何かあったのかも知れません」

「おうテクタルク、カラム。帰ってきたのか」

「あ、支部長」


 テクタルクさんとカラムに声をかけたのは、体格の良い五十絡みの大男だった。

 この人が支部長か。


「里帰りはどうだった。ゆっくりできたか」

「ゆっくりしたり慌ただしかったりですね。リードヴァーグ狙いの密猟者に行き遭いまして」

「密猟者だと。―――まあその話はあとで聞かせてもらおう。こちらの方は?」


 支部長がおれに視線を向けた。

 支部長は明らかに身長が二メートル以上あって、非常にがっしりとした体つきであるから、迫力がすごい。


「どうも、左右加静紀そうかしずきです。異世界から来ました」

「なにっ…、異世界から?まじか……そりゃ…大変だな。……ああ、俺はアマンシオ・ビークス、ここの支部長だ」

「シズキさん、この方こそ先程お話しした冒険者その人ですよ」

「え」


 アマンシオさんが、カーデラ発展に多大な貢献をしたあの冒険者?

 尊敬の念を込めて見つめると、アマンシオさんは苦笑した。


「ああ、テクタルクが話したのか?ちょいと照れ臭いな」

「テクタルクさんから話を聞いて感激しました。私の世界では魔法だの魔物だのは皆空想の産物なので、余計に」

「そうなのか?是非とも色々聞きたいところだが、生憎今日は忙しいんだよな…」

「そういえば支部長、今日は何故こんなに多いんですか?」

「あー…それなんだよ」


 アマンシオさん曰く、ある盗賊団が近くの砦跡で確認されたという情報が、今朝方入ってきた。

しかもこの盗賊団はただの有象無象どもの集まりではなく、盗賊ギルド――要はヤクザ者の構成員だという。


「おまけに最近こいつら、あのアダムズ・バルヘルトンを雇ったんだとよ」

「バルヘルトン……!?“鮮血嵐土せんけつらんど”ですか!?」

「ああ、やばいだろ?てなわけで、朝っぱらからてんてこ舞いだ。議会からは最悪俺が出るように要請されたしな」

「それはまた……」


 テクタルクさんは悄然とした様子だったが、おれはすっかり話に置いていかれてしまった。


「……ああ、すまん。とにかく俺は忙しくてな。ソウカさん、しばらくここに滞在するのか?」

「まあ、そのつもりです」

「そうか。じゃあその盗賊団の件が解決したら、食事でもどうだ?異世界の話なんてなかなか聞けるもんじゃないし、俺もひとつ、昔の武勇伝でもと思ったんだが」

「是非とも」


 断る理由なぞあるはずがない。


「支部長、それとマクロルのことなんですが、勇者召喚が―――」

「うん?なんでお前がそれを―――、……まさかソウカさん、あんたは……!?」

「恐らく、アマンシオさんの思っている通り―――」

「―――勇者か……!」

「違います」



 執務室に場所を移し、一通りアマンシオさんにおれがこの世界に来た経緯を説明した。


「召喚されたのは五人だったのか……知らなかった」

「私の情報は入ってなかったのですか?」

「ああ。一つ推測するなら、あんたの逃亡に勇者達の逃亡が重なって、それでソウカさんのことが覆い被されたってところかね」


 そもそも勇者達のことはマクロルの公式発表ではなく、逃亡騒ぎで自ずと周辺に知られたことらしい。


 そんなことはどうでもいい。

 勇者達の逃亡?


「彼らは、勇者達は、マクロルから逃げ出せたのか……」

「ああ、そうだよ。噂じゃ西に消えたらしいが…正確なことは何もわからん。今色んな国が説明を求めてんだが、向こうはそれどころじゃないんだとよ。勇者達が派手に暴れて、中枢がすっかり麻痺しちまったらしい」

「っしゃあいぇあっ!!」

「お、おい?」

「シズキさんっ?」

「あ、すみません、つい」


 ともかく、まだ確実性はないものの、勇者達はマクロルから逃れることに成功したらしい。

 良かった。

 ……本当に、良かった。




「さて、ついでにテクタルク、さっき言ってた密猟者のことも今聞かせてくれ」

「あ、そうですね」


 そして今度はテクタルクさんが話し始めた。

 カラムはおれの膝の上に、お行儀良く乗っかっている。



「ふうむ、光輝魔法と掌握魔法の使い手含む五人組ね。そいつらには心当たりがあるな」

「もしや、その界隈では有名だったのですか?」

「まあ、そこそこにな。だがそんな奴らがいるってだけで、顔や名前まではわからなかったんだが、まあほぼ間違いないだろ」

「一応証拠品は持っているのですが、それではあまり意味なさそうですね」

「あー…まあ、とりあえず預かっておこうか」


 密猟者についての話も一段落すると。


「さあ、長々と悪かったな。色々込み入った事情もあるし、何よりテクタルクとカラムが随分助けられたみたいだから、今日はここに泊まっていくといい。宿屋じゃないからあまりいい部屋じゃないけどな」

「ありがたい、ではお言葉に甘えさせてもらいます」


 金が心許なかったので、本当にありがたかった。


「ああそれと、金がないんだったら一つ仕事紹介するぞ?」

「むう。そこまでお世話になっていいものでしょうか」

「いや、むしろあんたが異世界の人間と聞いたときから頼んでみたかったんだよ。ソウカさん、読み書きや計算はできるか?」

「はあ。まあできますが…」

「なら良かった。ソウカさん、先生やってみないか?」


 なんですと?

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